09 踊り子
「イオリ様っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」
僕たちは冒険者ギルドに戻り、受付嬢のカミラさんに廃村で起きた出来事を説明した。するとすぐにアイーネさんがやってきて、後の処理をすべて引き受けてくれた。
そして僕たちは冒険者ギルドに併設されている治療院へ案内され、重傷を負ったバルバラさんはしばらくベッドの上で安静にすることになった。
「まずは礼を言わないとね。ありがとう、お前さんのおかげで助かったよ」
そう言ってバルバラさんはベッドの上で頭を下げた。
残念だが失われてしまった彼女の右脚を僕の魔法でなんとかすることは不可能だ。現在の僕の回復魔法では、治すことはできても再生することはできない。
「それにしても、あんた強いんだね。魔法も使える上にあの剣技……一体カードは何色なんだい?」
バルバラさんにそう問われて、僕は≪ストレージ≫から冒険者カードを取り出した。
「銀色……やっぱりあんたの忠告に従うべきだったよ。ただ、あんたがB級と告げてもフロレンツは決して信じようとしなかっただろうね。悪い奴じゃないんだけど、誰よりもプライドが高い男だったから……」
フロレンツさんの遺体はすでに冒険者ギルドに引き渡されていた。これから埋葬が行われるのだろう。亡くなった冒険者の埋葬も冒険者ギルドの大切な仕事の一つだ。
「こうなっちまったら、残念だけど冒険者稼業は引退するしかないね。リーダーも死んじまったし、これで“翠緑の先導者”も解散かね」
バルバラさんが失われた右脚の方を見ながら寂しそうに呟いた。
「今後のあては何かあるのですか?」
「……田舎の親父が鍛冶を営んでいるんだ。とりあえず実家に帰って頭を下げようかね」
一人娘の彼女は父親の反対を押し切って冒険者になったのだという。
大切な娘が片足を失って帰ってきたとなれば、彼女の両親の心痛は想像できないほどだ。いや、この世界で冒険者になって生きて故郷に帰れるのは、むしろ幸運な方なのかもしれない。
「まぁ、お前さんのおかげで命は助かったんだ。そのことに感謝しながら、一人前の鍛冶師を目指して頑張ってみるよ。その時は、ぜひ贔屓にさせておくれよ!」
そう言ってバルバラさんは笑顔を浮かべ、続けて僕のすぐ隣に目を向けた。
「それで、あんたはどうするんだい?」
突然の問いかけにビクリと身体を震わせたのはジルヴィーナさんだ。
彼女はあれ以来ずっと僕の側から離れようとしない。絶望的な死の状況に直面したことが余程ショックだったのだろう。
ジルヴィーナさんほどの実力者ならば、冒険者として引く手は数多だと思う。もちろん、彼女自身がそれを望むかどうかは分からないが。
「もう、あんなに怖い思いはしたくないかなぁ……」
下を向いたジルヴィーナさんは消え入りそうな声で呟いた。
「それじゃあ冒険者稼業はもう無理だね。だったら踊り子にでもなるのかい?」
「……それはやだよぉ」
ジルヴィーナさんが詠唱の際に踊るのは、精霊との親和性を高めるためである。しかし、この世界での一般的な踊り子と言えば、それは娼婦を意味するのと同義だった。
「冒険者は無理、娼婦も無理、じゃあどうやって生きていくんだい? まだ若いんだし、貯えが多いわけじゃないんだろ?」
「それはそうだけど……」
バルバラさんの言葉にジルヴィーナさんは涙を浮かべていた。もちろんバルバラさんは意地悪で言っているわけではなく、ジルヴィーナさんのことを心配して尋ねているのだ。
「やっぱり冒険者として頑張るしかないかなぁ……」
「でも、怖い思いはしたくないんだろう?」
「うん……でも、君と一緒なら頑張れると思うなぁ……」
そう言いながらジルヴィーナさんはすぐ横に座る僕の方をちらりと見た。
「僕とパーティーを組みたいってことですか?」
「うん。君が嫌じゃなければなんだけどぉ……ソロなんでしょ?」
彼女が勘違いをしているようなので、僕はすでに“女神の蹄鉄”というパーティーを組んでいることを説明した。
「じゃあ、他のメンバーが了承すれば加入を認めてくれるぅ?」
「……まぁ、僕は歓迎しますが……」
彼女がパーティーに加われば大きな戦力強化になるのは間違いない。彼女の実力を知れば、きっとゼアヒルトたちも了承してくれるだろう。
『は~い、私は構わないわよ。でもねぇ、もう少し胸を隠してもらわないと伊織が興奮して困るわね。まぁ、私の方が大きさも形も勝ってるからいいんだけどさ~』
アリューシャがよく分からない所で勝手に競い合っているが、これで彼女の了承はとれたということでいいだろう。
(さて、残りの2人はどうかな? まあ、エルドウィンの回答は予想できるとして……)
「じゃあ、みんなのお眼鏡に適うように頑張らなくっちゃ!」
「ジルヴィーナのことを大事にしてやってくれ。ふふっ、そいつは惚れた男に尽くすタイプだ」
「ちょっ、バルバラ!! 恥ずかしいからやめてよぉ……」
こうしてバルバラさんに別れを告げて、僕は顔を赤くするジルヴィーナさんと一緒にアイーネ邸に戻って事情を説明したのだが……
「君が“女神の蹄鉄”への加入希望者だな? それでは詳しく話を聞かせてもらおうか」
「……は? え? ……ぜ、ゼアヒルト様ぁ!?」
突然あらわれた白薔薇の姿にジルヴィーナさんはとても驚いた様子だった。
しかし、彼女はしどろもどろになりながらもゼアヒルトの面接(?)を乗り越え、無事に“女神の蹄鉄”への加入を認められた。
彼女が言うには、「頭が真っ白になって何を話したか覚えていない」とのことだ。
そして彼女のことを“ジルヴィ”と呼ぶことが決められ、後日にあらためて僕の秘密の一部を打ち明けることになったのだった。
ちなみに、エルドウィンの返答は予想していた通り、「ご主人様の判断に従います」というものだったのだが……
「ご主人様……」
「うん?」
エルドウィンがためらいながら話しかけてきた。あまり表情を変えない彼女のこういう姿はちょっと珍しい。
「本日の夜伽は私に代わってジルヴィーナ様ということでよろしいでしょうか?」
真剣な表情で問いかけるエルドウィンに対して、僕は苦笑いをしながら首を横に振った。
「……かしこまりました」
そう返事をした彼女の声はわずかに弾み、頬を赤く染めて微笑んだような気がしたのは僕の気のせいだろうか。




