04 ギルドマスター
王都グロースブルクの冒険者ギルド(本部)はさすがに規模が大きかった。しかし、建物の中に漂う空気は領都オルデンシュタインの冒険者ギルドと似通っていた。
革の鎧を身につけた戦士風の大男や弓矢を抱えた弓術士など、たくさんの冒険者たちが受付で話をしたり掲示板の依頼文書を確認している。
当然のように酒場も併設されていて、にぎやかで楽しそうな声が遠くから聞こえてくる。
「あれ?」
冒険者ギルド内を見まわして、僕は少し違和感を持った。
(なんだか魔導士の姿が少し多いような気がする……)
例えば、領都オルデンシュタインで魔導士の姿を見ることはあまりない。しかし、ここではローブに身を包んで杖を持つ冒険者の姿をちらほらと目にすることができた。
「イオリ、さっそく気付いたな。さて、何故だか分かるか?」
「……魔導学院の影響かな?」
ゼアヒルトが「その通りだ」と言って頷いた。
彼女の説明では、魔導学院を卒業した者は大半が王国の研究機関か軍への所属を希望するようだ。しかし、それを望まないものも少数だが存在していて、例えば冒険者になる者がいるのだという。
王都の人々の認識では、卒業生の中でもエリートは研究機関や軍に就職し、落ちこぼれが冒険者になるとされているらしい。
「初めての方ですね。要件をお伺いしま……ええっ!? ゼアヒルト様!?」
受付嬢がゼアヒルトに気付くなり大きな声を上げた。その声を聞いて周囲の冒険者たちが一斉に僕たちに注目するのが分かった。
「おい、今、ゼアヒルトって言ったよな?」
「白薔薇がこんな所にいるわけねえだろうが!」
「いや、でも、あんな美人が他にいるかよ」
冒険者たちがひそひそと話す声が周囲から聞こえてきた。僕のような無名と違い、ゼアヒルトは有名人なのでどこに行っても大変だ。
「し、失礼しました。ご用件は何でしょうか?」
「人を探しているのですが……」
「かしこまりました。それではまず最初に冒険者カードの確認をさせて下さい」
僕とゼアヒルトはそれぞれ冒険者カードを受付嬢に差し出した。まず、ゼアヒルトが緑色(D級)を、続いて僕が銀色(B級)のカードだ。
「まぁ、ゼアヒルト様も冒険者カードを持っていらっしゃるのです……ね…………へ?」
僕の冒険者カードを受け取るなり、受付嬢が完全に固まってしまった。口をパクパクさせて何かを言おうとしているが、まるで言葉になっていない。
「アイーネさんに会いたいのですが……」
「……」
僕の問いかけにも受付嬢は反応しなかった。その様子を見て、なぜか僕はかつてのエミリアの姿を思い出していた。
「……いたっ!!」
急に受付嬢が頭をおさえて座り込んでしまった。どうやら背後から誰かに頭を叩かれたらしい。
「あううぅぅ……」
頭をさすりながら涙交じりの声を上げるその様子を見て、なぜか僕はかつてのニーナの姿を思い出していた。
オルデンシュタインを離れてまだ少ししか経っていないが、エミリアとニーナに会ったのが遠い昔のように感じられる。
「まったく……ぬしは何をやっとるのじゃ」
受付台を飛び越えて、僕の目の前に褐色の肌をした少女があらわれた。年齢は7、8歳くらいだろうか?
どうやらこの古風な言葉を話す少女が受付嬢の頭を叩いた張本人のようだ。
褐色少女は冬だというのに黒のワンピース風の衣装で、まるでハロウィンパーティーのように大きな黒いとんがり帽をかぶって、右手に宝石の輝く立派な杖を握っていた。
髪は金髪のロングストレートだが毛先は外に大きく跳ねており、よく見ると右目は緑で左目は赤のオッドアイだった。
端的に言えば、魔女風褐色美少女である。ただ、その姿に僕は若干の違和感を感じているのだが……
「アイーネさまぁ……杖で人の頭を叩いてはいけませんよぅ……」
震えながら抗議する受付嬢の言葉を聞き、僕は驚いて目を大きく見開いた。なんと、この褐色少女がアイーネさんだというのだ。
何かの間違いかとも思ったが、確かにこの少女からはかなりの魔力を感じ取ることができ、相当な実力者であることが分かる。
そして、彼女の魔力の一部が霧のようにゆっくりと僕の方へ迫り、まるでまとわりつくような感覚に襲われた。ただし、それは不快な感覚ではなく、むしろ温かさと心地よさを感じるものだった。
「ぬしが固まっておるからじゃ。カミラ、ちゃんと仕事をせい」
褐色少女……アイーネさんは受付嬢に説教を始めた。
「イオリ、驚いたか?」
ゼアヒルトが楽しそうに微笑を浮かべていた。彼女はもちろんアイーネさんをよく知っているはずだ。おそらく、僕がアイーネさんの姿を見て驚くと予想をしていたに違いない。
それにしても、まさか冒険者ギルドのマスターが少女だとは想像もしていなかった。
ちなみに、受付嬢の名前はカミラ。先月ここに配属されたばかりの新人さんとのことだ。身長は僕と同じくらいで、水色の髪をポニーテールに結んでいる。
B級の冒険者に会うのが初めてで、しかもそれが少年ということで大層驚いたとのことだ。
「よく来たな。ついて来い」
とてとてと歩く少女の後に付いて歩き、僕たちは冒険者ギルドの奥にある応接室に通された。
「……さて、色々と話しておくべきことはあるのじゃが、まずはこちらの自己紹介をするかの」
僕らがソファに腰かけると、少女が帽子を脱いでテーブルの上に置いた。
「我の名はアイーネ。知っての通り、冒険者ギルド(オルデンシュタイン支部)のギルドマスターを任されておる」
「僕の名前は――」
僕が自己紹介をしようとすると、それを遮るようにアイーネさんが開いた手を前に突き出した。
「よいよい。お主のことはアレグリアから聞いておる。女神の加護を持つ少年イオリ……人間族の最期の希望というわけか……」
アイーネさんが僕のことを知っているのは当然だった。そもそも、アレグリア経由でなかったとしても、女神の加護持ちの話をキリアンさんやエミリアが上司に報告しないはずがない。
「さて、聞きたいことが色々とあるのではないか?」
そう言いながらアイーネさんが足を組むと、甘い匂いが僕の鼻孔をくすぐった。少女の仕草だというのに、なんだか妙に艶めかしく感じられた。
「ふふふっ、流石じゃのう。並の男ならとうに理性を失っておるというのに」
アイーネさんの言葉の意味が分からず僕は首を傾げた。
「アイーネ、遊びが過ぎるぞ」
隣に座るゼアヒルトがアイーネさんを窘めた。ゼアヒルトの反応からすると、彼女は僕の身に何が起きているのかを知っているようだった。
「そう怒るなゼアヒルト。別にお前さんからこの少年を奪うつもりはない。まあ、もちろんこやつが我を選べば話は別じゃがなぁ」
そう言ってアイーネさんが浮かべた笑みは、ただの少女とは思えないほどにあでやかだった。
「まったく、アイーネは相変わらずだな。さっさと種明かしをしてはどうだ?」
「白薔薇こそ、相変わらずの無粋な性格よの」
そう言いながらアイーネさんは足を組み直した。
「隠す程のことではないので話しておくが、我のスキルは“魅了”じゃ。先ほどからお主に対して全力で仕掛けておるが、やはり女神様の加護持ちには通用せぬようじゃの」
アイーネさんの説明によると、“魅了”のスキルは魔法耐性の低い者に対して一定時間だけ効果があるとのことだった。
僕がアイーネさんから感じていた温かさと心地よさは、どうやら“魅了”のスキルの影響ということらしい。
「通用はせぬが……しかし、これならどうかのう?」
僕がアイーネさんのスキルについて考えていると、彼女はそう言って急にソファから立ち上がった。
次の瞬間、彼女の体が光り輝き……光が収まると、目の前には褐色少女ではなく褐色美女が蠱惑的な笑みを浮かべ立っており、唖然とする僕を見下ろしていたのだった。




