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22 実力

 

 ゼアヒルトと初めて出会った際に、僕はB級の魔物であるキマイラと戦った。あの時はまだ戦闘に不慣れで、彼女の助けを借りてようやく倒すことが出来た。


 B級の魔物がいかに強敵なのかを身をもって思い知った出来事だった。


 今回はゼアヒルトの助けはない上に時間の制約もある。一刻も早くマンティコアを倒してツェーザル伯爵の加勢に行かなければ、あの時のように多くの犠牲を出してしまうことになる。


「たああああぁぁぁぁ!!」


 僕が刀を構えたまま全力で駆けだすと、マンティコアは左右に振っていた尾をピタリと静止させた。


 そして次の瞬間、マンティコアの尾の先端に無数の大きな棘が生え、それらが一斉に僕に向かって発射された。


 しかし、発射と同時にスキル≪絶影≫が発動し、こちらに飛んでくる棘の速度が減衰する。僕は余裕をもって走りながら≪アイスシールド≫を展開した。


 次々と氷の盾に棘が突き刺さる。そしてすべての棘を受け止めた直後、氷の盾は粉々に砕け散った。


 この時、すでに僕とマンティコアの距離はほぼゼロであり、目の前にいる僕に向かってマンティコアが大きな口を開けた。口の中には数えきれないほどたくさんの尖った歯が見える。


「ガアアァッ!!」


 僕を嚙み砕こうとするマンティコアの攻撃を寸前で避け、僕は右手に持った刀に力を込めて横に払った。


「ギョアッ!?」


 マンティコアから血が噴き出し、大きな下あごが横にズレて地面に落ちた。顔を半分失った巨大な老爺の顔はあまりにも気色悪かった。


「ギィィィヤアアアァァァ!!」


 痛みに苦しんでいるのかマンティコアは棹立ちになり、無防備な獅子の腹をこちらに晒している。


「はあああぁぁぁ!!」


 僕はすぐに≪絶影≫を発動すると、ほとんど時間が停止した世界でマンティコアの腹を何度も斬りつけた。


 しかし、マンティコアは必死に前足を振り下ろし、僕はすんでの所でそれを避けて距離をとった。僕が先ほどまで立っていた所には、マンティコアの鉤爪でついた大きな爪痕が地面に残されていた。


「ガアッ……ガアッ……」


 マンティコアは様々な場所から出血しており、かなり弱っているように見えた。こちらの動きに警戒しながら、じりじりと下がって僕から離れようとしている。


 そして……急に踵を返して逃走を始めてしまった。


(こんなに凶悪な魔物を逃がすわけにはいかない!!)


『凶悪なのは伊織よ。逃げながらそう思っているのは敵の方でしょうねぇ』


 気が付けばすぐ側に妖精の姿をしたアリューシャがいた。なんだかずいぶんと久しぶりな気がするが、実際は別れてまだ1日も経っていない。


『ほらほら、逃がさないようにしっかり止めを刺しなさい』


 アリューシャに促され、僕は小さく頷いてすぐに無詠唱で氷魔法を詠唱した。


「≪アイスバレット(氷弾)≫」


 無数の氷の弾丸が一団となって逃げるマンティコアに向かって飛んでいき……しなやかに動く獅子の足を次々と撃ち抜いた。


「グガアアアアアアッ!!」


 マンティコアが足に傷を負って地面に突っ伏す前に僕は駆け出していた。


「終わりだっ!!」


 そして、もがきながら必死に立ち上がろうとするマンティコアに対し、背後から刀を振り下ろして首を斬ったのだった。


◇◇◇


「来るぞ! 構えよっ!!」


 上空にいたスフィンクスが急降下して我々のもとに突っ込んできた。その勢いは凄まじく、辺り一帯に強烈な突風が巻き起こるほどだった。


「ぐああっ!!」

「がはっ!!」


 スフィンクスの一撃で何人もの家臣たちが宙を舞い地面に叩きつけられた。


 ここにいる者たちは私自らが家臣団の中から選抜して鍛えた親衛隊だ。そんな自慢の剛の者たちが、魔物の放つ強烈な一撃で一瞬にして戦闘能力を奪われていった。


 しかし、彼らの心配をしている暇はない。スフィンクスが地に降り立った好機を逃すまいと、私は動ける者に対して大声で命令した。


「今だっ、一斉に攻めかかれっ!!」


 私の声に応じて槍を手にした親衛隊が次々と突きを放つ。しかし、そのほとんどがスフィンクスの皮膚を少し傷付けた程度だった。


 我々の攻撃を意に介することなく、スフィンクスは翼を広げて再び上空へ舞い上がろうとしていた。


「ぐあっ!」

「くっ!」


 奴が勢いよく翼を広げただけで、周囲の者は巻き起こった突風に体を斬り刻まれている。まるでそれは風魔法のようで、我々はB級の魔物の恐ろしさを身をもって体感していた。


「どけっ!!」


 私はスフィンクスへ向かって駆け出した。奴が空へ飛び上がってしまえば、弓兵や魔導士のいない我々には成す術がない。


(ここで奴の翼を折る!!)


 私は走りながら愛剣を鞘から抜き、裂帛の気合を込めて雄叫びを上げた。


「うおおおおおっ!!」


 大声を上げながら魔物に向かって突進する私に、親衛隊の面々はすぐに気が付いて道を開いた。


「くらえっ!!」


 私は渾身の一撃をスフィンクスの右翼に叩きつけた。私の全霊を込めたこの攻撃は、通常の魔物であればまず間違いなく絶命するほどの威力があると自負している。


「――なっ!?」


 しかし、私の愛剣はスフィンクスの翼を3分の1ほど切り裂いた所で止まってしまっていた。


「ば、馬鹿なっ!?」


 私の攻撃にスフィンクスはその美しい顔を少しだけ歪め、すぐに平然として左前足を振り下ろして攻撃してきた。


「ぐぬっ!!」


 私は慌てて愛剣を手放してその攻撃を避けようとしたが、強烈な攻撃をまともに胸に受けて吹き飛ばされてしまった。


「くっ……化け物が……」


 地面に転がった私の身体に強烈な痛みが襲ってくる。どうやらスフィンクスの爪は私の鎧を貫通して骨や内臓を傷をつけているようだった。


「ツェーザル様っ!!」

「すぐにポーションを!!」


 親衛隊が次々と私の周囲に集まってくるが、その間にスフィンクスは悠々と空に舞い上がっていた。どうやら私の先ほどの攻撃は奴の飛行能力に大きな影響を与えていないようだった。


「奴の攻撃が来るぞっ!!」

「ツェーザル様をお守りしろっ!!」

「どうすればっ!?」


 B級の魔物の想像以上の強さに我々は絶望を感じていた。しかし、ここで奴を倒さなければこの街の……いや、この国の多くの民が被害に遭ってしまうだろう。


 これは私の怠慢が招いた失態だ。フォルカーの悪意を見抜けずにこの都市の住民を苦しめ、そして次は魔物の脅威に晒してしまっている。


 この地を治める伯爵として、命を賭してでもこの魔物は討たねばならなかった。


「私に構うなっ!! 奴が私を狙って降りてきた瞬間を狙って攻撃しろ!!」

「し、しかし……」


 私の命令に家臣たちは明らかに動揺していたがそれも当然だろう。


「よいかっ、動ける者で奴の右翼を徹底的に狙え!! 飛行能力さえ奪ってしまえば奴の力は半減する!!」


 スフィンクスは明らかに私に狙いを定めていた。おそらく自分の翼を傷付けた私に対して怒りを覚えているのだろう。


 スフィンクスはにやりと口の端を吊り上げると、ついに私めがけて猛烈な速度で突っ込んできた。


(ここまでか……フェリックス様……あなたの娘を……べルティーナ王女殿下を守れなくて申し訳ありません……)


 地面に横たわる私の目に、鉤爪を光らせながら急降下してくるスフィンクスが見える。


「皆の者、私から離れよっ!!」


 最後の力を振り絞ってそう叫んだとき、にわかには信じられない光景が私の瞳に映った。


「なっ!?」


 薄暮に突然に赤い閃光が走り、スフィンクスの左翼を一撃で貫いたのだ。


「ギィィヤァァァ!!」


 左翼に大きな傷を負ったスフィンクスはバランスを崩し、我々から大きく離れた所にそのまま墜落していった。


 やがてスフィンクスが地面と衝突して轟音が響き、辺り一帯にはもの凄い量の砂煙が舞い上がった。


 私は何がが起きたのかを全く理解することが出来ず、呆然としてその様子を眺めるだけだったのだが……


「あれはっ!? ……少年!?」


 墜落の現場に向かって駆けているのはまさしくあの少年だった。小柄な身体に長剣を軽々と抱えながら、ものすごい速度で移動している。


「風魔法で移動速度を上昇させているのか!?」


 一方、スフィンクスがよろよろと立ち上がる姿も見えた。あれだけの衝撃を受けていながら、なおも反撃しようするその姿にB級の魔物の恐ろしさを改めて実感して背筋が凍る思いがした。


 そして次の刹那、イオリとスフィンクスが交錯した。


「……な、なん……だと……」


 私が気付いた時にはスフィンクスは首を失っていた。ここからでは遠目で何が起きたのかよく分からないが、間違いなくあの少年が一刀両断したのだろう。


「……はははっ、あの少年は……」


 全く予想していなかった衝撃的な展開と結末に、私は完全に脱力してしまい、しばらく声を上げて笑うしかなかったのだった。

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