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21 ツェーザル伯爵


「お前たちがフォルカー卿を殺めたのだな?」


 適当なことを言うようならばすぐにでも殺す、といった剣幕でツェーザル伯爵が僕たちを睨みつけた。


「ツェーザル様、なぜ私たちがフォルカー男爵を討つに至ったのか……話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」


 僕はみんなを代表する形でツェーザル伯爵の前に進むと、ゆっくりと地面に片膝を付けて跪いた。


「構わん、話すがよい。ただし、お主の話に嘘偽りが判明すればその時点でここにいる全員を処刑する!!」


 そう言ってツェーザル伯爵は剣を鞘に納めると、隣にいた家臣に簡易椅子を用意させて腰かけた。


「ツェーザル様はフォルカー男爵の都市経営についてはどう思っていらっしゃいますか?」

「私に質問するな。フォルカー卿を殺めた理由を簡潔に話せ」

「分かりました。はっきり申し上げますと、フォルカー男爵の悪政により都市ポルトロップの民衆は疲弊しています」

「悪政だと!?」


 まったく想像していなかったのか、ツェーザル伯爵は勢いよく椅子から立ち上がった。


「でたらめを言うな! 私が調査官から聞いた報告では、フォルカー卿による都市経営は順調そのもの。税収も安定しており、治安も良好とのことだ!」

「ということは、その調査官の報告が間違っているのでしょう」

「なにぃ!?」


 ツェーザル伯爵が再び剣を抜いて僕のもとへ大股で近づいてくる。跪く僕を見下ろす伯爵は身長が高く筋肉質で、日頃からかなりの鍛錬を積んでいるように見えた。


「少年よ、良い度胸だな。それでは、フォルカー卿の内政が悪政だったという証拠を見せよ」


 ツェーザル伯爵の右手には剣が握られ、今にも僕に斬りかかろうとしている。しかし、なぜか彼の表情が先ほどより柔らかいものになっていると感じるのは僕の勘違いだろうか?


「伯爵は直接ご自身の目で、この街の人々の生活をご覧になったことがありますか?」

「――なにっ!?」

「一度でもこの都市の平民街に足を運べば、民衆が貧困にあえいでいる様子がすぐにでも目に映ったはずです」

「……」

「平民街の人々は毎日を怯え、飢え、苦しみながら過ごしています。貴族街で接待を受けているだけでは、この都市の真の姿に気付くことはできないでしょう」

「……」


 僕の言葉に伯爵は何か考え込んでいるようだった。一方で伯爵の家臣たちは「無礼な!」「身分をわきまえろ!」などと騒いでいるが、伯爵が軽く右手を上げるとすぐに静かになった。


「そこの者たちは反乱軍に加わった平民なのだろう? この少年の言っていることは本当なのか?」


 伯爵は僕の背後にいる仲間たちに質問を投げかけた。みんなは一度顔を見合わせて頷き、意を決したように大声で答えた。


「姉ちゃんはフォルカーに殺されたようなものだ!!」

「私は家族をすべて奪われた!!」

「この街では私たち平民は奴隷以下の存在だ!!」

「どうして伯爵様は助けてくれないんだ!?」

「今も衛兵たちに平民街が襲われているんだぞっ!!」


 次々にあがる平民たちの悲痛な訴えに、ツェーザル伯爵は顔をしかめて立ち尽くしているように見えた。


「税収が安定しているのならば、なぜ都市を守る城壁は壊れたままなのでしょうか? なぜ通行税に銀貨1枚も取られるのでしょうか? なぜ平民街は暗黒世界のように灯りがないのでしょうか?」


 そう言って僕は立ち上がると、狼狽しているツェーザル伯爵に一歩近づいた。


「フォルカーは僕たちに討たれて当然の領主だった。そして、フォルカーを都市ポルトロップの領主に任命したのはあなたなのです……」


 ツェーザル伯爵はよろよろと後退しながら簡易椅子に座り込んでしまった。


「私には何も見えていなかったというのか……伯爵という立場にありながら……家臣の耳当たりの良い言葉だけを聞いて……これではまるで木偶人形ではないか……」


 ぶつぶつと独り言を呟くツェーザル伯爵を見て、周囲にいる者たちも戸惑っているようだった。


「それでは僕たちは平民街に戻ります。今もまだ無辜の民がフォルカーの命を受けた衛兵に襲われていますので」


 僕たちが立ち去ろうとすると「待てっ!!」という大声が背後から聞こえた。その声の主はツェーザル伯爵だった。


「私たちも平民街へ向かう。これ以上、失態を重ねるわけにはいかぬ! その……すまないが先導してくれないか?」


 慌てて椅子から立ち上がったツェーザル伯爵は、なんと僕たちに向かって少し頭を下げた。


 以前にも同じようなことがあったが、貴族が平民に頭を下げることなど普通はあり得ない。そのあり得ない光景に周囲の人々は驚き、その一方で僕は心から安堵していた。


(ツェーザル伯爵とローマン男爵ならば、きっとこの都市を立て直すことができる)


 もちろん伯爵が失脚したローマン男爵の地位回復を認めることが前提だが、彼の様子を見る限りその点は心配する必要はないだろう。


「ところで少年、伯爵相手に物怖じせぬお主の度胸が気に入った。よかったら私の配下にならないか?」


 先ほどまでとは打って変わって笑顔を浮かべるツェーザル伯爵に、僕は苦笑いを浮かべて首を横に振ったのだった。


◇◇◇


「よし。皆の者、急行するぞ!!」


 ツェーザル伯爵が合図を出し、部隊が隊列を整え平民街へ向けて歩を進めようとした。


 ところがその時、すぐ近くから僕の耳に嫌な声が聴こえてきた。


「くっくっく……許さん……許さんぞ、愚民どもが……みんな殺してやる……私の恐ろしさを思い知るがいい……」


 なんと、死んだと思われていたフォルカーが生きていたのだ。奴の左手には最高級と思われるポーションが握られていた。


 しかし、そのポーションをもってしても回復しきれないほどに奴の傷は深く、まちがいなく奴が命を散らすのは時間の問題に見えた。


 その瀕死のフォルカーが最後の力を振り絞って何かをしようとしていた。どうやら奴は右手に嵌めた指輪に残った魔力(生命力)を注いでいるようだった。


 それに気づいた僕の背中に悪寒が走った。


「させないっ!!」


 僕はすぐに≪絶影≫を発動してフォルカーの下へ駆け出した。しかし、あと一歩の所で間に合わず魔道具が効力を発動してしまった。


 次の瞬間、ものすごい突風が辺り一帯に巻き起こり、僕たちは砂ぼこりでしばらく目を開けることができなかった。


 そして、いつの間にか僕たちの目の前に巨大な2匹の魔物が出現していた。あの指輪は魔物を封印することのできる古代の魔道具だったのだろう。


「これは!? マンティコアとスフィンクス……どちらもB級の魔物ではないか……」


 その魔物を見てツェーザル伯爵が呟き、それを耳にした家臣団に動揺が広がっていた。


 マンティコアは老爺のような顔をした獅子で、サソリのような尾を生やした魔物である。一方、スフィンクスは美女の顔をした有翼の獅子で、とても知能の高い魔物と言われている。


「重装兵は早く前に出ろ!!」」

「ツェーザル様をお守りするんだ!!」

「すぐに退路を確保しろ!!」


 B級という事はあのキマイラと同クラスの魔物ということになる。かつて、ゼアヒルトが率いた騎士団はキマイラによって壊滅している。


 毎日のように厳しい訓練を積んでいるオルトヴァルド辺境伯領の騎士団が、わずか1匹のキマイラを倒すことが出来なかったのだ。


 2匹の魔物のが放つ圧倒的な存在感に、僕の仲間たちの多くは腰を抜かしていた。それも当然のことで、冒険者でもない平民がこれほど高ランクの魔物に接する機会などそうはない。


 一方、ツェーザル伯爵の家臣団も突然の事態に混乱しているように見えた。


「落ち着け!! 部隊を2つに分けるぞ!!」


 ところが、ツェーザル伯爵は凶悪な魔物にも怯むことなく指示を出していた。その冷静な様子は、彼がこれまでに大きな戦いを何度か経験していることを物語っていた。


 これは想像でしかないが、伯爵は15年前の獣人国との戦争に参戦していたのではないだろうか? もしかすると、その戦場でべルティーナ王女殿下の父君と轡を並べていたのかもしれない。


 政治面には疎いが軍事面には明るい……つまり有能な内政官の補佐があれば名君となれる、それがツェーザル伯爵なのだろう。


「少年!! お前たちはすぐに逃げるんだ!!」


 伯爵とその家臣団は僕と仲間たちをかばうように前へ出ようとしていた。そこで僕は素早く伯爵に近づいて小声で彼に話しかけた。


「……僕は冒険者で魔物の扱いに多少は慣れています。右の1匹は僕が引き受けますので、もう1匹の討伐をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 そう言って僕は銀色に輝く冒険者カードを伯爵に差し出した。


 伯爵は怪訝そうな顔でカードを受け取り、そして今度は驚いたような表情を見せた。


「ぎ、銀色……名前はイオリ……オルデンシュタイン支部がB級に認定だと!? この国で最も審査が厳格なギルドだと言われているのだぞ!?」

「ですから、ぜひ僕を信じていただけないでしょうか?」


 ツェーザル伯爵は少し逡巡していたが、やがて意を決したように大声で命令を出した。


「よいか、我々は左手のスフィンクスとの戦いに集中する!! もう1匹の魔物はこの少年に任せるのだ!!」


 伯爵の言葉に家臣団は驚いていたが、それが命令とあらば逆らう理由はないようだった。伯爵の指示に従ってスフィンクスへと攻撃目標を定めて動き出している。


「イオリ、死ぬなよ!」


 そう言って伯爵は僕の背中を大きな手のひらで叩くと、家臣団を率いて敵へ攻勢をかけるべく動き出した。


 一方、僕はマンティコアの正面に立って対峙すると、≪ストレージ≫から刀を取り出して鞘から抜いた。


 もうすでに陽は落ちつつあり、辺りには宵の気配が漂い始めている。


 マンティコアは尻尾を左右に振りながら、じっとこちらの様子をうかがっていた。間違いなくあのサソリの尾には猛毒があると考えてよいだろう。


(早く決着をつけて伯爵の応援に行かなければ……)


 僕は一度大きく深呼吸をして刀を構えると、マンティコアを目指して全力で駆けだしたのだった。

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