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05 ハーフエルフ


「どうじゃ少年? これでも我に魅力を感じぬか?」


 アイーネさんのオッドアイの瞳に見つめられ、僕は声を発することができなかった。何らかの方法で大人になった(本来の姿に戻った)彼女の姿はそれほどまでに美しかった。


 宝石のような瞳、艶やかな褐色の肌、金色に輝く髪、上を向いた豊満な胸、芸術的な脚線美……“魅了”のスキルなど関係なしに、僕は彼女の美しさに見惚れていた。


(あれ? 目の色が少女の時と左右入れ替わっていて……ああ、綺麗な瞳だなぁ……)


 僕はなんだか頭がのぼせてしまい、何も考えられなくなってしまった。


「ふふふ……さすがのお主もこの姿には……――くっ!!」


 突然、アイーネさんが後方にに飛び退き、その姿を見て驚いた僕は我に返った。


「……冗談が過ぎると警告したはずだ」

「この女郎が! ご主人様に対して何たる不敬!!」


 ゼアヒルトとエルドウィンが鬼の形相で武器を構えていた。特にエルドウィンは呼吸が荒く、放っておけばすぐにでも攻撃しそうな勢いだった。


「お、落ち着け! わ、我が悪かった!」


 2人の本気度を悟ったのか、アイーネさんはすぐに少女の姿に戻って謝罪した。それを見て、ようやくゼアヒルトたちも武器を収めて普段の表情に戻る。


「2人とも本気で我を攻撃しようとしていたぞ。特にそのメイドの嬢ちゃんは怖すぎる……漏らすかと思ったわい」

「……ええっと、どういうことか説明をしてもらえますか?」


 僕の言葉にアイーネさんは頷くと、ちょこんとソファに座り再び足を組んだ。


「先ほどの姿を見て気付いたと思うが、我はエルフ……いや、正確にはハーフエルフじゃ」


 確かにさっきの美しい姿を見て気になった点があった。アイーネさんの耳は長く伸びていて、さらに耳先が尖っていたのだ。


 そして、わざわざ本来の姿を隠しているているということは、彼女が人間族ではないことを明確に物語っていた。


(ディアナと同じエルフ……いや、ハーフエルフということは……)


「我は母親はエルフ族じゃが、父親は人間族じゃ。この世界において異種族間の交わりは基本的に禁忌。故郷を追放された我らは、姿を偽って人間族の国で生活を送ることになったのじゃ」


 アイーネさんの説明によると、彼女の両親ははるか昔に他界している。その後は魔力の高さを武器に冒険者として活動し、そして彼女は冒険者ギルドのマスターになったとのことだった。


「ところで……そろそろ姿を見せてはどうじゃ?」


 そう言ってアイーネさんが僕の方へ向かって人差し指を軽く弾く仕草をした。


「きゃっ!!」


 次の瞬間、姿を隠して僕の肩に座っていたアリューシャが後方へ吹き飛ばされた。


「いったーい! 何するのよ!!」

「ぬしが隠れてこそこそしとるのが悪いのじゃ。妖精風情が我の目を誤魔化せると思うな。我を欺けるのは女神様くらいのものじゃ」


 あなたが弾き飛ばしたのがその女神様です、と言いたかったが言えなかった。


「それにしても、妖精の姿を目にするのは久しぶりじゃの」


 アリューシャは妖精の姿を解除すると僕の右隣に腰を下ろした。明らかに不機嫌そうな顔をしており、その美しく可憐な顔が台無しだった。


「早く本題に入ってくれないか?」


 ゼアヒルトの催促にアイーネさんは頷くと、一度咳払いをしてこれまでの経緯を話し始めた。


「まず、我が王都にいる理由じゃが、それは王都の冒険者ギルドマスターが殺害されたからじゃ」

「殺害された!?」

「うむ。一見すると不慮の事故のように見えるが、我の調べては間違いなく何者かの手による犯行じゃ。およそ1年前に起きたこの事件の再調査と、混乱する冒険者ギルドの事態収拾のために我は王都へ来た」


 この件をわざわざ話題にするということは、おそらく事件と王女護衛には繋がりがあると予想できた。


「少年、気づいたようじゃの。殺されたギルドマスターは王女派であった。おそらく犯人は公爵派の者であろうなぁ」


 この世界において冒険者ギルドの持つ影響力は大きい。邪魔な存在になりうるのならば、公爵が排除しておきたいと考えるのは当然なのだろう。


 そして、王都のギルマスを簡単に暗殺できるほどの権力を公爵は有している。これまでに戦ってきたグリゴアやフォルカーらとは格が違うということだ。


「次に、王女殿下の護衛についてじゃ。アレグリアから話は聞いておると思うが、少年には魔導学院へ入学してもらい、そこで殿下の護衛をしてもらうことになる」

「具体的にはどれくらいの期間になりますか?」

「現在は学院は冬期休暇中、再開は春を迎える風の月で卒業試験は光の月じゃから、およそ300日じゃな」


 学院の再開と同時期に入学試験も行われるとのことで、まず、その試験に合格することが必要だ。実技試験が中心に行われるということで、この世界の常識に疎い僕にとって筆記試験が無いことが救いだった。


「入学したら一般の生徒と同様に学業に励み、王女様の友人として振舞ってもらう」

「卒業を控えた王女様と、入学したばかりの僕が学院で一緒に過ごすことができるのですか?」


 僕の質問に対してアイーネさんは首を傾けた。少女の姿で行うその仕草は、あまりにも可愛かった。


 僕の知っている学校では、学年別・クラス別で学校生活を送るのが一般的だ。普通に考えれば、僕と王女様は別の学年・別のクラスということになるのではないだろうか?


「ああ、そういうことか。案ずるな。魔導学院はすべてが実力主義。年齢や入学年に関係なく、個々の持つ実力でクラス分けがなされる」


 アイーネさんは魔導学院について詳しく説明してくれた。


 魔導学院はS~Eの6クラスがあり、それぞれ定員は約30名。入学試験や定期試験の成績でクラスの編成・入れ替えが行われるらしい。


「魔導学院に在籍する者は、そのすべてが上位クラスを目指しておるのじゃ」


 Aクラス在籍時に卒業すれば“A卒”、Bクラス在籍時に卒業すれば“B卒”と呼ばれるらしい。そして卒業クラスの格に応じて、王国からの様々な支援が得られるようだ。


「“S卒”ともなれば国家の中枢を担う役職を得られるほどじゃ。ただし、Sクラスは厳選された10名ほどしか在籍は許されぬし、卒業試験もかなり難しい」


 例えば上級の冒険者は貴族やギルドから様々な便宜を図られる。それと同じような制度と考えて良いだろう。


「卒業の条件はただ1つ、冬の卒業試験を突破することじゃ」


 つまり、春に入学して冬の卒業試験に合格すれば、最短1年で魔導学院を卒業することができる。


 ただし、それは理論上可能というだけで、多くの生徒は時間をかけて可能な限り上位クラスでの卒業を目指すということだった。


 そもそも、卒業試験の内容はD・Eクラス向けであってもかなりの難易度らしい。


「それで、王女様のクラスを教えていただけますか?」

「……」


 僕の質問に対してアイーネさんの表情が明らかに曇った。


「……あの、アイーネさん?」

「……Eクラスじゃ」

「やはり王族ともなれば優先的にSクラスに……」

「Eクラスじゃ! 先ほど話したとおり、魔導学院は完全実力主義。王族であっても例外は認めておらぬ」


 残念だがべルティーナ王女殿下は魔法の才能に乏しく、王族であるがゆえに特例でEクラスに入学できたということだった。さすがに王女殿下を不合格(入学不可)にするわけにはいかなかったようだ。


 SクラスやAクラスでの入学を期待していた王女派の落胆は大きかったことだろう。もしも王女殿下が“S卒”ともなれば、彼女の王位継承を支持する声も大きくなったはずだ。


「殿下は魔導学院で必死に勉学に励んでおられる。そのお姿は見ていて痛々しいほどじゃ。どうか側で助けてやってほしい」


 そう言ってアイーネさんは僕に向かって丁寧に頭を下げた。それに対して僕が「もちろんです」と答えると、彼女は可愛らしい微笑みを見せた。


「……ところで、お主たちの住み家じゃが、我の邸宅で生活してもらうということで良いかの? むろん、我も一緒に過ごすことになるがの」


 アイーネさんの提案に対し、僕の周囲にいる女性陣は明らかに不満そうな顔をした。


 しかし、王都で他に頼るべき伝手はない。立地は魔導学院に近く、安全に過ごせる場所としては最適だということで最終的に全員が了承した。


「話の続きは我の家でしようか。では早速向かうとするが、その前に生活必需品をそろえる必要があるの」


 女性陣は立ち上がってアイーネさんの後に続くが、その動作はなんだか緩慢に見えた。アイーネさんの言動にまだ不満が残っているのかもしれない。


「そうじゃ。最近、貴族向けの高級下着店ができたそうな。まずはそこに向かうと……」


 アイーネさんの言葉を聞くや否や、女性陣の動きはそれまでとは様変わりし、まるで獲物を捕捉した魔獣のように俊敏なものになったのだった。

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