24 遺言
「今から15年前、我々と獣人国との間で戦争が起きたのは知っているか?」
「領土争いが原因だと聞いています」
僕の言葉にツェーザル伯爵は「その通りだ」という表情で頷いた。
「私は当時19歳だったが、父の代理として軍を率いて戦争に参加していた」
ということは、ツェーザル伯爵は現在は34歳という事になるだろうか。
「そこで私は殿下とともに戦った。そう、べルティーナ様の父君だよ」
ここで王女の名前が出てきたことに僕は驚いた。さて、これは単なる偶然なのだろうか?
「結果は知っていると思うが、我々は獣人族の軍に大敗した。もちろん人間族と獣人族の能力に差があることは知っている。だから私たちは慎重に作戦を練り、しっかりと準備をして戦いに臨んだのだ……しかし、完膚なきまでに打ちのめされた」
伯爵が「負けた理由が分かるか?」と僕に尋ねているような気がした。
「おそらく情報が漏れていた……裏切りでしょうか?」
当時のことを思い出したのか、伯爵は大きくため息をついて頷いた。
「ああ、我々の作戦がことごとく見抜かれていた。こうなっては能力に劣る我々に成す術はない。そして、算を乱して退却する中で殿下は……亡くなってしまったのだ」
「裏切った者は判明したのですか? 殿下は誰に討たれたのでしょうか?」
僕の質問に対して、悔しそうな表情をしながら伯爵は首を横に振った。
「どちらも分からぬ。退却の最中に離れ離れになってしまい、再会したときには殿下はもう虫の息であった」
固く握られた伯爵の右手が震えていた。おそらく彼の人生において最大の悔恨事なのだと想像できた。
「殿下の最期のお言葉は“アイン……産まれてくる子を頼む”であった」
アインというのはツェーザル伯爵のことだろう。子どもを託すとは、それほどに伯爵と殿下は親しい間柄だったと推測できる。
そして、当然のことだが“産まれてくる子”というのはべルティーナ王女のことだ。
「私は殿下との約束を果たすべく、べルティーナ様に生涯の忠誠を誓っている。しかし、現在のべルティーナ様は大変な苦境に立たされている」
べルティーナ王女は15歳の少女でありながら、毎日を暗殺者の影に怯えながら生活をしているという。
だからこそ王女はアレグリアに相談をして、依頼を受けた僕が護衛として王都に向かうことになったのだ。
「エクスヴァルド卿……頼む、そなたの力を貸してもらえないだろうか?」
ツェーザル伯爵は大きな体を丁寧に折り曲げて頭を下げた。彼と僕の目的は完全に一致していて、伯爵の依頼を断る理由はどこにもなかった。
「ツェーザル様、実は僕は……」
アレグリアの指名依頼でべルティーナ王女殿下の護衛に向かう途中であることを正直に打ち明けた。
「なんと! そうであったか……これも女神アリューシャ様のお導きであろう!」
ツェーザル伯爵は満面の笑みを浮かべながら僕の両手をとった。
「エクスヴァルド卿には感謝しかない。この街を救ってもらったばかりか、べルティーナ様まで……」
「今まで通り、僕のことはイオリと呼んでください」
「いやいや、そういう訳には……そうだ! それでは私のことは“アイン”と呼んでくれ」
さすがにそれはどうかと思い何度も断ったのだが伯爵は一歩も譲らなかった。
「それではアイン様、べルティーナ王女を支える同志としてこれからもよろしくお願いします」
「ああ、もし何かあれば私は全力で貴殿を支援する。早速、オルトヴァルド辺境伯にも手紙を出さねば。それにしても、ここ最近でこれほどの慶事はなかったぞ。本当に喜ばしいことだ!」
ツェーザル伯爵は僕の手を強く握りしめたまま、何度も何度も頷いたのだった。
こうして僕はツェーザル伯爵という心強い味方を手に入れることができた。そして僕たちは一緒に肩を並べて平民街へ向かったのだが……
「何とも聡明で美しい。私もあなたを“エル”と呼んでもよろしいだろうか?」
「お断りいたしますわ、伯爵様」
「そうか、許してくれるか。ありがた……なん……だと?」
「私をエルと呼んでよい男性は、亡き父とご主人様だけと決めております」
「……ぐぬぬ……」
どうやらツェーザル伯爵は見た目通りの好色家のようで、今度はエルドウィンを相手に先ほどと同じ光景を繰り返したのだった。
◇◇◇
「くくくっ……それにしても……」
私はリビングでロッキングチェアーに腰かけ、グラスに注いだ酒を片手にオルトヴァルド辺境伯の手紙を思い出していた。
「イオリ・エクスヴァルド男爵に協力してほしい……か」
彼女が書いた手紙の内容は、要約すればイオリへの支援を要請するものであった。しかし、一見すると流麗かつ事務的に書かれた文章とは裏腹に、イオリに対する彼女の愛情が滲み出ているものだった。
「白薔薇だけでなく赤薔薇もか……流石だな。やるではないか」
白薔薇ことゼアヒルト嬢はオルトヴァルド騎士団の元副団長。華麗な剣捌きに加え、巧みに風魔法をも操る彼女はこの国でも上位の実力者だ。
そして何よりも目を引くのはその美しさである。大人になったゼアヒルト嬢を初めて目にしたが、彼女をめぐって貴族間の衝突が起きても何ら不思議ではないと思えるほどだった。
また、彼女の父であるエルガー・エクスタイン伯爵は、剣聖に最も近い男として各地で讃えられている。この国で剣の道を志すものならば、誰しもが憧れる存在である。
もちろん私にとってもエルガー卿は最も尊敬する武人である。先のスタンピードでもエルガー卿の八面六臂の活躍ぶりを噂に聞いている。
(国中の男たちがゼアヒルト嬢を妻にしたいと思うだろうが、それは土台無理な話だな。彼女を手に入れたければ、あのイオリを倒さねばならないのだ。命がいくらあっても足りやしない)
一方、赤薔薇ことアレグリア・オルトヴァルド辺境伯。英邁な父の遺産のすべてを若干17歳にして相続した彼女は、その父に勝るとも劣らぬ領地経営ぶりを発揮している。
もう少し経験を積めば、この国の歴史上でも有数の政略家として名を刻むことになるだろう。
そんな彼女を王城にて何度か見かけたことがある。多くの貴族が彼女を妻にしようとアプローチをしていたようだが、彼女は全くと言っていいほど彼らを歯牙にもかけていなかった。
アレグリア辺境伯を妻にすれば、その地位も自ずと自分のものになるのだ。この国の貴族たちがなりふり構わず必死になるのもよくわかる。
(才気あふれる彼女のお眼鏡にかなう男が、この国に一体何人存在するというのだ?)
私にとって今回のフォルカーの件は大きな失敗だったが、白薔薇と赤薔薇が夢中になる男……イオリと知り合うことが出来たのはなんたる幸運か。
この出会いを女神アリューシャ様に感謝せねばなるまい。
こうして私が笑みを浮かべながら女神様に感謝していると、私の下に近づいて来る小さな足音が聞こえた。
「あら? なんだかご機嫌みたいね、アインお兄様」
「ああ、ロゼリッタか。なに、ちょっと良いことがあってね」
ロゼリッタは年の離れた腹違いの妹で15歳。肌は色白で身長は150cmほど、金色の巻き髪に緑色の瞳をしており、どうやら母親に似たようで大層美しいと世間では評判だ。
「良いことってなあに? 教えて下さらない?」
私は先日起きた出来事をかいつまんで妹に説明した。私の話すにわかには信じられないような物語に、妹は夢中になり瞳を輝かせながら話を聴いている。
「すごい! すごい、すごい!! 私もその魔法を見てみたかったわ!!」
イオリが魔物を一撃で葬ったこと、攻撃魔法に加えて回復魔法を使えること、B級という一流の冒険者であること、とても冷静で理知的なこと……私が口を開くたびに妹は全身で感動を表現していた。
「ああ、その殿方に一度会ってみたいですわ!」
「そういえば……」
私は机上にある水晶を手にして起動のスイッチを押した。これは、短時間だけ映像を記録できる魔道具である。
イオリと魔物との戦闘については余裕がなかったので何も撮れていないが、戦後に家来に命じて少しだけイオリの姿を記録させていたのだ。
ちなみに、私がエルドウィン嬢に袖にされた様子も映っていたのでそこは削除しておいた。
「ほら、この人がエクスヴァルド男爵だよ」
「……」
「……」
「……」
どれくらい時間が経っただろうか?
ロゼリッタは食い入るように水晶に映し出される彼の姿を見ていた。同じ映像を何度も、何度も。その間は微動だに動かず、一言も声を発することはなかった。
やがて、魔鉱石のエネルギーが切れたのだろう。魔道具が作動を停止して映像が消えた。
「……アインお兄様」
「うん、どうしたんだい?」
恍惚とした妹の表情を見て、私は内心で拳を握り締めて喜んでいた。
「私はこの人と結婚します!!」
「卿にはすでに思い人がいるらしいが……」
「この私が恋争いに負けると思いまして? ロゼリッタに敗北の二文字はありませんわ!」
こうなるのではないかという予想はしていた。そして、それは私の期待していた通りのことだった。だからこそイオリのことを妹に話し、さらには記録していた映像まで見せたのだ。
もしも妹がイオリの妻になれば、彼は私の義理の弟ということになる。そうなれば我がツェーザル家は安泰……いや、それどころか今以上に飛躍できるだろう。
そして、べルティーナ様の治世に多大なる貢献ができるようになるに違いない。我がツェーザル家は“べルティーナ王女殿下の御為”に存在するのだ。
「ロゼリッタ、王都の魔導学院に入学する気はないか?」
「お断りしますわ。あの学院で学ぶことはもうありませんもの」
通常、魔導学院では13~16歳の3年間をかけて卒業を目指すのが一般的である。ただし、あくまでも原則ということで、厳格に年齢制限があるわけではない。
べルティーナ王女殿下は次の春で3年目、つまり卒業の年度を迎えることになる。卒業までのおよそ1年間、王女殿下の護衛にあたるのがイオリの任務らしい。
これは私にとっても朗報だった。王女殿下が命を脅かされているという話に、常々私は胸を痛めていたからだ。
先日、フォルカーに会いにポルトロップへ出向いたのもそれが理由だった。知恵者であるフォルカーならば、王女殿下の護衛について何か良案を示してくれるかもしれないと思ったのだ。
実際には私が動かなくても、すでに辺境伯が王女護衛のために動き出していたのだが……
「突然どうしましたの? 魔導学院に再入学だなんて……」
ロゼリッタは魔法に関しては秀才である。13歳で魔導学院に入学すると、理論・実技ともに上級生どころか教師をも上回る才能を示して見せた。
そしてすぐに学院での生活に飽きてしまい、わずか1年で自主退学することになったのだ。
「エクスヴァルド卿は魔導学院に入学するそうだよ」
「……さっそく私も王都へ向かいますわ」
そう言うとロゼリッタはすぐに部屋から出て行った……かと思うとすぐに戻ってきた。
「お兄様、こちらは私が預かっておきますわね」
イオリを映した魔道具を手にすると、満面の笑みを浮かべてロゼリッタは去っていった。
(恋敵は白薔薇に赤薔薇……さすがにロゼリッタも分が悪いか……)
私はグラスに酒を注ぎ、愛する妹の勝利を願って一人で乾杯をしたのだった。




