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20 歓喜


 僕たちは平民街を出てフォルカーの館のある貴族街へと向かった。貴族街とはいってもここは男爵の治める小都市のため、その規模はオルデンシュタインと比べるとかなり小さい。


 道沿いに立ち並ぶ邸宅も少なく、目指すべき領主の館をすぐに視認することが出来た。


『伊織、人質は全員保護したわ。もちろんローマン男爵も無事よ』


 道すがらアリューシャから≪コネクト(念話)≫で人質救出の報告が入り安堵する。これでフォルカーを討つことに専念するだけだ。


 僕に率いられている10名の仲間に人質救出の情報を告げた。当然だが初めは何のことか分からずに彼らは戸惑っていたが、僕が経緯を簡単に説明するとみんな表情を崩して喜んでいた。


 ここにいる男性陣はフォルカーに対して特別に大きな恨みを抱えている。


 例えば僕のすぐ後ろを走る17歳の青年は、唯一の家族だった姉を衛兵の侵入によって失っている。最後尾にいる最年長の36歳の男性は、幼馴染だった妻と3人の娘を衛兵に殺されている。


 彼らは機会さえあれば、自らの手で仇を取りたいと強く切望している者たちだった。


「止まれ!」


 行く手を阻むように5人の衛兵が飛び出してきて道を塞いだ。僕たちはすぐに武器を構えて戦闘態勢をとる。


「ほっほっほ、思ったよりも少ないですねぇ」


 衛兵たちの背後からやや甲高い声が聞こえ、小太りで背の低い男が眼前にあらわれた。どうやらこの男がフォルカー男爵のようだった。


「フォルカー、貴様の命もここまでだ!!」

「姉さんの仇、今こそ!!」

「死んで妻や子供たちに詫びるがいい!!」


 背後にいた仲間たちが怒りをあらわにし、足を一歩前に踏み出してフォルカーに武器を向けた。しかし、フォルカーは余裕の態度を崩すことはなかった。


「ほっほっほ、もう私の恐ろしさを忘れたのですか? それにこんな所で油を売っていていいのですか? 平民街が大変な状況になっているのを知らないのですか?」


 そう言ってフォルカーは口の端を吊り上げて酷薄そうな笑みを浮かべた。


「そんなことは知っている!」

「仲間が守ってくれるから大丈夫だ!」

「自分の命の心配をしやがれ!!」


 ゼアヒルトらが必ず平民街を守ってくれる、ここにいるみんながそれを信じていた。


「ほっほっほ、無知というのは悲しいですねぇ……あなたたちは≪レイジ(狂乱)≫の魔法を知っていますか?」


 聞いたことの無い単語を耳にしてみんな怪訝そうな表情を浮かべている。


「≪レイジ(狂乱)≫とは理性を失わせ激高・狂暴化する魔法のことです。身体能力も無理やり向上させます。まぁ、魔法が解けたあとは廃人になってしまうのですけどねぇ……ほっほっほ」


 ようやくフォルカーの告げる内容を理解したのだろう。仲間たちはみんな顔を青くしていた。


「今頃、あなたたちの家族は精神魔法によって理性を失った衛兵に蹂躙されていることでしょう。ただでさえ素行の悪い連中が狂乱状態に……おお、怖い怖い……」


 口では怖いと言いながらフォルカーは満面の笑みを浮かべていた。


「さすがに300人全員に魔法をかけるのは無理でしたが、南地区を襲う100名にはきっちりと狂乱状態になってもらいました」


 南地区はエルドウィンたちが防衛に向かった地区だ。別れ際のエルドウィンの微笑みを思い出して、僕の胸は強く締め付けられた。


 だが、彼女は必ず南地区を防衛してくれると信じている。


(……今はフォルカーを討つことに専念するべきだ)


「では、あなたたちには絶望の中で死んでもらうことにしましょう。いきますよ……≪フラスター(狼狽)≫」


 フォルカーは右手をこちらに向けると、驚いたことになんと無詠唱で精神魔法を唱えた。


 現在の人族は多くの魔力を消失し、無詠唱で魔法を唱えられる者はほとんどいない。魔法を唱える奴の右手首が淡く光っているが、どうやら古代の魔道具(腕輪)を用いているようだった。


 フォルカーの右手から放たれた黒い霧が僕たちの周囲に立ち込めた。


「無理だ、敵わない……」

「くそっ、手に力が入らねぇ……」


 ≪フラスター(狼狽)≫の魔法によって、仲間たちが次々と恐怖に支配されて戦闘意欲を失い座り込んでしまう。


「ほっほっほ。無様ですねぇ。ほら、お前たち! 早く止めを刺しなさい」


 フォルカーの命令を受けて衛兵たちが剣を手にしてこちらに向かってきた。


「愚民どもめ、自身の愚かさを呪いながら死ぬがいい」


 もはやフォルカーは完全に勝利を確信しているかのように見えた。


 それも当然で、魔力の極端に少ない人族は魔法に対する抵抗力が低い。精神魔法に抗うことができないのは自明のことだった。


 残念なことだが、恐怖に怯える仲間たちは衛兵の攻撃に抵抗することはできそうもなかった……


「死ねない……姉さんの仇を取るまでは!!」

「お前を殺さなくては、妻と子どもに顔向けできないっ!!」


 ところが、何人かの仲間たちが恐怖心を跳ねのけて必死に立ち上がろうとしていた。


「何ですって!?」


 その様子に気付いたフォルカーも、余裕の表情を一変させて驚いていた。


 一方、僕はこの好機を逃さないよう、彼らを支援すべく強化魔法を唱えた。


「≪ブレイブ(勇猛)≫」


 僕の手から放出された白い光の塊が、仲間たちの胸に吸い込まれるように消えていく。


「こ、これは……」

「やれる! 戦えるぞっ!!」


 僕の魔法によって戦意を向上させた仲間たち、杖代わりにしていた武器をしっかりと両手で握り締めて衛兵に斬りかかった。


「な、何だとっ!!」

「ぐわっ!!」


 魔法により抵抗できないと油断していた衛兵たちは、突然の反撃に驚いてまともに攻撃を食らっていた。


「くそっ、早く殺せっ!」

「させるかっ!!」

「みんな、やるぞ!!」


 他の仲間たちも続々と立ち上がり、各々の武器を手にして衛兵に立ち向かっていく。


 結果として、こちらは一人の犠牲者も出さずに全ての衛兵を倒すことに成功していた。つまり、残す敵はフォルカーただ一人である。


「ど、どどどどどういうことだっ!? 私の魔法から逃れられるはずが……」


 顔面を蒼白にして震えるフォルカーを逃がさないように、僕たちは全員で素早く奴を取り囲んだ。


「失せろ、愚民がっ!! ≪フラスター!!≫」


 慌ててフォルカーは再び精神魔法を放つが、≪ブレイブ(勇猛)≫でバフされた僕たちには全く効果がなかった。


「≪フラスター!!≫≪フラスター!!≫≪フラ……≫」


 やがて、フォルカーが右手首に嵌めていた腕輪が音を立てて崩れた。これで奴は無詠唱で魔法を唱えることもできない。


「フォルカー、覚悟しろ!!」

「お前の悪行もこれまでだっ!!」


 フォルカーを包囲する輪が少しずつ小さくなる。フォルカーは混乱して必死に魔法を何度も詠唱するが、魔道具なしでは無詠唱は不可能だし、もはや魔力も尽きているようだった。


「ひいいいぃぃぃぃ!! 来るなっ!! 来るなぁぁぁ!!」


 次の瞬間、仲間たちの手にした刃が次々とフォルカーの体に吸い込まれていった。


「ぐがっ!? ぐふうぅぅぅ……」

 

 全身を斬り刻まれたフォルカーは傷口から血を吹き出しながら、まるで糸の切れたマリオネットのように前のめりに倒れた。そして、地面にはあっという間に大きな血だまりが広がる。


 ついに平民たちの反乱が成就して、長年苦しめられた領主の悪政を打破したのだ。


「やったよ、姉さん!」

「ついにこの日が……」


 ある者は満面の笑みで歓声を上げ、ある者は涙を流しながら喜びを嚙みしめている。


 しかし、僕らにゆっくりと勝利の余韻を味わう時間はなかった。すぐに平民街に引き返して、暴れる衛兵たちから街と民衆を守らなければならない。


「よし、みんなの所に戻ろうか!」


 僕の言葉にみんなが頷いてすぐに出発しようとしたが、そんな僕たちの下へどこからか現れた兵士が次々と駆けてきた。


 総勢で30名ほどの部隊が眼前に整列している。その統率された兵士たちの間を割って、豪華な服を身に纏った壮年の男性が僕たちの前に姿をあらわした。


「これは一体どういうことだ!?」


 身長は僕より頭2つ分ほど高く、髪は青色の短髪でとても鋭い目つきをしている。恰好は華やかで貴族のようだが、どちらかといえば武骨な雰囲気の漂う軍人に見えた。


「私はツェーザルである」


 なんと驚いたことに、この地域一帯を治める伯爵様のご登場だった。そういえばアリューシャの報告の中に、昨日はフォルカーがツェーザル伯爵を接待したというものがあったような……


「急報で民衆反乱が起きたと聞いて引き返してみれば……少年、何があったのか説明せよ! 嘘偽りを吐けば処刑する!!」


 目を吊り上げて怒りをあらわにしたツェーザル伯爵は、勢いよく剣を抜くとそれを僕の喉元に突き付けたのだった。

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