03 神託
「3か月ほど前に私は女神様から神託を授かりました。もちろんその内容については誰にも話をしておりません」
僕は右肩に座る妖精アリューシャをちらりと横目で見た。彼女は僕に向かって笑いながらピースサインをしている。
エルドウィンは先ほどの部屋に残ったが、アリューシャはちゃっかりと僕に付いてきていた。
いたずらっぽく笑みを浮かべるアリューシャを見ると、どうやら彼女が聖女様に何事かを吹き込んだのは確かなようだ。
ちなみに、アリューシャは姿を消している。ただし、僕はアリューシャの姿を視認することができる……いや、正確には“最近できるようになった”と言うべきだろう。
この世界に来たばかりの頃は、アリューシャが姿を消すとその度に不安な気持ちになったのを覚えている。
「四六時中いつも一緒にいるからでしょ。それに私の姿が見えるということは、伊織の成長の証でもあるわ」
理由について、彼女は少し恥ずかしそうにそう説明してくれた。
さて、聖女様は僕の右肩に座るアリューシャと対話ができるみたいだ。それが“神託”のスキルの全てなのだろうか?
「女神様は仰いました。“やがてこの地を訪れる使徒を助けよ”と……」
その時のことを思い出したのか、聖女様の目はわずかに潤んでいた。女神様からの神託がよほど嬉しかったのだろう。
その女神様であるアリューシャは腕を組んでうんうんと頷いている。
「その日から私は毎日、使徒様の来訪を女神像の前でお待ちしておりました。ようやくお会いすることが出来て感無量でございます」
そう言って微笑を浮かべた聖女様の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「それにしても、僕が使徒だとよく分かりましたね?」
僕はただの冒険者の格好をしており、どこをどう見ても神々しさは微塵も感じられない。
「女神様は仰いました。使徒様は“若い黒髪の少年で、美しい妖精とともにいる”と……」
僕がジト目でアリューシャに目をやると……すぐに彼女は僕から目を逸らした。
「ということは、聖女様には僕の右肩に座る妖精が見えるのですね?」
「はい。本当にお綺麗で……まるで女神様のようですわ」
「……あ、ありがとね。私の名前はアーシェよ」
お礼を言いながらアリューシャが姿を現した。明らかに顔が赤く染まっていて照れているのが分かる。
(恥ずかしいなら自分のことを美しいとか言わなければいいのに……)
「使徒様の目的がどのようなものであれ、微力ではありますが全霊を尽くしてお手伝いいたします」
「ありがとうございます」
涙を拭いながらじっと僕を見つめる聖女様の瞳は、なんだか熱を帯びているように見えた。
そんな彼女の熱い視線を感じて、おそらく今の僕もアリューシャと同じくらい顔を赤く染めているのだろう。
「ええっと、僕の名はイオリ・エクスヴァルドです。普段は冒険者をしていて、オルトヴァルド辺境伯の家臣でもあります」
「私の名前はヨゼフィーネです。聖女などと呼ばれていますが、本人にその自覚はあまりありません。使徒様、どうぞフィーネとお呼びください」
聖女ヨゼフィーネは清廉さと美しさを兼ね備えていながら、とても親しみやすい女性だった。
「よろしければ、僕のことは友人としてイオリと呼んでください」
「……ゆ、友人!? ……い、いいのですか!? 本当にいいのですか!? “イオリさん”って呼んじゃいますよ!!」
満面の笑みを浮かべて唐突に大声を出したヨゼフィーネの姿に、僕とアリューシャは驚きで目を丸くしてしまった。
「は、はい。さ、さすがに“使徒様”と人前で呼ばれるのは困るので……」
「ご、ごめんなさい。私、同じ年頃の男性とこうやってお話しするのは初めてで、しかも使徒様とお友達になれるだなんてこれほどの幸せは……」
あっけにとられる僕たちを置き去りにして、ヨゼフィーネはなおも早口で話しを続けた。
「そ、それに使徒様はとても温かい方で……お友達ができるのも初めてのことで……すみません、舞い上がってしまって……すみません……」
再び涙目になりながら謝罪するヨゼフィーネに対し、アリューシャが「なんとかしろ」という目で僕を見ている。
先ほど若い男性聖職者を叱りつけた聖女様の姿はそこにはなく、ただ可憐な少女がおどおどしながら泣いているだけだった。
どうしたものかと考えた僕は、彼女に近づき頭をポンポンと優しく撫でて声をかけた。
「フィーネ、大丈夫だよ。ほら、落ち着いて」
「……い、イオリさん……あ、ありがとうございましゅ……」
僕がヨゼフィーネの頭を撫でていると、彼女はそのままこちらに体を預けて僕の胸に顔をうずめたのだった。
◇◇◇
私はただの操り人形でした。
職人だった父を早くに亡くし、幼少の頃は常に継母の機嫌を伺い、毎日を怯えながら生活していました。継母の躾は殊更に厳しく、その理由が私を貴族に売り飛ばすためだということに気付いていました。
どうやら、どこかの子爵の息子が私の買い手のようでした。
私は友人をつくることを許されず、週に1度の礼拝の日以外は自宅に監禁されているような状態でした。毎日、亡くなった父と実母を思い、夜な夜な枕を濡らしていました。
そんなある晩、私は夢の中で女神様と対話をしました。
当時の私はまだ幼く、夢の中ということで話の内容はあまり記憶にありませんが、とても温かい気持ちになったのをはっきりと覚えています。
美しい女神様は、「ねえねえ、ちょっと暇つぶしに付き合ってよ」というようなことを仰っていました。
きっと不憫な私を憐れんで、わざわざ声をかけて下さったのでしょう。その後も何度か女神様と夢の中で会話をすることができました。一方的で不敬な言い方になりますが、まるで友人ができたかのように感じたものでした。
このことはずっと秘密にしていましたが、信頼していた教会の神父様につい話をしてしまいました。すると、翌日には偉い人たちが家にやってきて、私は否応なく王城に行くことになってしまいました。
王城ではずらりと勢ぞろいした貴族たちの前で水晶に手をかざすことになりました。どうやら、私の話が真実かどうかを見極めようとしているようです。
水晶に何も反応がなければ、私は死刑になってしまうかもしれません。
私がビクビクしながら手を差し出すと……水晶の側にいた高位聖職者たちの体が震え、一斉に驚きとも感嘆ともとれる声をあげました。
「これは……聖女に間違いない」
「ああ、何年ぶりの降誕か」
「神は我々を見捨ててはいなかったのだ」
「涙が……涙が止まらぬ……」
次の瞬間、その場にいた国王をのぞくすべての人が私に対して跪きました。この日、私は聖女として女神アリューシャ教の教主となり、この国では国王に次ぐ権威を手にしたのでした。
ちなみに、アリューシャ教の教主は原則的に聖女が担うことになっています。では、聖女がいない間はどうしているのかというと、大司教の中から教主代理が選ばれるということでした。
しかし、聖女になった私の気持ちが晴れることはありませんでした。
私は常にユリウスら数人の聖職者によって生活を監視・管理されていました。それは、継母によって自宅に監禁されていた時とほとんど同じです。
水晶の周りで涙を流していた高位聖職者たちも、私ではなく私の背後にいる女神様を見ています。彼らにとっては、“人間族が神に見捨てられていない”という点さえ確認できれば良かったのでしょう。
聖女としての権威は手にしましたが権力はなく、私は大聖堂に囚われたただの操り人形として振舞うのみでした。
当然ながら友人をつくることさえ許されず……というよりも、もはや人々は聖女である私を恐れ敬い、まともな会話を交わすことさえできなくなってしまったのです。
私は聖女として人前では強要された笑顔を浮かべつつ、胸中は暗黒の霧に支配されているかのようでした。
しかし、そんな私の心に一筋の希望の光が差し込みます。16歳の誕生日を迎えたその日、久しぶりに女神様と会話をすることが出来たのです!
幼い時とは違い、はっきりと会話の内容を思い出すことが出来ます。
「久しぶりね、元気だった?」
「いえ、あまり……」
「もう、辛気臭いわねぇ。あなたは可愛いんだから笑顔が一番よ」
「でも……」
私は涙を流しながら、現在の境遇をすべて女神様に打ち明けました。
「……悪かったわね。良かれと思ってあなたを聖女に選んだのだけれど、そんなに苦労しているとは思わなかったわ」
「いえ、奴隷として売り飛ばされなかっただけでも感謝しなければなりません……」
私が涙を拭いながら弱々しく呟くと、女神様はゆっくりと私に近づいて両肩を掴みました。
「あなたはこの国で2番目に偉いのよ! 周りの連中に唯々諾々になるんじゃなくて、ビシッと自己主張しなさい!」
「は、はい……」
このように私は女神様からたくさんのありがたい言葉をいただきました。そのおかげで、今は少しだけ自信がついたように思います。
そして最後に、女神様は私にとても大切なお話をされました。それこそが女神様から授かった神託なのです。
「しばらくしたら、ここに使徒がやってくるはず。よかったら協力してあげてね」
「使徒様が大聖堂に……ですか?」
「そう、すごくかっこいい黒髪の男の子だからすぐに気づくわよ」
そう言われて私は使徒様のお姿を想像しましたが、なんだか恥ずかしくなって、すぐに頭に浮かんだ姿形を消去しました。
「あなた、その男の子と一緒に行動しなさい」
「私がですか? 私が使徒様のためにできることがあるのでしょうか?」
「使徒のためじゃないわ。あなた自身のためよ」
私は意味がよく分からずに首を傾けました。そんな私の目を真っ直ぐに見ながら、聖女様は優しく語りかけました。
「きっと、あなたの生きる意味を見つけられるわ」
「…………はい」
こうして、その日から私は使徒様のご来訪を心待ちにするようになったのです。
そして、ついに使徒様にお会いすることができ、女神様のお話はすべてが正しかったのだと実感しました。使徒様にお会いして、胸中の暗い霧が一気に晴れ渡ったように思えたのです。
私の人生で最初のお友達は、まるで絵本から飛び出してきたような素敵な男性でした。




