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08 深紅の悪魔


「くそっ! なんて数だ!」

「フロレンツ! 右から来てるよ!!」


 廃村の中央付近で“翠緑の先導者”は魔物に包囲されていた。


 しかしよく見ると、彼らは連携を取りながら魔物を着実に排除し、少しずつだが倉庫の方に移動していた。


 フロレンツさんの剣捌きは素晴らしく、的確に敵の急所を細剣で突いていた。また、両手にハンドアクスを握るバルバラさんの攻撃は豪快で、大型の魔物であっても一撃で倒す程だった。


 そして、何よりも凄かったのがジルヴィーナさんだ。彼女の唱える強化魔法の効果は絶大で、パーティーの身体能力を飛躍的に向上させていた。


 また、彼女は強化魔法を詠唱しつつ曲刀を踊るように器用に振り回し、少なくない数の魔物を刈り取っていた。


 この様子を見る限り、このパーティーの柱石はジルヴィーナさんなのだと実感することができた。


「何だ、結局ここに来たのか? あのメイドの所に帰った方が良かったんじゃないのか?」


 ようやく僕が合流すると、一息ついたフロレンツさんが口の端を吊り上げながら話しかけてきた。


「見たか、これが“翠緑の先導者”の……いや、この俺の実力だ。どうやらお前の回復魔法の出番は無かったようだな」


 フロレンツさんは大きな思い違いをしている。もしもジルヴィーナさんがいなければ、このパーティーはC級になれていないし、ここですでに全滅しているだろう。


 それほどにジルヴィーナさんの強化魔法は優れていて、彼女の実力ならばA級パーティーでも重宝されるのではないかと思う程だった。


「いまだ! バルバラ、やれっ!!」

「了解!! はあああぁぁぁ!!」


 バルバラさんの強烈な一撃が複数の魔物を吹き飛ばした。すると敵の包囲が崩れ、わずかにだが倉庫へ至る道が開けた。


「よし、あとは俺に任せろ!!」


 そう言ってフロレンツさんは単独で倉庫へ向かって走り出した。


(ジルヴィーナさんの側を離れちゃだめだ!!)


 死地に飛び込もうとする彼を放ってはおけなくて、僕は魔物を蹴散らしながら慌てて後を追った。


(倉庫の周囲には間違いなく強力な魔物が存在している……)


 倉庫まであと一歩というところで、ようやく彼に追いつくことができた。


「なんだぁ? おいしい所だけ持っていくつもりか? へっ、低級の考えそうなことだぜ!」


 フロレンツさんは蔑んだ目で僕を見て唾を吐いた。


「お前もしかして、宝石を持ち逃げしようとしてるんじゃないよな?」


 そう言って彼は僕から少し距離を置き、右手に持った剣をこちらの方へ向けて構えた。


「そうやってこれまで生きてきたわけか。まるで寄生虫のような奴だな」

「いや、そういうわけでは――」


 倉庫の前で僕とフロレンツさんが向き合っていると、2つの影が超高速でこちらに接近しているのを察知した。


「危ないっ! 避けてっ!!」

「――なんだとっ!?」


 すぐに“絶影”が発動して周囲の景色が色を失う。


 僕は落ち着いて自分に向かってくる影の攻撃をかわして長剣を振りぬいた。


 僕の手には何かを斬る感触が残り、辺りにゆっくりと鮮血が舞った。


 動かなくなった影の正体を確認すると、それは獰猛で人肉を好む魔物レッドクリムゾンだった。


 一般的にはC級に設定されているが、その凶暴さから個体によってはB級相当とされる場合もある。


 頭はワニのように大きく細長い口を持ち、まるでライオンのようにしなやかな体つきをしている。そして全身の毛が真っ赤に染まっているのがこの魔物の最大の特徴だった。


『伊織、これが“深紅の悪魔”よ。これまでにもたくさんの民がこの魔物の犠牲になっているわ』


 僕のすぐ近くにはもう1匹のレッドクリムゾンがいて警戒しながらこちらを睨んでいる。


 やはり全身が真っ赤だったが、その魔物の口からは多量の赤い液体が滴り落ちていた。


「グルルルルル……」


 魔物の大きな口には、フロレンツさんの上半身と思われるものが咥えられていた。


 そして、彼の下半身は無残にも地面に横たわって臓腑をさらけ出している。


「ガリッ、バリッ、ムシャッ!」


 レッドクリムゾンは咀嚼しながら鋭い眼光でこちらを見続けていた。


 やがてすべてを飲み込むと、間髪入れずにこちらへ飛びかかってきた。


「ガアアァァッ!!」


 やはりその速度は驚異的で、僕との距離を一瞬で詰めてくるが、すぐに“絶影”によって動きが減衰する。


「はあっ!!」


 僕は大きく口を開いたレッドクリムゾンに対し、水平に長剣を払って斬って捨てたのだが……


『伊織、次が来るわよ!!』


 アリューシャの声が響いた次の瞬間、さらに2つの影が倉庫の裏から飛び出してきて、村の中央付近で奮戦している女性陣の方へ向けて走り去った。


(まずい!!)


 僕は間断なく“絶影”を発動してその影を追いかけ、ジルヴィーナさんが襲われるギリギリの所で追いつくことができた。


 彼女は突然の強力な魔物の襲来に驚き固まっていた。


「ガァァァ!!」

「――っ!? きやぁぁぁ!!」

「やらせるかっ!!」


 まさにレッドクリムゾンがジルヴィーナさんの頭を喰いちぎろうとしたその瞬間、なんとか僕の攻撃が間に合い血飛沫をあげて魔物の首と胴が離れた。


「ぐうっ! ちくしょおおおぉぉぉ!!」


 一方、悲痛な叫び声をあげていたのはバルバラさんだった。もう1匹のレッドクリムゾンの攻撃を受け、右足の膝から下を失って地面にうずくまっている。


 そんな彼女に対して、レッドクリムゾンは容赦なく跳躍して止めを刺そうとしていた。


「くらえぇぇぇ!! ≪フレイムランス(炎槍)≫」


 “絶影”により色を失った白黒の世界で、巨大な炎の槍が空中にいるレッドクリムゾンへ向けて放たれた。


 それに気づいた奴は必死に避けようとしているがその動きは緩慢で、勢いよく飛翔する≪フレイムランス≫の速度とは大きな差があった。


「グアァァァ!!」


 辺りに断末魔が響き、そして世界に色が戻るころには、“深紅の悪魔”は胴に大きな穴をあけて絶命していた。


◇◇◇ 


「はあっ……はあっ……」


 僕は苦しそうにしているバルバラさんの下へ向かった。


「すぐ楽になりますからね……≪キュア(浄化)≫≪ヒール(回復)≫」


 淡い緑色の光がバルバラさんを包み、失われた右脚の傷口が徐々に塞がる。すると彼女の表情も少しずつだが穏やかなものになった。


「無詠唱!? こんなに高度な回復魔法を……君、本当に使えたんだねぇ」


 そう呟いたのはジルヴィーナさんだ。なぜか彼女は僕にぴったりとくっついて離れようとしない。


「助かったよ。それでリーダーは……」


 バルバラさんが暗い表情でフロレンツさんの安否を僕に尋ねた。どうやら彼女も薄々は状況を察しているようだ。


「残念ですが、レッドクリムゾンの最初の攻撃で亡くなってしまいました」

「やはりそうなんだね。それにしても、あれほどの魔物が何匹もいるなんて想像もしていなかったよ……」


 後悔の念を吐きながらバルバラさんはうなだれた。ジルヴィーナさんも恐怖を思い出したのかわずかに震えている。


「僕がバルバラさんを抱えますから、はやく王都に戻りましょう」


 傷心の彼女たちをゆっくりさせてやりたいが、もたもたしていると血の匂いを嗅ぎつけた魔物が集まってこないとも限らない。


 ちなみにたくさんいた魔物たちは、レッドクリムゾンが全滅すると算を乱して逃走していた。


「お前さんが私を抱える? ……まぁ、あれだけの実力があるならそんなこと造作もないか。けど、なんとも恥ずかしいねえ……こんなの初めてだよ」


 僕がバルバラさんを抱えると、彼女は恥ずかしそうに呟きながら下を向いた。


「少し我慢してくださいね。それじゃあ、急いで王都へ向かいましょう」


 こうして、フロレンツさんの遺体や倉庫の中の宝石を回収し、僕たちはすぐに王都への帰路についたのだった。

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