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01 王都グロースブルク


(王位継承争いでレイノルド様に勝利していただく。それが私に課せられた使命であり、そしてレイノルド新王の誕生こそが王国復活の端緒となるのだ)


 敬愛するレイノルド公爵の前で跪きながら、私は王国の未来について思いを馳せていた。


「ブルーノ伯爵、東は順調そうだな」

「はい、東部の貴族たちはすべて閣下の手駒でございます」


 現在、次代の王として2人の候補がいる。1人がレイノルド公爵であり、もう1人がべルティーナ王女殿下だ。


 正統、という点でいえばべルティーナ様が王位を継承すべきなのだろう。しかし現在は国難の時。軟弱な新王ではグロースエールデン王国を立て直すことはできない。


 レイノルド様は英邁で人徳を備えたお方だ。武勇にも優れ、情に厚い一方で果断な性格でもある。


 私は公爵を王位に就けるべく、国中の貴族に公爵への忠誠と従属を呼び掛けている。先日も東部地方を訪ね、すべての貴族たちは秘密裏に賛意を示した。


 やはりレイノルド様に対する諸侯の期待値はとても高い。


「ならば、南はどうだ?」

「そちらも問題ないかと……パウリーネ様は中立を宣言されております」


 パウリーネ様はレイノルド様の実の姉(つまり国王の妹)であり、王都から南にある水の都“エーベルクヴェレ”を治めている。争いを好まず温厚な性格で、王位継承権を早々に放棄されている。


 こちらから敵対行動をとらなければ、間違いなく王位継承争いを静観されるはずだ。


「うむ、姉上は王位継承には興味はないだろうからな。やはり気になるのは北か?」


 レイノルド様が椅子からゆっくりと腰を上げ、鋭い目つきで眼前の私に問いかけた。


「グリゴア卿はおそらく牢の中、生死は確認できておりません」

「……厄介なのはオルトヴァルド辺境伯よな」

「グリゴア卿の企みが失敗したということは、辺境伯は完全に敵方だと考えるべきでしょう」

「赤薔薇は早々に摘んでおきたかったのだがな……」


 レイノルド様は明らかに落胆されていた。辺境伯の排除こそが我々の喫緊の課題だったからだ。


 報告によれば、グリゴア父子の反乱はあと一歩の所で失敗したとのことだった。この反乱を背後から支援してきた公爵からしてみれば痛恨事と言えた。


「西の連中には借りができてしまったな」

「はい、しかしグリゴア卿は辺境伯領を手にすることができませんでした」


 西の連中とは獣人国のことを指しており、グリゴア卿を側面から支援するよう要請をしていた。もちろんタダで奴らが動いてくれるはずもなく、辺境伯領を一部割譲する約束となっていた。


 奴らは辺境伯領へ向かい軍を動かしたようだが、一滴の血も流さずに引き上げている。


「うむ、領地の割譲はできぬ。一応の謝礼として若い奴隷を50人ほど送ってやれ」

「かしこまりました」


 レイノルド様と獣人国に繋がりがあることは極秘事項だ。もし漏れればレイノルド様は国家反逆罪として逮捕されることになるだろう。


「ところで、ツェーザル伯爵はどうだ?」

「フォルカー卿はすでに亡くなったとのこと。こちらも失敗で……申し訳ございません」


 ツェーザル伯爵の王女殿下への忠誠心の高さは公然の事実だ。レイノルド様にとっては、王位継承争いにおいて排除しておきたい明確な敵の一人であった。


(それにしても、なぜグリゴア卿とフォルカー卿の計画はともに失敗したのだろうか?)


 どちらも万全を期してのものであり、両者からは順調に経過しているとの報告を受けていた。


(彼らに……いや、私に油断と驕りがあったからに違いない。レイノルド様のためにも、これ以上の失態は決して許されぬ!)


「ブルーノ伯爵、そう険しい顔をするな。お主のせいではなく、私の見通しが甘かったのであろう」


 このように自己批判をできる所がレイノルド様の美点であり、そして家臣や民衆に慕われる所以である。権力者は往々にして自省を嫌い、家臣の諫言に耳を貸さぬものである。


「ツェーザル卿には妹がいます。レイノルド様の側室に招いてはどうでしょうか?」

「ふむ、いざという時の人質か……よし、すぐに使者を送れ」


 レイノルド様には正室の他には側室が1人いるだけだ。他の貴族と比べてもこれはかなり少ない数であり、そして残念だがまだ子宝には恵まれていない。


「あとはこの王都だが……まだ聖女は旗幟を鮮明にはせぬか」

「はい、ルーカス司教の報告ではもう一押しとのことです」

「うむ、引き続き聖女の取り込みを急ぐよう伝えよ」

「ははっ!」


 王都の大聖堂に住まう聖女様は女神アリューシャ教の頂点に立つ。もしも聖女様がレイノルド様の支持を表明すれば、それは大きな後押しとなるだろう。


「依然としてこちらが優勢であることには変わりはないが……」

「はい、王女殿下を支持する貴族は限られています。この国の9割は公爵閣下の手の内にあります」

「……だが、私は盤石を期したいのだ。意味は分かるな?」


 そう問いかけたレイノルド様の眼光が妖しく光ったように見えた。私はすぐに質問の意味を理解することができた。


「王女殿下のお命、必ずやこの1年の内に……」

「うむ、そなたの忠義に期待しておるぞ」


 そう言ってレイノルド様は顎に手をやりながら、満足そうに笑みを浮かべたのだった。


◇◇◇


「これが王都グロースブルクか……」


 巨大な城壁を抜けた先には、とても美しい街並みが広がっていた。遠くに見える王城に向かって一直線に大きな道路が伸びている。


 どうやら王城を中心にして放射状に街道が整備されていて、まるでフランスの首都パリを思わせるような都市だった。


 馬車を道路脇に停めて、僕たちはみんなで王都グロースブルクを眺めていた。領都オルデンシュタインも活気に満ちた街だったが、やはり王都はそれ以上の人と物であふれていた。


 引っ切り無しに馬車が行き交い、歩道は道行く人々と商売人で混雑している。田舎育ちの僕はその様子を見ているだけでも人酔いしそうだった。


「さすがは王都ですね。メイド長から話は聞いていたのですが、想像以上の大都市で驚きました」

「確かに、こうして目に見える所は華やかなのだがな……」


 ゼアヒルトが少し暗い表情で呟いたので、僕は彼女に話の続きを促した。


「王都グロースブルクは富と享楽を受容する繁栄の世界と、貧困と搾取に喘ぐ絶望の世界が混在している。一歩裏道に入れば、そこには地獄が広がっている。それは領都オルデンシュタインの比ではない」


 ゼアヒルトの話によると王都では貧富の差が激しく、美しく着飾った貴婦人たちが我が物顔で通りを往来する一方で、日々の食べ物にも困る多数の貧民が苦しんでいるとのことだった。


「それで伊織、これからどうするの?」

「まずはアイーネさんを探さないといけないね」


 冒険者ギルド(オルデンシュタイン支部)のマスターであるアイーネさんは王都へ出張中ということで、僕たちの王都滞在を世話してくれるということになっている。


「それならば、王都の冒険者ギルド(本部)に向かうのがいいだろう。場所は覚えているので案内しよう」


 何度か王都に来たことのあるゼアヒルトがいるのは頼もしかった。さっそく僕たちは馬車に乗り込んで冒険者ギルドを目指すことにした。


「あれは?」


 馬車が動き始めてしばらくすると、右手に大きな建物が見えてきた。形から推察すると、明らかに宗教的建築物だと分かる。


「あれは大聖堂だ。女神アリューシャ教の総本山で、信徒の頂点に立つ聖女様がおられる」


 ゼアヒルトの説明を聴きながら隣に座るアリューシャを横目で見ると、なぜか彼女はドヤ顔で腕を組み胸を張っている。


「どうする? 寄ってみるか?」

「ご主人様、ぜひ向かいましょう。この旅の無事を女神様に感謝したいのです」


 エルドウィンが自己主張をするのは珍しい。そういえば彼女は熱心なアリューシャ教の信者であり、毎朝・毎晩の祈りも決して欠かすことはなかった。


「そうだね、折角だし行ってみようか」

「ありがとうございます!!」


 御者席に座るエルドウィンが僕に聞こえるように大きな声でお礼を述べた。


(日が暮れるまでもうしばらく時間があるから問題ないだろう。それに、この国の宗教について理解を深めておくことも大切だ)


 こうして張り切るエルドウィンに操られた馬車は、大聖堂を目指して大通りを右折したのだった。

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