18 才能の片鱗
「エルドウィン!」
「はいっ!」
少し離れた場所にいたエルドウィンが全力でこちらに駆けてきた。そして僕の前でスカートの端を少し持ち上げて優雅に頭を下げた。
「ご主人様、エルドウィンに何か御用でしょうか?」
「話は聴いていたかい?」
「はい」
「この後どうするべきか、エルの意見を聞きたいんだ」
僕の言葉にエルドウィンは少し視線を落として何かを考えるような仕草を見せた。
「ご主人様。しばらくお待ちください」
そう言うとエルドウィンは肩で息をして座り込んでいる若者の所へ向かった。どうやら彼に質問を投げかけて、敵に関する情報を収集・整理しているようだった。
「お待たせしました。それでは不肖エルドウィンの愚見を申し上げます」
エルドウィンは愚見などと謙遜しているが、彼女の優秀さはゼアヒルトの折り紙付きである。
「まず何よりも大切な事は平民たちの生命を守ること。であるならば、私たち反乱軍はすぐにでも引き返すべきです」
エルドウィンの言葉に安心した僕は大きく頷いた。何を最優先にすべきかを彼女がしっかりと理解してくれていて嬉しかった。
「話によると北・東・南地区にそれぞれ100名程度の衛兵が侵入しているとのこと。そこで、こちらは反乱軍100名を3部隊に分けて各地区を防衛します」
残念だがフォルカーの討伐はひとまず諦めるしかないだろう。平民街を防衛後にあらためて反乱軍を編成すべき……だが、防衛戦で疲弊した平民たちにその気力は残っていないかもしれない。
このまま僕だけがフォルカーの下へ向かい、単身で奴を討つことはおそらく容易いだろう。しかし、それではこの都市の……そしてこの国の真の改革にはつながらない。
都市ポルトロップで暮らす人々の将来のためにも、フォルカーは絶対に民衆の手で討つべきなのだ。
ゼアヒルトが言ったとおり、労なく与えられた権利は失われるのも早い。悪政に対して隷属するのではなく、悪政に抵抗する意識を彼らには持ってほしい。
「ただし、ご主人様は反乱軍の内10名を率いてこのままフォルカー討伐にお向かい下さい。今ならばフォルカーの周囲は手薄になっており好機だと考えます」
僕の思考を読んでいるかのようにエルドウィンが提案した。確かに彼女の言うとおり、少数の平民の手でフォルカーを討てる絶好の機会とも考えられた。
しかし、そうなると平民街の各地区の防衛にあたる部隊編成に疑問が生じることになる。
「エル、残った反乱軍の90名を防衛に回すと考えると、どういう部隊編成にするつもりなのかな? てっきり、僕・ゼア・エルがそれぞれの部隊を率いて各地区の防衛に向かうと思っていたんだけど……」
僕の質問にエルドウィンは一度大きく頷くと、すぐに淀みなくすらすらと質問への回答を述べた。
「私とゼアヒルト様がそれぞれ20名を率いて北地区・南地区の防衛に向かいます。そして残りの50名で東地区を堅守します」
ゼアヒルトが20名の兵を率いて北地区を守備するのは何の問題もない。100名の敵を蹴散らしてすぐに東地区の応援に向かうことが出来るだろう。
だから、東地区の50名は専守防衛に努めてさえいれば大丈夫だ。この都市の錬度の低い衛兵が相手ならば十分に戦えるはずだ。装備品も僕が支給した武器・防具の方が敵の何倍も立派なはずである。
しかし、心配なのはエルドウィン率いる南地区である。
彼女は僕とゼアヒルトの朝練に積極的に参加していて、特に短剣の投擲技術には目を見張るものがある。そして幸運なことに魔法への適正もあるようで、ゼアヒルトから風魔法の初歩を習っている最中である。
しかし、生半可な敵が相手ならばまったく問題ないが、いかんせん今回は敵兵が100人もいて多すぎるのだ。しかも、彼女は仲間を守りながら戦うことになるので、その点でも動きに大きな制約を受けることになってしまう。
「……エルはそれで大丈夫なのかな?」
「はい、何の問題もありません。命を賭して南地区を守り抜いて見せます」
エルドウィンが大丈夫というのなら、きっと南地区は守り抜くことが出来るのだろう。だが、それで彼女が死んでしまえば何の意味もない。
この都市の人々を守ることは大切なことだが、ここでエルドウィンを失うことは絶対に避けたい。
僕が腕を組んで逡巡していると、後ろから近づいてきたゼアヒルトが耳元で囁いた。
「イオリ……この際だから……てはどうか? それならきっと……」
「ええっ!? いや、それはそうだけど……ダメだよ、エルの気持ちを考えないと……」
「ふふっ、その点については大丈夫だと私が保証しよう」
「うーん……」
ゼアヒルトの提案に僕はますます考え込んでしまった。こうしている間にも平民街は衛兵たちの侵攻を受ける可能性があり、一刻も早く決断をしなければならないのだが……
ゼアヒルトの提案は僕にとってあまりにも悩ましいものだったのだ。
そんな僕の様子をエルドウィンは不思議そうな顔をして見つめていた。こうしてみると彼女は本当に整った顔立ちをしている。外を歩けば道行く多くの男性が振り返るという噂は真実だろう。
「エル、ちょっといいかな?」
そう言って僕はエルドウィンの手を取って建物の影の方に移動した。去っていく僕たちを見て、ゼアヒルトはいたずらっぽい表情で小さく手を振っている。
「ご、ごごごご主人様、何事でしょうか?」
先ほどまでとは違い、エルドウィンは僕とまったく目線を合わせようとしなかった。顔を赤くしながらもじもじと落ち着きのない様子を見せている。
普段の凛とした態度との落差があまりにも大きいが、これはこれでとても魅力的だと思った。
「エル、君に話しておきたいことがある」
「……はい」
僕の真剣な眼差しを見て、エルドウィンはすぐに姿勢を正していつもの表情に戻った。
「君に僕の加護を知ってもらいたい。僕の加護は少し特殊なんだよ」
「ご主人様の……加護? ぜひ、ぜひとも教えてください!」
「僕の加護は……女神アリューシャ様なんだ」
僕の言葉にエルドウィンは目を見開き、開いた口に綺麗な手を当てて驚いた仕草を見せた。
「やはり使徒様だったのですね!! 素晴らしいですご主人様っ!! 私はあなた様にお仕えすることができて本当に幸せ者です!! これからもご主人様に生涯の忠誠を……」
予想はしていたことだが、興奮したエルドウィンは目を輝かせながら何事かを早口でまくしたてている。
彼女はやがて涙まで流しながら何やら熱く語り続けていた。これではまるでメイド長のハイデマリーを見ているようである。
「エル、落ち着いて」
「――……あっ、も、申し訳ありません!」
僕の言葉にエルドウィンは我に返り、再び恥ずかしそうに顔を赤く染めた。しかし、今度は先ほどとは違って僕の目をしっかりと見ていた。
「それでここからが本題なんだけど、どうやら僕は“使徒の加護”を与えることもできるらしい」
「加護を……与える!?」
「そう。それで、エルに僕の加護を与えたいと思う」
「……私に……ご主人様の加護……」
「うん。エルも知っての通り、精霊や天使の加護があれば当人の能力は飛躍的に向上する。だから、エルも“使徒の加護”があれば南地区の防衛はいくらか楽になると思うと思うんだ」
僕の説明を聴きながらエルドウィンは何度も何度も頷いている。
“使徒の加護”の効果については、ゴブリン討伐戦の際にゼアヒルトで実証済みである。
「光栄です! ぜひとも私めにご主人様の加護をお与えください! 私は……私は本当に嬉しくて……もう、いつ死んでも悔いはありません!!」
(エルドウィンに死んでほしくないから加護を与えたいのに……本当に大丈夫だろうか?)
エルドウィンは目尻に涙をためながら、熱っぽい表情でこちらを見ている。
「分かった。エルに僕の加護を与えるね」
「はい! よろしくお願いします!」
「それじゃあ、早速エルに質問があるんだけど……ええっと……エルは僕のことが好きかい?」
「この世界で誰よりも愛しています!!」
エルドウィンは頬を染めたまま、満面の笑みを浮かべて何ら躊躇うことなくはっきりと答えた。
「ありがとう。それじゃあ……」
僕はエルドウィンの両肩に手を置くと、驚きと緊張で完全に固まってしまった彼女にゆっくりと顔を近づけたのだった。




