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13 圧政


「た、大変だ! 衛兵たちが“侵入権”を手に入れたのは本当のようだぞ。西地区の家屋が次々と襲われている! あの幼い兄妹の家もやられたそうだ……ど、どうする!?」


 中央共有区の講堂に集まって相談をしているのは平民街の4つの地区の区長(長老)たちだった。全員が冷や汗を流しながら顔を青くしているが、特に今回襲われている西地区の区長は顔面が蒼白となっていた。


「“侵入権”は今日から2日間の有効期限と聞いている。可能な限り住民の避難を優先して、残り1日半を耐え忍ぶしか方法はあるまい」

「そんなっ! すでに西地区では被害が出ているのですぞ! 我々を見捨てるというのですか!?」


 西地区の区長が必死の形相で訴えるが、他の地区の区長の反応は芳しくなかった。


「すまないが今回は西地区に犠牲になってもらうということで……」

「何か良い方法はないのか!?」

「抵抗すれば人質が殺されるぞ!!」

「ローマン様さえご存命であればこんな事には……」

「馬鹿なこと言うなっ! ローマン様はきっと生きておられる!」


 区長たちの言い争いが始まったが、それは非生産的で無益なものだった。彼らが言い争っている間にも、西地区の住民たちが次々と被害に遭っているのだ。


 彼らも頭ではそれを理解していたが、自分たちの無力さから必死に目を逸らそうとしていたのだった。


「あの……よかったら詳しく話を聞かせてもらえませんか?」


 そんな彼らの前に音もなく少年があらわれた。その少年の背後には美しい紺色の髪にメイド服を着た侍女が直立している。


 少年の不思議な存在感と侍女の整った美しさは隔世の感があり、区長たちは少しのあいだ呆然として彼らを眺めていた。


「……な、なんだね君たちは! ここは部外者は立ち入り禁止だよ!」


 この言葉に侍女の眼光が鋭く光ったが、それに気づいた少年が侍女の頬を撫でると彼女の表情は一瞬で蕩けた。


「突然すみません。何か力になれるかと思いまして……」


 そう言いながら少年はどこからか銀色のカードを取り出して区長たちに見せた。


「……こ、これは冒険者カード!? 銀色ということは……」

「B級じゃないか!? しかも、あのオルデンシュタインの冒険者ギルドが認定だと!?」

「へ、辺境伯の直筆のサインまであるぞ……これは間違いない!」

「そ、その胸のピンバッジはオルトヴァルド家の紋章では……わしは遥か昔に一度だけ目にしたことがある!」


 そして次の瞬間、その場にいた全員が床に膝をついて頭を下げていた。


 銀色に輝くB級冒険者のカードは超一流の冒険者の証である。胸に映える紋章は貴族の証明であり、しかもオルトヴァルド辺境伯の家臣であることを意味している。


 つまり、この時点でこの街の領主であるフォルカー男爵と同格、いやそれ以上の存在であることを皆が瞬時に認識したのだった。


 微動だにせず縮こまっている区長たちを、侍女は頷きながら満足そうな顔で眺めている。一方で少年は彼らの行動に困惑しているようだった。


「みなさん、とりあえず顔を上げて席についてください。あらためて詳しい話をお聞かせ願えないでしょうか? エル、紅茶とお菓子の準備をよろしく」


 貴族らしからぬ丁寧な物言いに区長たちは戸惑っていたが、やがて皆が意を決したように頷き、ここ4年間のこの街の出来事を涙ながらに語り始めたのだった。


◇◇◇


「今から4年前、フォルカーはこの街の領主だったローマン男爵に官僚の一人として仕えることになりました」

「奴は官僚として忠実で有能であり、ローマン様は徐々に奴を信頼するようになっていったのです」

「ところが奴は裏で私腹を肥やし、財力を武器にこの街の悪人ばかりでなく衛兵まで従えるようになっていました」

「そして……ついにフォルカーは衛兵たちに反乱を起こさせたのです。もちろん奴は何も知らないふりをしてただ怯える様子を見せるだけでした」


 僕の目の前に座る4人の区長たちは、悔しそうな表情を見せながら4年前の出来事を語り始めた。


「よかったら、紅茶とクッキーをどうぞ」


 僕は気分を落ち着かせるために紅茶とクッキーをすすめたが、区長たちは手を付けようとしなかった。遠慮しているのかもしれないし、そんな気持ちになれないのかもしれない。


「イオリ様のご厚意です。ありがたく頂きなさい」


 僕の隣に立つエルドウィンが苛立った口調で声をかけると、ようやく区長たちはそれぞれ手を伸ばした。


「これは美味い」

「こんな贅沢品を口にしたのはいつ以来か……」


 区長たちは驚きの表情を見せながら、次々と紅茶をすすりクッキーを手に取っていった。


「それでは、話の続きをお願いできますか?」


 糖分を口にしたことで区長たちの気分が落ち着いたようだったので、僕は4人に話の続きを促した。


「これは失礼しました……衛兵の反乱はやがて鎮圧されましたが、ローマン様はツェーザル伯爵に叱責されました」

「重要な都市を信頼して任せていたのに、味方である衛兵の反乱を招くとは何事かというものでした」

「こうしてローマン様は責任を取らされる形で領主の座を失い、代理としてフォルカーがこの街の支配を任されたのです」


 その後、ローマン男爵は家族とともに行方不明。一方でフォルカーは混乱した街を立て直した功績を評価されて男爵に叙爵。正式にツェーザル伯爵の家臣としてこの街の領主に任命されたということだった。


「ローマン様の治世は良かった。喜びも苦労も皆で分かち合い、街には活気があふれていました」


 ゼアヒルトが訪ねたのはきっとこの頃の都市ポルトロップだったのだろう。以前のこの街に対する彼女の評価は高いものだった。


「ところが、フォルカーが支配するようになって私たちの生活は完全に破壊されました」

「重税を絞られ、贅沢は禁止されたのです。武器も奪われ、我々は常に監視されるようになりました」

「他の街への移住も禁止され、何かあれば連帯責任を取らされます」

「そして極めつけは“侵入権”の存在です。この街では我々平民は奴隷以下の存在なのです」


 区長たちは次々とフォルカー男爵の政治を批判し、その批判はその後もしばらく続いた。彼らの話を聞く限り、移動する馬車から見た平民街が暗黒世界だったのも納得だった。


「これまでに反乱は起こさなかったのですか?」


 僕の質問に対し区長たちは全員がうつむき、唇を噛んで拳を握りしめている者もいた。


「……反乱を一度だけ起こしたことがあります。しかし、結果は本当に無残なものでした」

「この街の兵はフォルカーの命に従い私たちを攻撃しました。しかし、私たちはたくさんの犠牲を出しながら、なんとか奴の居館にたどり着きました」

「そして、フォルカーを討とうとしたのですが……」


 当時のことを思い出したのか、話をする区長たちの体が震えていた。僕はエルに命じて紅茶をもう一杯淹れさせた。


「フォルカーは我々に対して強力な魔法を使ってきたのです……」

「魔法に対抗する方法は我々にはありませんでした。次々と仲間は倒れ、こうして私たちの反乱は失敗に終わったのです」


 人族の国では魔法はほんの一部の者しか使うことはできない。冒険者でもない一般の人々では、抵抗するのが難しかったことは容易に想像できた。


「どんな魔法だったのですか?」

「……なぜか突然に皆が極度の恐怖心に憑かれてしまって……私たちは算を乱して逃げ出すことしかできませんでした」


 どうやら精神系の魔法を使うことができるようだ。


「私たちは一命は取りとめましたが、懲罰として強制労働とさらに重い税が課されるようになったのです」

「それだけではありません。各地区から3名の子どもが人質になりました。悔しいですが、私たちに抗う術はありません」


 衛兵の横暴に対して人々が抵抗しない理由がよく分かった。フォルカーの怒りを買えばさらに生活が苦しくなり、そして人質が危害を加えられることを彼らは理解しているのだ。


 退くも地獄、進むも地獄とはこういう事を言うのだろう。


 こうして区長たちの話を聞き終えた僕は、ゼアヒルトと合流するべく席を立ったのだった。

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