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23 手紙

 無事にスフィンクスを討伐することに成功し、地面に横たわる大きな死骸を≪ストレージ(収納)≫に入れた。


『きっと伯爵には色々と詮索されるだろうね』

『それは仕方がないわよ。当たり障りのない範囲で答えるしかないでしょうね』


 アリューシャは妖精の姿で僕の右肩に座っている。1日離れていただけだが、こうして無事に再会できてとても嬉しかった。


『どうしたのよ? さては、私が側にいなくて寂しかったわね?』


 アリューシャが意地悪そうな笑みを浮かべている。


『うん、寂しかったよ』

『ぐっ……あいかわらず……ええっと、なんだか以前にも似たようなことがあったわね』


 こうしてもっとアリューシャと話をしていたいがそうもいかない。おそらく平民街ではまだ激戦が続いているはずで、一刻も早くそちらへ向かわなければならない。


『大丈夫よ、ほら』


 そう言ってアリューシャが指をさすのでそちらの方を見ると……


「これは……一体どうしたというのだ?」


 そう言いながら僕らの方へ近づいてきたのはゼアヒルトだった。月明かりに照らされた彼女の姿は相変わらず美しかった。


「あれ? ゼアがここにいるということは……」

「ああ、平民街は無事に守り切ることが出来たよ。ただ……」


 吉報を告げているのにもかかわらずゼアヒルトは暗い表情を浮かる。


 その瞬間、エルドウィンがゼアヒルトの側にいないという事実に気付き、最悪の事態を想像して僕の背筋は凍り付いた。 


「エル! エルは大丈夫なの!?」

「……ああ、魔力を使い果たして横になっているが命に別状はない。安心していい」

「あぁ、良かった……」


 僕はエルドウィンの無事に心から安堵し、気が抜けてその場に座り込んでしまった。


「まったく、妬けるじゃないか。私の心配はしてくれないのか?」

「いや、そんなつもりじゃ……」

「……ふふふっ」


 僕は慌てて立ち上がってゼアヒルトに弁明しようとするが、その様子を見て彼女は楽しそうに笑っている。


「あちらに転がっていたのがフォルカーの遺体なのだろう?」

「うん、実は……」


 僕は貴族街で起きた出来事を最初からゼアヒルトに説明した。彼女は時折いくつかの質問を挟みながら驚いた表情で僕の話を聴いていた。


「マンティコアとスフィンクスだと!? まったく無茶をして……お前が死んだら悲しむ女性がたくさんいるのだぞ。もちろん……私もその内の一人なんだからな……心配させるな」


 そう言って一歩近づいたゼアヒルトは、僕を両手で抱きしめて優しく頭を撫でてくれた。


「ほらほら、そこまでにしておきなさい。みんなが見ているわよ」

「アリューシャも大変だったな」

「そうよ、本当に大変だったんだから。鳥かごに入れられていたのよ!」


 こうしてしばらくのあいだ、僕たちは楽しくお互いの情報を交換したのだった。


 その後にツェーザル伯爵の下へ向かうと、彼は傷ついた兵士たちを回復させるよう指示を出している所だった。


「ツェーザル様、少年がこちらに参りました」


 側近の呼びかけに反応した伯爵は、魔物との戦いで乱れた服装を正しながらすぐにこちらへやって来た。


「急ぎ平民街へ向かわなければならぬ。イオリ、早速準備を……」

「ツェーザル様、彼女の話によると平民街は無事に守り抜くことができたようです」

「……」


 僕の言葉に伯爵は何の反応も示さなかった。彼は隣にいるゼアヒルトに視線を注いでいるようだった。


「イオリ、この女性は?」

「ゼア、自己紹介を」


 僕に促されてゼアヒルトは一歩前に進み、伯爵に対して丁寧に頭を下げた。


「オルトヴァルド辺境伯の家臣エルガー・エクスタインの長女ゼアヒルトと申します」

「……貴殿が世に名高い白薔薇……これは……」


 ゼアヒルトは優雅に自己紹介を行い、一方でツェーザル伯爵は口を開けたまま彼女を見つめていた……いや、彼女に見惚れていたと表現した方が正確かもしれない。


「わ、私は、この地方一帯を治めるアルグイン・ツェーザル伯爵である。この度は私の不徳の致す所でそなたたちに迷惑をかけてしまい……」


 ツェーザル伯爵がしどろもどろになりながら自己紹介をしている。先ほど魔物と戦ったときの勇猛さを微塵も感じることができなかった。


「ツェーザル様のことは存じ上げております。まだ私が幼少の頃でしたが、父に連れられた王城で何度か拝見したことがございます」

「おおっ、そ、そうかっ!!」


 ゼアヒルトの言葉に伯爵は喜びをあらわにして彼女に一歩近づいた。しかし、それに反応したゼアヒルトは素早く一歩後ずさる。


「覚えていてくれたとは光栄だ。そういえば、エルガー殿が可憐な娘を連れていたが、そなただったのだな。あれからもう何年が経つだろうか……ゼアヒルト嬢は何歳になられたのかな?」

「今年で20歳になります」


 ゼアヒルトの返答にツェーザル伯爵はうんうんと何度も頷いている。


「そうか、もうそんな年齢か……月日の流れるのは早いものだ。ところで、不躾な質問で申し訳ないが、もう結婚はしているのかな?」

「いいえ、まだでございます」

「そうなのか!?」


 ツェーザル伯爵は愁眉を開いて喜色満面の笑顔を浮かべている。この状況を見れば、伯爵がゼアヒルトに好意を寄せているのは明白だった。


「あー……もしよければ、もしよければで良いのだが、私もあなたを“ゼア”と呼ばせていただいてよろしいか?」

「お断り致します」

「そうか、許してくれるか。ありがた……え??」

「お断り致します、ツェーザル様」


 まさか断られるとは予想していなかったのだろう。伯爵は狼狽しながらゼアヒルトに理由を問い質した。


「誠に申し訳ありません。私を“ゼア”と呼んでよいのは家族に限られているのです」

「家族だけだと? それではイオリは?」

「イオリは……私にとっては家族のような存在なのです」

「……」


 ツェーザル伯爵はしばらくの間、何度も繰り返し僕とゼアヒルトの顔を交互に見ていた。


「はっはっは、そうかそうか。まったく、これでは私はとんだ道化ではないか。式を挙げる際はぜひ私も招待してくれ! 喜んで祝福させてもらおう!」


 竹を割ったような性格。これがツェーザル伯爵の美点であり、ここにいる家臣たちが絶対の忠誠と信頼を寄せる理由だろう。


「それにしてもイオリ、そなたの活躍は誠に見事だった」

「もしよろしければ、怪我をした皆さんを魔法で回復しましょうか? ツェーザル様も身体を痛めているのではないですか?」


 僕の言葉にツェーザル伯爵は目を見開いて驚いていた。


「なんと、お主は回復魔法まで使えるというのか!?」

「ええ、多少は……」

「ありがたい申し出だが、回復はポーションで間に合っている。それよりも確認したいのは……ゼアヒルト嬢、すまないがイオリと2人で話をさせてくれないか?」


 そう言って伯爵は人気のない所へと僕を連れ出したのだった。


◇◇◇


 周囲に誰もいないことを確認すると、ツェーザル伯爵は真剣な表情で次々と質問を投げかけてきた。


「スフィンクスの翼を貫いた赤い閃光、あれはお主の魔法なのか?」


 特に隠すことでもないので僕は素直に頷いた。


「……あれほどの威力の魔法を目にしたのは初めてだ。15年前の獣人国との戦争でも経験したことがない……」


 やはり、ツェーザル伯爵は15年前の戦場を経験しているようだった。おそらく当時の伯爵は20歳くらいだろうか。


「B級冒険者という事だったな?」

「はい」

「あれ程の魔物を一瞬で屠ったのだ。私にはA級かそれ以上の力があるようにしか思えぬが……」


 伯爵は僕に疑いの目を向けるが本当にB級なので仕方がない。ただしエミリアが言うには、記録が残っている限りでは史上最速のB級認定とのことだったが。


「パーティーは組んでいるのか?」

「“女神の蹄鉄”というパーティー名で活動しています。とは言っても、メンバーは私とゼアヒルトの2人しかいないのですが」


 アリューシャは「私も入れたら3人よ」と言いたいに違いない。しかし、彼女は僕の肩に座ったまま姿を消して大人しくしている。


「お主に提案があるのだが……ぜひとも私の家臣になってくれないか? 国王に申請してお主を男爵に推薦し、叙爵した上で私の親衛隊の隊長を任せたい」


 ツェーザル伯爵はいきなりとんでもない提案をしてきた。


「見ての通り、私の親衛隊はまだまだ実力不足でな。お主に彼らの隊長となってもらい、B級の魔物であっても討伐できるくらいに鍛えてほしいのだ。当然だが報酬は十分に払うし、邸宅もこちらで準備しよう。さらには……」


 伯爵の提案はとても魅力的な内容で、本気で僕を家臣にしたいという誠意が伝わってくる。とても光栄な申し出だが、もちろん僕がこれを受けるわけにはいかない。


 しかし、単純に断っても伯爵はあきらめようとしないだろう。だから、僕も正直に自分の正体について打ち明けることにした。


「それに、お主さえ良ければ年の離れた可愛い妹を側室に……」

「ツェーザル様、申し訳ありませんがご提案をお受けすることは出来かねます」


 僕の返答に伯爵は一瞬だけ残念そうな顔をしたが、すぐに表情を戻して僕に問いかけた。


「わかった。それで、理由を話してくれるのだろう?」

「はい」


 僕がすでにアレグリアの家臣であることを、これまでの経緯とともに簡単に伯爵に説明した。


「なるほどな。それでは、お主が辺境伯の家臣であることを証明するものはあるか?」


 僕はアレグリアに貰ったピンバッジを取り出して伯爵に見せた。そしてさらにアレグリアから預かっていた手紙を差し出した。


 この手紙は王都に向かって出発する直前にアレグリアから直接手渡されたものだ。


 彼女が言うには、「イオくんが信頼できると判断した貴族がいたらこの手紙を渡してね。読んでもらったら手紙は回収すること。それと、恥ずかしいから君は読んじゃだめだよ♪」とのことだった。


「うむ、この紋章は間違いないな……それにしても、あのオルトヴァルド辺境伯が……それでゼアヒルト嬢も……」


 ピンバッジをしげしげと眺めている伯爵は独白しながら頷いていた。そして僕が差し出した手紙を受け取ると、怪訝な表情をしながらそれを読み始めた。


 もちろんこの手紙に何が書いているのかを僕は知らない。恥ずかしい手紙とは一体何なのだろうか?


(変なことを書いていなければいいけど……)


 アリューシャはいつの間にか伯爵の方に移動して、姿を消したまま一緒になって手紙を読んでいた。


「…………はっはっは!! これは……いやはやなんとも……くっくっく……そうかそうか……」


 なぜか手紙を読んでいた伯爵が唐突に笑い始めた。僕には何が起きたのかさっぱり分からなかった。


 一方でアリューシャは頬を膨らませて少し不機嫌そうな顔をしている。


「あの、ツェーザル様?」

「くくく……いやはや、失礼した」


 読み終わった手紙を僕に返してようやく笑うのをやめた伯爵は、姿勢を正すと真剣な表情をして僕に視線を合わせた。


「エクスヴァルド卿、貴殿に相談したいことがある」


 伯爵の鋭い眼光と僕を家名で呼ぶ低い声は、これから話す内容がとても重要な事だというのを明確に物語っていた。

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