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02 聖女


「これは……すごいね」


 僕は大聖堂の美しさと荘厳さに圧倒されていた。大聖堂は外壁面に美麗な装飾が施されていて、空に向かって大きく突き出た2本の尖塔が特徴的だった。


 もう遅い時間帯だからか人影はまばらで、なんだか不思議な静寂がこの辺り一帯を支配していた。


「あの建物は?」


 大聖堂から少し離れた所に質素な建物があった。


「……あれは孤児院だ」


 ゼアヒルトの説明によると王都には多数の孤児があふれており、孤児院で生活を送れるだけまだましという状況なのだそうだ。


「よし、じゃあ大聖堂の中に入ってみよう……あれ? ゼアヒルトは行かないの?」


 ゼアヒルトは馬車から動かず、微笑を浮かべながら僕に小さく手を振っている。


「馬車が盗まれたら大変だろう? 私が見張っているから行ってくるといい。女神様によろしく言っておいてくれ」


 確かにこの国の治安ではどこで犯罪に遭うか分からない。貴族やその家族は護衛とともに行動するのが常識であり、窃盗や強盗などに常に注意を払っておかねばならないようだ。


 そして残念なことに、僕の≪ストレージ≫には“生きた動物の馬”を収納することは出来ない。


「それでは私が……」


 エルドウィンが自分が残ると言いかけたが、ゼアヒルトはそれを遮って話を続けた。


「いや、私は何度か訪ねたことがあるから大丈夫だ。エルドウィンはここに用事があるのだろう? 遠慮せずに行くといいさ」

「……申し訳ありません」


 エルドウィンはやや逡巡していたが、結局はゼアヒルトの厚意を素直に受け取った。


(エルは熱心な女神教の信者だから、どうしても大聖堂に行きたいのかな?)


 こうして僕らはゼアヒルトを残して大聖堂に向かい、僕を先頭にして大きな入り口から中に入った。


◇◇◇


 大聖堂の中の壁面には採光用の高窓が並び、至る所に装飾の美しいステンドグラスがはめ込まれていた。


「また入ってきやがったな! このガキが!」


 みすぼらしい格好をした女の子が必死にこちらへ走ってきた。そしてそれを大聖堂の守衛らしき男が追いかけている。


 僕たちの目の前で女の子は守衛に捕まり地面に押さえつけられた。


「仕事を増やしやがって! ここはお前たちみたいなのが入っていい場所じゃねえんだ!」


 そう言って守衛は女の子を殴りつけようとしたので、とっさに僕はその男の腕をつかんだ。


「な、なんだてめぇは! 邪魔しやがると……くっ、う、腕が動かねぇ……」

「許してもらえませんか?」

「くっ、は、離せ……いててて、わ、分かったから離してくれ……」


 僕が腕を離すと守衛は悪態をつきながら去っていった。


 一方、女の子は押さえつけられて膝を擦りむいたためか、それとも殴られそうになった恐怖のためか、目尻に大粒の涙を浮かべていた。


「大丈夫かい?」


 僕はすぐにポーションを取り出して女の子に使った。誰かに見られている可能性を考えて、回復魔法を使うのはあえて止めておいた。


「君は孤児院の子かな?」


 僕の質問に女の子はゆっくりと頷いた。


「……ごめんなさい。弟に何か食べさせたくて……」


 どうやら食べ物を探して大聖堂に忍び込んだらしい。貴族たちが贅沢に暮らす一方で、貧民たちが飢餓に苦しんでいるのがこの国の現状だ。


 僕が≪ストレージ≫から素早く食料を取り出して渡すと、女の子は初めて笑顔を浮かべて何度もお礼を言った。


「本当にありがとうございます」

「気を付けてね」


 女の子と別れて大聖堂の奥に進むと大きな彫刻像が見えてきた。それは明らかに女神アリューシャを模した石造に思えた。


 よく見ると、その彫刻像の前に5人ほどの人影があり、一列に並んでこちらを向いていた。5人全員が聖職者のいで立ちで、中央にいる女性は豪華な法衣を身にまとっている。


「お待ちしておりました」


 その集団の前に僕たちがたどり着くと、中央の女性が丁寧に頭を下げた。それに合わせて他の者も全員がこちらに頭を下げる。


「いったいどういうことでしょうか?」


 突然のことに僕が戸惑っていると、その女性が申し訳なさそうな表情で自己紹介を始めた。


「失礼しました。私は女神アリューシャ教の教主ヨゼフィーネと申します。この度はあなた様にお会いすることができ、大変うれしく、そして光栄に存じます」


 おそらくこの女性が聖女様なのだろう。年齢は僕と同じくらいだろうか、小柄で身長は僕よりも頭一つ低く150cm程に見えた。


 きらきらと輝く長いストレートの銀髪がとても綺麗だった。顔立ちも整っていて間違いなく美人と評して良いが、なんだか儚さを感じさせる女性でもあった。


「どうして僕のことを待っていたのですか? それに、なぜ僕が今日ここに来ることを知っていたのですか?」

「私には“神託”のスキルがあります」


 驚きの告白だった。秘匿しておくべき自身のスキルを初対面の僕に簡単に打ち明けたのだ。


(危機感がないのか……それとも僕を完全に信頼しているということだろうか?)


 “神託”とはどのようスキルなのか、字面からなんとなく想像はできる。


「猊下! どこの馬の骨とも分からぬ輩に秘事を漏らしてはなりませぬ!!」


 聖女様の隣にいた若い男性が彼女に苦言を呈しているが、この世界の常識から言えばそれも当然のことである。


「ユリウス、お黙りなさい。何も隠し立てする必要はありません。それにしてもなんたる失礼な物言い、すぐに謝罪しなさい!!」

「し、しかし……ただの冒険者風情になぜここまで礼をつくさねば……」


 確かに僕の身なりはまさしく冒険者そのものであり、とてもではないが辺境伯に仕える貴族(男爵)には見えない。


「このような品位に欠ける怪しい男に近づいてはなりませぬ。猊下はこの国の……」


 僕の背後にいるエルドウィンから怒りの空気が伝わってくる。僕が馬鹿にされたのが気に食わなかったのだろう。彼女の呼吸がいつもよりほんの少しだけ荒くなっている。


「ユリウス、謝罪しなさいと言っているのです!」


 聖女様は言い繕う若い男性をにらみつけ、厳しい口調で再度僕に対しての謝罪を命令した。


「……た、大変……失礼しました」

「私からも謝罪申し上げます。教育が足りず大変申し訳ありません」


 ユリウスと呼ばれた若い聖職者は僕に頭を下げたが、こちらを見るその目は明らかに不満そうだった。


◇◇◇


「あなた様の来訪を一日千秋の思いでお待ちしておりました」


 そういって聖女様は僕たちを別室に案内してくれた。通された応接室はあまりにも華美で、繊細かつ荘厳な大聖堂とは少し似合わない気がした。


「あなたたちは部屋の外で待っていなさい」

「しかしそれでは猊下に危険が……」

「また私に恥をかかせるつもりですか?」


 しばらく押し問答があった後、部屋の中は聖女様と僕たちだけになった。


「よろしければ、2人だけでお話をさせていただけませんか?」


 申し訳ないという表情でちらりとエルドウィンを見ながら聖女様が提案した。


 それに対して僕が頷くと、「それではこちらに」と言って聖女様は僕の手を取った。どうやらこの応接室のさらに奥にもう一部屋あるようで、そちらに案内してくれるようだ。


 聖女様の手は温かかったが、少しだけ震えているような気がした。


「どうぞ、お掛けになってください」


 あらためて通された部屋は狭くてとても質素だが、まるで幼馴染の部屋にいるような居心地の良い空間だった。


「“使徒様”に対する数々のご無礼をお許しください」

「……」


 聖女様が体を折って丁寧に頭を下げたが、その一方で僕は声を失っていた。


 聖女様と僕は当然ながら初対面なのだが、彼女は僕が女神の使徒だということを知っている。なぜ聖女である彼女が僕に対してこれほどまでに低姿勢なのか、これで理由がはっきりした。


(女神の加護を持つ僕の来訪を知っていた……これが“神託”スキルの能力なのだろうか?)


 顔を上げた聖女様の表情は美しかったが、やはりどことなく儚さを感じさせた。


「ぜんぜん気にしていません」

「よかった……ありがとうございます」


 微笑みながら胸をなでおろす聖女様の姿は可憐で、僕は心臓の鼓動が一瞬だけ跳ね上がったように感じた。


「この部屋は? 先ほどの部屋とはずいぶん趣が違うように感じますが……」


 僕は動揺を悟られないように彼女に他愛もない質問をした。


「ここは私の部屋なのです。普段はここで生活をしているのですよ」


 聖女様の話によると、彼女自身は質素な生活を送りたいと考えているようだ。


 しかし、部下たちはそうは考えていないようで、先ほどの豪華絢爛な応接室も彼らが勝手に準備したものだそうだ。


「気持ちは嬉しいのですが迷惑な話で……」


 口を尖らせながら話す聖女様は何だか幼い少女のように見えて可愛らしかった。


「実は男性をこの部屋に通したのは初めてなんですよ、えへへ……あっ、お茶を淹れますね」


 はにかみながら上目遣いで話す聖女様の仕草に、またしても僕は鼓動が早くなるのを感じたのだった。

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