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15 決起


 妖精の姿をした私は狭い鳥かごの中で翌日を迎えた。そんな私の下へフォルカーが笑顔で近づいて来る。


「ほっほっほ、清々しい朝ですねぇ。あなたもそう思うでしょう?」


 どうやらフォルカーはご機嫌のようだ。私のことを完全に本物の妖精だと勘違いしているらしい。


(まったく……私は妖精よりも希少な存在なのよ!)


 ちなみに妖精はエルフ国などでは比較的よく目にすることができる。一方で土地の痩せた人族の国に住み着く可能性はゼロに近い。


「忠誠の証としてレイノルド公爵に贈りましょうかねぇ。きっと大喜びしてくださるはずです」


 フォルカーはあまりにも醜悪な笑みを浮かべていた。


(レイノルド公爵……意外な所で名前が出てきたわね。フォルカーとは知り合いなのかしら……)


 2人の関係性については今後しっかりと調べる必要がありそうだった。


「あなたを利用して私はさらに上の地位を目指します。妖精が幸運をもたらすというのは本当ですねぇ。ほっほっほ、実にに気持ちのいい朝です」


 さっきから“朝”と言っているが、現在の時刻はもう正午を過ぎたところだ。


「人間の言葉は理解できているのでしょう? 何か言ったらどうですか?」

「……豚の話す言葉はよく聞き取れないわね。餌が欲しいのかしら?」


 私の辛辣な言葉にフォルカーは顔を歪め、拳を握った右手を容赦なく振り下ろした。


「があっ!!」

「きゃあっ!!」


 殴られた鳥かごが大きく揺れて、私は格子に背中を強く打ち付けた。


「この鳥かごは特別製でお前は一生ここから出ることはできない。私に従順になるというのならば、もう少し待遇を考えてやっても良いのですよ?」

「……」

「鳥かごの中で一生を過ごすのですか? それとも、変態貴族に売り飛ばしてほしいのですか?」

「……」


 確かにこの鳥かごは特別な力が付与されており一種の魔道具のようになっている。しかし、能力を制限されているとはいえ女神である私にこの程度の小細工が通用するはずがなかった。


 私は出ようと思えばこの鳥かごからいつでも出ることができた。そして、すぐにでもフォルカーを殺すことができる。


 しかし、原則として女神は世界への直接の干渉を禁じられている。腐ってもこの国の領主(男爵)の地位にあるフォルカーを、私が直々に手を下すことはゼプスナハト様も見逃しはしないだろう。


 この男の言動には本当に腹が立つけれど、ここは耐えて伊織との連携を図ることが大切だ。


「どうやらきついお仕置きが必要のようですねぇ……ふむ、私の精神魔法を試してみましょうか」


 フォルカーが魔法の詠唱に入ったその時、部屋のドアが誰かによって激しくノックされた。どうやら緊急事態のようだった。


「フォルカー様、大変です!!」

「何ですか? 騒々しいですよ」

「平民街で反乱が起き、100人ほどが集まって西地区を目指しているようです!」


 どうやら民衆の反乱を全く想像をしていなかったようで、突然の事態にフォルカーは大きく目を剝いていた。


「どういうことです!? グースたちはどうしたというのですか!?」

「それが、なぜか連絡が途絶えておりまして……」

「ちっ、使えない奴め……」


 先ほどまでご機嫌だったフォルカーは明らかに苛ついていた。ブツブツと何事かを呟きながら部屋の中を歩き周り始めた。


「ふむ、前回の処罰が甘かったという事なのでしょうねぇ。今回は徹底的に叩いておかなければなりません」


 ようやく立ち止まったフォルカーは、苦虫をかみつぶしたような表情で家臣に告げた。


「衛兵を全て集めなさい。反乱に加わったものは皆殺しにします」

「は、はい。すぐに指示を出します!」

「待ちなさい!」


 フォルカーは家臣を呼び止めると、今度は腕を組んで何事かを考え始めた。


「……そうですねぇ、私の下には数名だけを残し、他の衛兵たちには平民街を襲わせなさい」

「それは一体どういうことでしょうか?」


 家臣が不安そうな顔をしながらフォルカー男爵に問いかけた。


 まず反乱軍は西地区の解放を目指すだろう。そして次に男爵の命を狙うことは明白であり、少しでも多くの兵で身を守るのが賢明である。家臣はなぜ主が自らを危険に晒すのかを理解できないのだろう。


「有象無象が集まった100名の反乱軍など何ら脅威ではありません。それよりも、私に逆らったことを後悔させなければなりません。奴らが私の下にたどり着くころには平民街は阿鼻叫喚の渦に……ふふふ」


 絶望に打ちひしがれた反乱軍の姿を妄想しているのか、フォルカーは肩を揺らしながら笑みを浮かべている。


「よし、衛兵全員に“侵入権”を与えます。平民たちを恐怖のどん底に突き落としてやりなさい!」

「え、衛兵300名に“侵入権”ですか!? そ、それは大変なことに……」

「構いませんよ、すぐに衛兵たちに伝えなさい。そうですねぇ……北・南・東地区にそれぞれ100名ずつ送り込みましょう」


 平民たちが混乱する様子を思い浮かべたのか、家臣は青い顔をしながら唾を飲み込んだ。


「フォルカー様……人質を使って反乱軍と交渉されてはいかがでしょうか?」

「交渉? その必要はありません。当然のことですが反乱鎮圧後に地下牢の人質は全員処刑します。そんなことよりも早く衛兵たちに命令を出しなさい!」


 そう促されて家臣が慌てて部屋を出ていくと、フォルカーは振り返って鳥かごの中の私を睨みつけた。


「帰ってきたらたっぷりと可愛がってやります。震えながら待っていなさい」

「あなたが自分の意志でここに戻ってくることは無いでしょうね。数時間後には地獄に落ちているわ」

「私の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのです。いずれあなたにも私の魔法を試してあげますよ……ほっほっほ」


 自信たっぷりな表情で笑い声を上げながらフォルカーは部屋を出た。


 私はフォルカーが戻ってこないことを確認するとすぐに元の姿に戻った。当然だが鳥かごは私の本来の大きさに耐え切れずにあっさりと破壊されてしまった。


「――……んん~っと、あ~、狭かった。人質ねぇ……どこにいるのかしら?」


 一度だけ大きく背伸びをした私は再び妖精の姿になるとすぐに透明化した。そして地下牢の人質を解放するべく素早くフォルカー男爵家の捜索を始めたのだった。


◇◇◇


「ちょっとお待ちください! いったいどこへ向かおうというのですか?」


 話が終わり席を離れた僕を見て、慌てて追いかけてきた区長たちが僕を呼び止めた。


「仲間の一人が西地区で衛兵と戦っています。だから、まずはそこへ向かいます。そのあとは……領主の館を目指します」


 僕の言葉に区長たちは全員が目を丸くして驚いていた。


「すでにお仲間が西地区で戦っている……」

「き、危険ですぞ!」

「西地区で暴れている奴らは10人以上、特に今回は衛兵隊長もいるという噂です」

「いくらあなた様がB級の冒険者とはいえ多勢に無勢では……それに、奴らに抵抗すれば人質がどうなるか……」


 区長たちは本当に心配そうな顔で僕を引き留めようとしてくれた。


「大丈夫です、悪いようにはしません。実は人質についてもすでに救出に動いています。皆さんはこれ以上被害が拡大しないように民衆の避難・誘導をお願いします」

「しかしそれでは……ちょ、ちょっとお待ちください」


 そう言って四人の区長は顔を突き合わせて何かひそひそと相談を始めた。そして、しばらくすると意を決した表情で僕に問いかけた。


「人質の安全は本当に確保されているのでしょうか?」


 区長たちの問いかけに僕は当然だという表情で頷いた。フォルカーの近くにはアリューシャがいる。彼女が人質の存在に気付かないはずがないし、彼女が人質を見捨てることは絶対にありえない。


「あなた様のお言葉を信じたいと思います。どうか、我々も連れて行ってください」

「……」


 区長たちの申し出は僕にとって望ましいものではなかった。犠牲は出したくないので僕たちだけでこの件は解決したいのだ。


 彼らが動くことで不測の事態が起こらないとも限らない。できれば大人しくしておいて欲しいというのが本音だ。


「このままではいずれ我々は死を待つのみ。怯えるだけの毎日はもう嫌なのです!」

「イオリ様のような実力者が味方ならばこれほど心強いことはありません!」

「ここは我々の街です。だから我々の手で取り戻したいのです!」

「それにローマン様を救い出すことができるかもしれません」


 しばらく考えたのち僕は首を縦に振った。彼らの熱い思いを耳にし、この国を変えるには上からの改革だけでなく、下からの改革も必要なのではないかという考えに至ったのだ。


 この国は権力者が絶対的な力を振るい、各地で欲しいままの政治が行われている。これではやがて平民が倒れ、そして最終的には国家が崩壊するのは自明である。


 平民が搾取されるだけの存在になってしまっている現況を変え、もう少し人々が暮らしやすい世の中にしなければ、この国に明るい未来は決して訪れないだろう。


「わかりました。ただし、若くて戦える成人男性を集めてください」


 僕の言葉に区長たちは笑みを浮かべながら頷くと、民衆に呼びかけるべく早足で部屋の外に向かったのだった。

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