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07 忠告


 僕が冒険者ギルドを出ると、まだ辺りは薄暗かった。深呼吸をすると冬の早朝の澄んだ空気が新鮮でとても心地よい。


 僕の右肩に座るアリューシャも、両手を上に伸ばして大きく深呼吸をしている。


「ご主人様、いってらっしゃいませ」


 丁寧に頭を下げるエルドウィンに見送られた後、僕は急いで近くにいたパーティーに合流した。


「冒険者のくせにメイドを雇っているのか? 今回の依頼は遊びじゃねえんだぞ」


 そう言いながら緑色の長髪をかき上げている彼は、C級パーティー“翠緑の先導者”のリーダーのフロレンツさんだ。


 この“翠緑の先導者”は男性1人と女性3人の計4人パーティーで、リーダーの彼が唯一の男性ということになる。


「どうやら、その装備から判断すると低級の魔導士のようだな。困ったもんだぜ」


 ため息をつくフロレンツさんは値踏みするような視線で僕を見ていた。


「まぁ、囮くらいには使えるかもしれねえな。俺のパーティーに参加できることを光栄に思えよ」


 今回、受付嬢カミラさんの推薦で僕は“翠緑の先導者”の手伝いをすることになった。どうやら彼らは魔導士の協力者を探していたらしい。


 というのも、つい最近このパーティーの魔導士が王国軍へ採用されることが決まり、パーティーから脱退することになったのだそうだ。きっとその彼女は優秀な魔導士だったのだろう。


 依頼達成の期限が迫っており、やむなく彼らは魔導士の公募をギルドにお願いした。そして、彼らが提示した募集の条件は“回復魔法が使えればランクは問わず”だった。


 条件に攻撃魔法を求めなかったということは、自分たちの火力(攻撃力)によほど自信があるのだろう。


「こんな子どもで大丈夫かい? 本当に回復魔法は使えるんだろうね?」


 僕を不審そうな目で見ているのは剣士のバルバラさんだ。金色のショートボブで身長は僕より頭2つほど高く、180cmくらいだろうか。


 赤色の革鎧を身にまとうその姿から、剣士としてかなりの実力を秘めているのを感じることができた。


「かわいいからいいじゃん。冒険者をやめて男娼になれば楽して稼げるのにねぇ」


 そう言いながらけらけら笑っているのは踊り子のジルヴィーナさんだ。身長は僕より少し低いくらいだろうか。


 長い朱色の髪はきらびやかな髪飾りで彩られ、身に着けている衣装は肌が露出してとてもきわどいものだった。


 後に分かることだが、彼女はこう見えても冒険者として優秀だった。強化系の魔法を得意としていて、斥候や罠の解除などにも長じているらしい。


 アリューシャの説明によると、彼女は強化魔法を唱える際に踊ることで、精霊との親和性(魔法の効果)を高めているのだという。


「ふん、役に立たなければ紹介したギルドに責任を取ってもらうまでだ。まったく、俺たちと同じC級……いや、せめてD級の魔導士を紹介してほしかったぜ」


 フロレンツさんがそう言って歩き始めると、2人の女性はあわてて彼の後に続いた。


『なんかすっごいムカつくんですけど。伊織は平気なの?』


 先ほどから僕の右肩でアリューシャが頬を膨らませて怒っている。僕は苦笑いをしながら彼女をなだめ、はぐれないよう急いで“翠緑の先導者”を追ったのだった。


◇◇◇


 今回の依頼はある廃村の探索だという。


 この村は数年前に魔物の襲撃により壊滅してしまったのだが、村の共同倉庫にはいくつかの貴重な宝石が残されているらしい。


 その中には超高純度の魔鉱石も含まれており、最低でもその魔鉱石を持ち帰るのが依頼の達成条件だ。


 当然ながら廃村には魔物がたくさん跋扈しており、依頼難易度はC級相当となっていた。


「村の倉庫に宝石があるという話だが、これは……」


 フロレンツさんが息を吞んで言葉を詰まらせたのも無理はなかった。


 現在、僕たちは村の南側にある丘の上に馬車を止めている。ここから村を見下ろすと、かなりの数の魔物が徘徊している様子が目に映った。


「宝石を保管している倉庫はおそらくあそこだよぉ」


 ジルヴィーナさんが村の一角を指し示した。彼女の指す方を見ると、確かに村の西の外れに大きな建物があり、話に聞いていた倉庫の特徴と一致しているように見えた。


 しかし、超高純度の魔鉱石の放つ魔力に引き寄せられたのか、倉庫の近くには強力な魔物の気配を確認することができた。


『伊織、ちょっと危ないんじゃないの? この子たち、放っておけば死ぬわよ』


 アリューシャもこの依頼が危険だと僕に警告してくれた。


「リーダー、どうするぅ? 今から村の西側に迂回するぅ?」

「いや、地形もよく分からないし迂回途中で魔物に遭遇する可能性がある。それに、もたもたしていると日が暮れて余計に危険だ」


 考え方としては間違ってはいないが、彼らは肝心な点に気付いていなかった。村にいる魔物たちは想像以上に高レベルの魔物なのだ。


「あの……ここは引き返すべきだと思います」

「なんだとっ!? どういうことだ!?」


 僕が撤退を提案すると、フロレンツさんは顔をしかめながらこちらを睨みつけた。


「魔物のレベルが想定以上に高いと……」

「俺たちを馬鹿にしているのかっ!? 俺たちはC級だぞ! これまでに数々の死線を潜り抜けてきたし、B級の魔物だって倒したことがあるんだっ! お前のような低級の冒険者と一緒にするな!!」

「いやいや~、あの時は他の冒険者たちと協力してやっとこさ――」

「ジルヴィーナ! 黙ってろ!!」


 良かれと思って撤退を提案したのだが、どうやら彼のプライドを大きく傷つけてしまったようだ。きっと、期限の迫る依頼を失敗したくないという焦りもあるのだろう。


「ここまで来て帰れるかっ! 期限は間近で、ここで引き返せば依頼は失敗だ! 俺が“翠緑の先導者”を結成してから3年、依頼に失敗したことなど一度としてない!!」


 激高するフロレンツさんの剣幕に、女性陣2人はすっかり黙ってしまった。


 しかし、僕には今回の依頼は彼らにとって荷が重すぎるように思えた。これは明らかにB級(一流)以上の案件だ。


『その判断ができるからB級は一流って呼ばれるんでしょ。それがまだできないからこの子たちはC級なのよ』


 ゼアヒルト(まだD級)などの特殊な事例を除いて、概ねアリューシャの言う通りなのだろう。ここは彼らを説得して思いとどまらせるべきだ。


「冷静に戦力比を考えましょう。魔鉱石を確保しても犠牲者が出ては意味がありません」

「俺は冷静だっ! 今までに俺が率いたパーティーで犠牲者は1人も出ていないんだ!」


 宝石を保管する倉庫の近くにはおそらくC級の魔物が数匹はいると考えられた。


(いや、実際には敵はもっとたくさんいるかもしれない)


 僕が1人で魔物群を殲滅することは容易いが、同時にすべての魔物を倒すことは出来ない。彼らは彼ら自身で魔物から身を守らなければいけないのだが、それができるか不安だった。


(今回はあくまでも手伝いという形だから、僕が単独でやるわけにもいかないしなぁ。それに、プライドの高い彼が黙って見ているはずもない……)


 ここにゼアヒルトがいれば、うまく彼らを説得できたかもしれない。


「このまま村の南側から侵入して西の倉庫まで一直線に突き進む!」


 僕の撤退の提案を無視して、フロレンツさんは作戦を2人に伝え始めた。


「ねぇ、リーダー。その子の言うことも一理あると思うんだけどぉ。何だか危険な香りがするのよねぇ」

「ジルヴィーナ、リーダーである俺の言うことよりも低級の意見を聞くのか? この俺が信用できないのか?」

「そういうわけじゃないけどさぁ……」


 ジルヴィーナさんは今回の作戦の無謀さに気付きつつあるようだが、結局はリーダーであるフロレンツさんに押し切られてしまった。


「ジルヴィーナは可能な限り強化魔法を唱え続けろ! バルバラは倉庫までの最短の道を切り開け! 俺が魔鉱石を確保したらすぐに村から脱出するぞ!!」


 続けてフロレンツさんは僕を睨みつけながら剣を抜き、その剣先をこちらの顔に突き付けた。


「怖いのならここで震えていろ、この役立たずが!! これだから低級は……」


 結局、僕の忠告を聞くことはなく、彼ら3人は僕を置いて村の中へ突入していったのだった。

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