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25 到着


「ご主人様、王都グロースブルクが見えてまいりました」


 御者を務めるエルドウィンが僕に声をかけた。確かに彼女の言う通り、まだ小さい姿だが遠目にうっすらと王城のシルエットが見えた。


「ちょっと寄り道しちゃったけれど、ようやく到着出来そうで何よりね。ここまで来ればもう何も起きないわよね?」


 アリューシャが意地悪そうな笑みを浮かべて僕を見ている。どうやら巻き込まれ体質の僕をからかっているようだ。


「アーシェ、まだ油断はできないぞ。王都に着くまでにまだ半日はかかるからな」


 ゼアヒルトもまたアリューシャと同じような表情をして僕の方を見ていた。


「2人とも、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。もう王都も目前だし、さすがに盗賊や魔物がでるほど治安は……」


 僕が話をしている最中、急に馬車がその動きを止めた。エルドウィンが理由もなくこんなに乱暴に馬車を操る訳がない。


「あら伊織、残念ね。敵襲よ。相手は人間……数は20程かしら」


 どうやら王都への到着にはもうしばらく時間が必要そうだ。


「ご主人様、盗賊です!!」


 エルドウィンの声に僕はため息をつきながら馬車を降りた。きっとこれでまたアリューシャとゼアヒルトにからかわれるに違いない。


 それにしても王都はもうすぐ近くだというのに、こうやって大規模な盗賊が出るというのはこの国の治安が相当に悪化しているということを証明していた。


「最高についてるぜぇ、これほどの女は見たことがねぇ!!」

「ボロボロになるまで犯してやる!!」

「げへへ、盗賊になって正解だったな!!」


 盗賊たちは例のごとく下品な言葉を並べ立てて騒いでいた。僕の両隣にいるゼアヒルトとエルドウィンが氷のように冷たい目をしている。


 一方で僕の肩に座っているアリューシャは、少し悲しそうな顔をしながら盗賊たちの背後の方へ目を向けていた。


 アリューシャが何を見ているのか気になって僕もそちらに目を向けると、粗末な衣服に身を包み首を鎖で繋がれた一人の若い女性が地面に座り込んでいた。


「伊織、頼んだわよ」


 アリューシャの言葉に僕は頷く。涙を流しながら震えているその女性を目にして、僕は自分の体が熱くなっているのを感じた。


「ご主人様、全員処刑ということでよろしいでしょうか?」


 エルドウィンの問いかけに僕は首を横に振った。


「何人かは生かしておこう。他に監禁されている人がいるかもしれない」

「かしこまりました」


 エルドウィンは僕に向かって丁寧に頭を下げると、盗賊たちの方を向いてガーターホルスターから短剣を数本取り出した。一方で、ゼアヒルトもいつの間にか細剣を抜いて構えている。


 そんな2人の様子を見て、僕は周囲の温度が数度下がったかのような気がした。


「ぎゃははは、怖い怖い」

「お嬢さんたち、俺たちともっと楽しいことをしようぜ」

「ほらほら、そんな危ない武器は早く捨てようよ~」


 2人の姿は僕が見ても背筋が凍るほどだったが、盗賊たちは相変わらず呑気な会話を楽しんでいる。


(彼女たちの所作からその実力を見抜くこともできないのか……)


 盗賊の様子に僕は大きくため息をつくと、怒りを胸に一気に駆け出したのだった。


◇◇◇


 辺りにはたくさんの死体が転がっている。それは、つい先ほどまで醜い笑みを浮かべていた盗賊たちだった。


「≪ファイアボール(炎弾)≫」


 血の匂いを嗅ぎつけて魔物が寄ってくる可能性もあるため、僕は火魔法で次々と死体を焼き払っていった。


「たたたた、たすけてくれぇぇぇ……」


 そんな中、3人の盗賊の生き残りが土下座をして体を震わせながら命乞いをしている。


「ど、どうか、どうか命ばかりは……」

「お、俺たちは生活に困って盗賊に……」

「め、命令されて仕方なく……決して自分の意志じゃねえ……」


 これまでに何度も目にしてきた光景だ。これまでに自分が犯してきた罪を棚に上げ、すべてを他人のせいにして難を逃れようとする。


 この世界には厳しく苦しい環境の中であっても、必死に真面目に生きている者もたくさんいるのだ。


 僕は懸命に命乞いをしている盗賊を放置して、彼らに捕まっていた女性の下へ向かった。そして、彼女に≪ヒール≫≪クリーン≫の魔法をかけ、さらに≪ストレージ≫から取り出した衣服を渡した。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 女性は涙を流しながら両膝をついて僕にお礼を述べた。出来ることならば、彼女がこんなに辛い体験をする前になんとかしてやりたかった。


 話によれば彼女は王都の教会に籍を置く修道女で、久しぶりに郊外の実家に戻った際に災難に遭遇したとのだった。


「イオリ、他に捕まっている者はいないようだぞ!」


 ゼアヒルトが大きな声で告げ、その言葉に僕は安堵のため息を吐いた。


「あの……奴らを……奴らを私に殺させてください!!」


 突然大声をあげた女性に僕は驚きを隠せなかった。彼女はつい先ほどまで怯え震えていたのだ。


「……私が奴らに犯されている目の前で、父と母は無残にも殺されました……私に仇を討たせてください!!」


 僕が何かを言う前に女性は立ち上がり、命乞いをしている奴らの下へ向かおうとした。


「それは認められません」

「どうしてですか!? 私にはその権利があるはずですっ!!」


 女性は悲痛な表情で訴えるが、僕は首を横に振ってそれを退けた。彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。なぜなら、僕もかつて同じような経験をしたことがあるからだ。


 しかし、だからこそ彼女には人殺しを経験してほしくなかった。彼女の両親もきっとそう願っているはずだ。


「奴らは僕が処断します」

「でも、私が……」

「ご両親を安らかに弔うためにも、あなたの手を悪人の血で穢すべきではありません」


 僕の言葉に彼女はしばらく逡巡していたが、やがて納得したのか小さく頷いた。


「……すみません……ありがとうございます」


 彼女の悲しそうな微笑みに見送られ、僕は命乞いをしている3人の下へ戻った。


「た、たすけてくれぇぇ! 何でもするっ、何でも!!」


 おそらく彼女の声が聞こえていたのだろう。盗賊たちは先ほどにも増して必死に命乞いを始めた。


「そうだっ!! あんたの奴隷になる!! 盗みでも殺しでも、あんたの命令に従う!!」

「何なら今からどこかの村を襲ってみせようか? あんたへの忠誠の証だ!!」


 この世界の盗賊連中はどうしてみんなこういう考えなのだろうか。改心しようといういうつもりは全くないらしい。


(まあ、分かりやすくていいか。これならばこちらも何ら遠慮する必要がない)


 ゼアヒルトが「私がやろうか?」という表情でこちらを見ている。


 僕は彼女のこういう優しさにとても惹かれている。いつも僕の心情に寄り添い、何よりも僕のことを優先して行動してくれる。


「ゼア、ありがとう。大丈夫だよ」


 そう言って僕は剣を抜くと、直後に屍となった3人の盗賊を火魔法で焼き払ったのだった。


◇◇◇


「わざわざ村まで送ってもらったばかりか、父母の埋葬まで手伝っていただき本当にありがとうございました」

「それじゃあ、僕たちは王都へ向かいますので」


 彼女の故郷は盗賊たちに大きく破壊されていたが、難を逃れた人々が集まって復興作業が始められていた。


 彼女はしばらくこの村で過ごしてから王都へ戻るとのことだった。僕たちを見送る彼女は、姿が見えなくなるまでずっとこちらへ向かって頭を下げていた。


 村を出てしばらく馬車に揺られていると、僕の右隣に座るアリューシャが話しかけてきた。


「彼女のような市井の人々が安心して大過なく過ごせる世界になるといいわね」

「そうだね。そのためにも、まずは王都での任務をしっかり果たさないとね」


 女神アリューシャの願いは、すべての人が笑って生活できる世界を築くことだ。


 それは人間族はもちろんのこと、それ以外の種族であっても分け隔てなく幸福になるべきだと考えている。


 主神や他の女神がどう思っているのかは分からないが、間違いなくアリューシャは世界全体の安寧を願っている。


「それにしても、ちょっと疲れたわね。早く王都でお風呂に入りたいな」

「そうだね」


 アリューシャに共感した僕はこの異世界に身を投じ、神界での彼女の地位向上のために行動している。


 圧倒的劣勢に追い込まれている人間族の国“グロースエールデン王国”を立て直すことが最初の目標だ。


(アリューシャの力になりたい。僕にできることならば何だってやってやる!)


 そんなことを考えながらアリューシャを見ていると……


「ん~、どうしたの伊織? さては……エッチなことを考えてたな?」


 どうやら思いっきり勘違いをされてしまったらしい。


「ええっと……実はちょっとだけ……」


 僕が適当なことを言って誤魔化していると、対面に座って本を読んでいたゼアヒルトが素早く僕の左隣に席を移した。


「ほう、イオリ。どんなことを考えていたのか聴かせてもらおうか?」


 2人の美女に挟まれて他愛もない会話をしながら数時間を過ごし、ついに僕たちは王都グロースブルクに到着したのだった。

これで第3章の完結です。

よろしければ、評価をいただけると今後の参考になりありがたいです。

これからもよろしくお願いいたします。

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