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14 幸運


「くそがっ!!」


 大柄なスキンヘッドの男が目の前にあった椅子を蹴り飛ばした。


「もう正午だってのに誰も戻ってこねぇ……」


 今回の妖精捕獲の功により“侵入権”を与えられた衛兵は自分を入れて12名である。しかし、その内の半数と連絡が取れなくなっていることにグースは苛立っていた。


「まったく、あいつらどこに行っちまったんだ。まさか俺の許可なく他の地区に行ってるわけじゃあねえよなあ……」


 “侵入権”を行使する際にグースは細心の注意を払う。“窮鼠狼を噛む”の格言通り、追い詰められた住民が反撃に出る可能性があるからだ。


 まず、襲う地区を西地区のみに限定した。不満を言う部下もいたが、12名という人数を考えればこれが最善だと判断した。


 そして民家を襲う際は2人組での行動を基本とし、更には午前と午後で民家を襲うメンバーを入れ替えて不足の事態に備えているのだ。


 つまりグースたち6名(午後組)は、占拠した西地区長の家で正午まで待機することになっている。他の6名(午前組)はその逆で午後が待機となる。


 午前組が戻ってこない以上は自分たちがここを離れるわけにはいかず、グースたち午後組は苛々しながら仲間の帰りを待つしかなかった。


「あいつら、戻ったらただじゃ済まさねぇ」


 グースは剣を抜いて鋭く床に突き立てた。その直後、見張りに出していた部下が慌てた様子でグースの下へ走ってきた。


「た、隊長!」

「どうした、午前組が戻ったのか?」

「い、いえっ。そ、それが……目の覚めるような美女が隊長に会いたいと言って……」

「ああん? いったいどういうことだ?」


 グースが家屋の入口に視線を送ると、確かにそこには見たこともないようないい女が立っていた。その美しさは美の女神と表現しても良いほどで、他の仲間たちも一斉に色めき立った。


「何の用だ?」


 グースの問いかけに答えることなく、美女はグースたちの下へ近づいてくる。衛兵たちはすぐにでも美女に襲いかかろうとするが、慎重な性格のグースはそれを押しとどめて再度問いかけた。


「要件を言えと言っている」

「……ふふっ」

「何がおかしい!!」

「先ほど私に同じ質問をした貴様の部下はすでに死体になっているぞ」


 そう言って美女は不敵な笑みを浮かべながら細剣を抜いて構えた。


「その迫力……お前、只者じゃねぇな。区長たちに雇われた刺客か?」

「私は自分の意志で行動している。さぁ、剣を抜け……まとめて相手してやる」


 グースはこの街の有数の実力者である。それ故、この美女がかなりの手練れで危険な存在であることをすぐに察することができた。


 じっとりと額に脂汗を浮かべながら、グースはこの美女をなんとか懐柔しようと言葉を投げかけた。


「ま、まて……だったら俺たちの仲間にならないか? きっとフォルカー様もお前のことが気に入るはずだ。給金もたんまりもらえるに違いねぇ!」


 なぜか隊長のグースがあまりにも下手に出るのを見て、周りにいる部下たちは明らかに不満そうな顔をしていた。


「隊長、いったいどういうつもりだ!? こんな女は殴り倒して犯してやれば……」

「うるせぇぞ! 黙ってろ!!」

「ぐえっ!!」


 グースは反抗した部下を殴りつけた。床に転がり気絶する部下に構わず、グースは美女の懐柔を続けた。


「なぁ、どうだ? フォルカー様はとても厳しいお方だが、良い働きに対しては必ず褒美を出して報いて下さる」

「褒美? 例えばお前たちはこれまでにどのような報酬を受け取ったのだ?」


 美女の質問に対しグースは笑みを浮かべた。褒美の内容を尋ねるということは、それに興味があるという証拠だからだ。


「へっへっへ、聞いて驚くなよ。この4年間で俺が受け取った報酬は……」


 グースは過去に手にした思い出す限りの報酬を話し始めた。武器・防具・宝石・魔道具・年頃の女・年少の奴隷・食料・家財道具……


「そして、なによりも美味しいご褒美が“侵入権”だ」

「ほぅ……詳しく説明してくれ」


 “奪う・犯す・殺す”を領主によって認められた特別な権利について、グースは得意そうな顔で美女に説明した。一方で説明に夢中になってしまい、美女の目が険しくなっていることに全く気付いていなかった。


「どうだ? 俺たちの仲間になる気になったか?」

「なかなか魅力的な提案ではあるな」

「じ、じゃあ……」

「お前たちの絶望する顔を見るのはとても魅力的だ。何よりのご褒美だよ」


 交渉決裂。その瞬間にグースは叫んでいた。


「野郎ども、殺せっ!!」


 グースの言葉にすぐに反応した仲間たちが一斉に美女に襲いかかった。


「死ね!」

「おらあぁぁ!!」

「くらえっ!」


 様々な方向から男たちの剣が勢いよく振り下ろされた。しかし、彼らの攻撃が美女に届くことはなかった。


「ぎゃあっ!」

「ぐへっ!!」

「ぐがあっ!」


 これまでに目にしたこともない神速の剣捌きに、グースはまばたきも忘れて見惚れてしまっていた。部下に攻撃を命じておきながら、隊長である彼は一歩も動けなかった。


 そして、グースが気づいた時には仲間たちは全身を斬り刻まれて物言わぬ死体となっていた。


「ば、化け物め……」


 想像していた以上の実力差に、グースは膝を床につき完全に戦意を失ってしまった。


「レディに対してひどい言い草だな。おい、貴様はかかってこないのか? かなりの実力者と見受けられるが……」


 そう言って笑みを浮かべながら美女は細剣を振って血を飛ばした。


「ははっ、犬が竜に敵うわけがねぇ……殺せ」

「流石に実力差をしっかりと理解することは出来るのだな」


 正直に言えば、グースは一瞬でこの美女に陶酔してしまっていた。それと同時に何故だか分からないが、希望に満ちあふれていた若かりし頃の自分の姿を思い出していた。


 そして、強さと美しさと気高さを兼ね備えたこの女性にもっと早く出会っていれば、自分はここまで腐っていなかったのかもしれないと感じていた。


「くそっ!」


 グースはいつの間にか領主の飼い犬になってしまった自身の情けなさを後悔していた。若い頃はどんなに生活が苦しくても孤高の狼でありたいと志していたのに……


「貴様にはもちろん命で償ってもらうが……しかし、その前に聞きたいことがある」


 そう言って美女は細剣を鞘に納め、近くにあった椅子に優雅に腰を下ろした。


「お、俺も質問が一つだけあるんだ!」

「何だ? 言ってみろ」


 両膝を床につけたまま、グースは美女の目をまっすぐに見ながら問いかけた。


「ぜひ、あなたのお名前を教えていただきたい」

「…………ゼアヒルト・エクスタイン」

「ゼア……ヒルト……そうか……あなたが噂に聞いた白薔薇だったのか……へへっ、俺たちが敵うはずがねぇ」


 グースは美女の正体を知り、その絶望的な強さに納得した。そして、噂に聞いていた通りの彼女の実力を目の当たりにすることが出来てとても満足していた。


「では、次はこちらの番だな。まず知りたいのは……」


 ゼアヒルトの質問に対してグースは驚くほど素直に知っていること全てを白状した。


「…………そうか、よく分かった。私からの質問は以上だ。それでは、最低限の情けだけはかけてやろう……苦しむことの無いように逝かせてやる」


 そう言ってゼアヒルトは立ち上がり再び細剣を抜いて構えた。


「……感謝する」


 衛兵隊長グースは白薔薇に殺される幸運を噛みしめながら、何ら抵抗することなく地獄へと旅立ったのだった。

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