06 想定外
「それにしても、なんとも濃い魔力じゃ。少しは隠す努力をした方がよいぞ」
「そうですか?」
アイーネさんの邸宅で、僕は褐色少女姿の彼女と話をしていた。ソファに座る僕の側にはエルドウィンが立っている。
ちなみに、アリューシャとゼアヒルトは一緒にお風呂に入っている。
「まぁ、魔力の少ないただの人間には感知できぬであろうが、他種族の連中からしたらのぼせてしまう程じゃ」
アイーネさんにそう言われて、初対面のジータさんが僕を見て興奮していたのを思い出した。獣人族のジータさんは、僕の魔力を敏感に感じ取ることができたのだろう。
「僕の魔力を隠す何か良い方法がありますか?」
「まずは魔力をコントロールする術を磨くことが重要じゃが、手っ取り早いのは……」
話をするアイーネさんの視線が僕の胸元をとらえていた。
「少年、それは何じゃ? 見せてもらえるかの?」
「これは、エミリアとニーナにもらった誕生日プレゼントなのですが……」
そう言って僕は胸元に輝くアミュレットをアイーネさんに手渡した。受け取ったアイーネさんは、しばらく無言でそれを観察していた。
「うむむ……これはかなりの代物じゃな。ふふっ、小娘どもは本気ということか……」
アイーネさんはアミュレットを見ながらぶつぶつと呟いているが、僕には彼女の言葉の意味がよく理解できなかった。
「少年、これを預かっても良いかの? 悪いようにはせぬ」
「かまいませんが、それをどうするのですか?」
「このアミュレットでお主の魔力を目立たぬようにする」
どうやらアイーネさんは魔道具の製作にも精通しているらしく、僕の魔力を隠すためにアミュレットを改良してくれるようだ。
「ぜひ、よろしくおねがいします!」
「うむ、わかった。それで、他に何か質問はあるかの?」
「魔鉱石の件なのですが……」
現在、エルフ国からの魔鉱石の輸入が途絶えてしまい、資源に乏しいこの国はとても厳しい状況にある。
魔道具の作動には多くの魔力を必要とする。魔力の少ない人間族にとっては、魔鉱石が魔道具の利用には欠かせないのだ。
魔鉱石が枯渇すれば、人間族は厳しい冬の寒さを耐えることも難しくなる。特に貧しい人々にとっては死活問題だ。
どうしてエルフ族は人間族への供給を止めたのか? その原因が知りたかった。
「理由は単純じゃ。エルフ族の中で、人間族を嫌う派閥が勢力を増しているということじゃ。いや、人間族を卑下する者が増えていると言った方が分かり易いな」
「エルフと人間は対等に見られていない?」
アイーネさんは少し悲しそうな顔をして頷いた。アイーネさんの父は人間族で母はエルフ族だ。その愛の結晶である彼女は、両種族の対立が悲しいのだろう。
「そういうことじゃな。魔力を失い、女神に見捨てられつつある人間族と対等に交易する意味があるのか? むしろ、人間族には滅んでもらった方が、自国の領土拡大につながるのではないか? エルフ族の中に、そう考える連中……いわゆる排斥派が増えておる」
「何か良い方法はありませんか?」
魔鉱石がなくなって最初に苦しむのは貧しい人たちだ。魔鉱石をめぐる人間同士の対立も激化するだろう。
(それに、アリューシャは最後まで人間族を見捨てることなはい!!)
その事実を声に出してはっきりと伝えることができないのがもどかしかった。
「エルフ族に何か見返りを示すことができれば良いのじゃがな」
「エルフ族を喜ばせる何か、ですね……」
「まあ、それがあればこの国の外務卿も苦労はせぬ。残念じゃが、現時点で人間族に提示できる物はない」
エルフ族の文化レベルは人間族と比べても格段に高く、エルフ族を満足させるような何かを人間族が示すことは出来そうもないとのことだ。
「さて、もうこんな時間か」
そう言ってアイーネさんは立ち上がると、なんと僕の目の前でためらうことなく服を脱ぎ始めた。
「お主の魔力にあてられて身体が火照るぞ。少年、我と一緒に風呂に入らぬか?」
正直に言えば魅力的な提案ではあったが、すぐ側にいるエルドウィンからもの凄い殺気を感じる。
それをアイーネさんも敏感に感じ取ったのだろう。彼女の小さな身体が少し震えていた。
「じょ、冗談じゃて! さて、それでは1人でゆっくりと風呂に入るから、少年は決して覗かぬようにの!」
そう言ってアイーネさんは脱いだワンピースを片手に、逃げるようにそそくさと風呂へ向かったのだった。
◇◇◇
「学院への入学は春なのだろう? それまではどう過ごす予定だ?」
「冒険者として過ごしながら、しばらくは王都の様子を観察するよ」
朝食を食べながら、僕は正面に座るゼアヒルトの質問に答えた。僕の右隣ではアリューシャが口いっぱいにパンを頬張っている。
そして、僕の左隣にはエルドウィンが座って紅茶を飲んでいた。普通ならばありえない光景だが、僕の提案で彼女にそうさせていた。
アイーネさんの邸宅にはすでにメイドが数名いる。そこで、王都にいる間はエルドウィンにはメイドとしての役割を免除したいと考えたのだ。
(これでエルドウィンが少しでも心身を休めてくれるといいけれど……)
エルドウィンは「困ります、ご主人様」と言ってなかなか譲らなかったが、最終的には「ご主人様の身の回りのお世話だけは私にお任せください」といって承諾した。
こうやって彼女と並んで食事をするのは初めてのことで、なんだかとても新鮮に感じられた。
「イオリ、すまないが挨拶に出向きたいところがあるのだが……」
子爵令嬢であるゼアヒルトには王都での知己も多いだろう。そこでしばらくの間、僕とゼアヒルトは別行動をとることに決めた。
「ところで、アイーネさんはどうしたの?」
この邸宅の主であるアイーネさんが朝食の場にいなかった。
「アイーネ様は朝早くから王城へ出かけられました」
僕の側にいたメイドが教えてくれた……のは有難いのだが、僕に大きな胸を押し付けながら耳元で囁くのはやめてほしい。
食事が終わると、僕はアリューシャとエルドウィンを連れて冒険者ギルドへ向かった。
大通りを歩く道すがら、僕の右肩に座るアリューシャは珍しいものを目にする度に声をあげた。
当然なのだが姿を消しているアリューシャの声は僕にしか聴こえない。しかし、彼女の楽しそうな声に、エルドウィンが数回だけ反応を見せたのが興味深かった。
エルドウィンの魔力が向上したからか、それとも“使徒の加護”を得たからからだろうか?
「あら、イオリ様。今日はお二人だけですか?」
「おはようございます、カミラさん。ゼアは所用がありまして……」
僕がそう言うと、カミラさんはほんの少しだけ残念そうな顔をした。昨日の反応からすると、おそらく彼女はゼアヒルトのファンなのだろう。
「依頼を受注したいのですが、何かおすすめはありませんか?」
カミラさんは「そうですねぇ……」といいながら、分厚い依頼書の束をめくり始めた。
「そうだ! これはどうですか?」
そう言って彼女は1枚の古びた依頼書を僕に手渡した。
「高難易度……」
依頼書には赤い文字で“高難易度”のスタンプが押されていた。そして、依頼対象の所には“B級以上”と書かれている。
依頼内容は暴走した古代魔道具の回収だった。詳細を確認すると、どうやら今は亡き高名な魔導士が所有していた魔道具が暴走し、多くの魔物を狂暴化し続けているとのことだ。
周囲の村では被害が多発し、それは現在も拡大し続けているらしい。
当然だが魔道具なので魔力が尽きればその機能を失うが、かなり純度の高い魔鉱石が用いられているようで、それが何年後のことか見当もつかないとのことだった。
「実はこの依頼はもう1年も放置されている状況で……イオリ様はB級冒険者ですので、ぜひ挑戦してみませんか? 報酬も破格なんですよ!!」
そんなに長いあいだ放置されているということは、この依頼は本当に高難易度ということなのだろう。ということは、この期間、苦しんでいる村人がたくさんいたということだ。
「わかりました。それじゃあ、その場所を教えてください」
こうしてカミラさんに笑顔で見送られて、さっそく僕は古代魔道具の回収に出発したのだった。
◇◇◇
「ねぇねぇ、あの魔道具の依頼を受けてくれた冒険者さんがいたのよ!」
「ええっ、本当に!? よかったわね。それで、何人パーティーなの?」
「ええっと……今日はゼアヒルト様がいないらしいから……あのメイドさんを除けばソロね」
私の返答に同僚の受付嬢は目を丸くしました。
「単独!? カミラ、あ、あんた馬鹿じゃないの!? あれは最低でも5人パーティーを想定してのものよ!! 依頼文書をよく見なさい!!」
「ええっ!?」
そう言われて私は震える手で依頼文書を確認しました。そうすると、確かに“B級パーティー以上(想定人数5人)”と書かれていました。
イオリ様が魔物の犠牲になる姿を想像してしまい、自分の顔から血の気が引いていくのが分かりました。
「ど、どどどどうしよう?」
「と、とにかくアイーネ様にすぐに報告よ!」
私は同僚と一緒に必死に王都を走り回ってアイーネ様を探しました。こんなに走り回ったのは久しぶりで息が切れ、もっと日頃から運動しておくべきだったと後悔しました。
そしてようやく数時間後、屋台でおやつを買っているアイーネ様を見つけたのです。
「アイーネ様っ!! も、申し訳ありません!!」
私は涙ながらに今朝の出来事を話しました。しかし、アイーネ様の反応は私が想像したものとは全く違ったものでした。
「気にしなくてよい。それよりも高難易度の依頼書がまだ他にもたくさんあっただろう? まとめてその少年に押し付けてやれ」
私にはアイーネ様の話の意味が理解できませんでした。開いた口が塞がらない様子の私を見て、アイーネ様は愉快そうに笑っていました。
そして、その日の夕刻……
「ただいま戻りました! カミラさん、回収依頼の魔道具はこれでよかったですか?」
まるで散歩から帰ってきたかのようなイオリ様の姿を目にして、私はアイーネ様の話の意味を完全に理解することになったのです。




