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12 鉄槌


「ほっほっほ、これが妖精ですか。なんとも美しい……あなたたち、よくやりました。褒めてあげましょう」


 愉快そうに笑っているのは都市ポルトロップの領主であるフォルカー男爵だった。彼の目の前には鳥かごに捕らわれている妖精アリューシャの姿があった。


 アリューシャの提案を了承した伊織は素直に彼女を衛兵に差し出した。そして妖精の姿をしたアリューシャは、この街の支配者であるフォルカー男爵の下へ届けられたのだ。


「妖精を手にした者には大きな幸運がもたらされるという言い伝えがあります。期待していますよぉ……ほっほっほ」


 笑いながら男爵はアリューシャの入った鳥かごを中指で弾いた。そのため鳥かごは大きく揺れ、中にいたアリューシャは尻もちをついた。


「ほっほっほ。あなたがもう少し大きければ、色々と楽しめたのですがねぇ……」


 そう言いながら男爵はいやらしい目線でアリューシャの全身を舐めるように見ていた。


「まあ、小さくともできることはたくさんありますからねぇ。じっくりと楽しませてもらいましょうか……とはいえ、今日はツェーザル伯爵の接待でちょっと疲れましたねぇ。お楽しみは明日に取っておきましょう」


 独り言を言いながら満足そうに頷いたフォルカー男爵は、側にいる侍女に就寝の準備を整えるよう命令して席を立とうとした。


「ちょ、ちょっとお待ちください! フォルカー様!」


 男爵の前で床に膝をつき頭を垂れていた衛兵たちが慌てて声を上げた。


「ああ、あなたたち。まだ居たのですか……もう下がっていいですよ」

「ええっと……もしよろしければ何か褒美をいただけないでしょうか?」


 衛兵たちのリーダー格であるスキンヘッドの男がおずおずとフォルカー男爵にお願いをした。大柄で強面のこの男は衛兵の長であり、伊織たちの宿に押しかけてアリューシャを引き渡すよう要求した人物でもあった。


「ほほぅ……衛兵隊長グース。貴様ごときがこの私に褒美を要求するというのですか?」

「い、いえっ、滅相もない! 申し訳ありません!」


 伊織たちに対してはあれだけ強気だったこの男も、主人であるフォルカー男爵の前では借りてきた猫の状態であった。


「……ほっほっほ。まぁいいでしょう。今日の私はとても機嫌がいいのです」

「そ、それでは!」


 グースをはじめとする衛兵たちが一斉に目を輝かせた。


「あなたたちに今日から2日間の“侵入権”をあげましょう。せいぜい楽しむことですねぇ」

「――っ! あ、ありがとうございます!!」


 男爵の言葉にグースは額を床にこすりつけて感謝の意を述べた。他の衛兵たちも喜びを隠しきれない様子で、全員の顔が大きくにやけていた。


 “侵入権”とは、この街の平民街への侵入を認める権利である。この権利を持つ者は平民の暮らす家に自由に入ることができ、〝奪う・犯す・殺す”という犯罪をしても罪に問われなくなる。


 この街に住む悪人たちにとっては垂涎の権利であり、無辜の平民たちにとっては恐怖の権利であった。


 もうすぐ朝を迎えようとしている。


 逸る衛兵たちは早速この権利を行使すべく、興奮し歓声を上げながら平民街へ足早に向かっていったのだった。


 一方、この主従の会話を聴いていたアリューシャは、≪コネクト(念話)≫で伊織へ情報を送り続けていた。


 この結果、グースをはじめとする衛兵たちは真の恐怖と絶望を味わうことになる。


◇◇◇


「なんだよ、この家には若い女はいないのか! ちっ、ハズレだな」

「ぐははは、ガキが2人いるじゃねぇか!」

「ガキに欲情するのはお前くらいだ」


 痩せた若い衛兵と腹の出た中年の衛兵が、悪態をつきながらある民家を我が物顔で物色している。彼らは剣を振り回しながら金になりそうな物を探していた。


 衛兵たちは“侵入権”を行使する際には必ず2人組をつくる。これは単独行動を行って、万一にも住民の反撃に遭わないように隊長のグースが考えた掟であった。


 一方、この家に住んでいる幼い兄妹は、おびえた表情で部屋の隅で身を寄せ合って震えていた。


「ちっ、金目の物も何もねえ! おい、次の家に行くぞ、時間がもったいねぇ!」

「そう焦るなよ。ちょっと遊んでいこうぜ」


 そう言って中年の衛兵が下品な視線を部屋の隅にいる少女へ向けた。


「変態が……5分で済ませろ」

「おう、まかしとけ。俺の速さは知ってるだろ?」


 呆れた顔をしている若い衛兵に構わず、中年の衛兵は部屋の隅で震えている少女の髪の毛を掴んだ。


「おらっ! 立て!」

「いやっ!」

「やめろっ!!」


 妹の危機を察した少女の兄が、髪を掴んでいる中年の衛兵の右腕に嚙みついた。


「痛っ! このクソガキが!!」

「ぎゃっ!!」

「お兄ちゃん!!」


 中年の衛兵は左腕でおもいっきり少年を殴った。殴られた少年は床を転がり壁に背を打ち付けたが、妹を守るために必死に立ち上がろうとしていた。


「この代償はお前の妹にきっちりと償ってもらうぜ。散々に犯した後でぶっ殺してやる……」

「や、やめろ……妹だけは助けてくれ……」

「心配するな、お前もすぐに殺してやるぜ。ぐははは」


 中年の衛兵の大きな笑い声が辺り一帯に響いた。そして少女の服を破り捨てようとしたその時、民家のドアが大きな音を立てて開け放たれた。


 何事かと皆が民家の入口に目をやると、彼らは全員が驚いて自分たちの目を疑った。


 そこには白金色の髪をした絶世の美女が立っていた。背後から朝日を浴びるその女性は、まるで女神のように見えるほどだった。


「どうやら今日は最高の日になりそうだぜ」


 若い衛兵が舌なめずりしながら美女に近づき、右手に持っていた剣を鞘に納めた。これは万一にも彼女を傷つけてしまわないようにという考えである。もちろん自分が楽しんだ後に奴隷商に売り払うという算段があった。


 一方、中年の衛兵はその美女にはあまり関心がないようで、すぐに自分の興味の対象である少女の方に視線を戻していた。


「美しいお嬢さん、こんな所に何用で?」

「……散歩がてら、お前たちを殺しに来た」

「ちっ、威勢がいいな。すぐに命乞いをさせてやる!」


 美女の言葉に激高した若い衛兵は、彼女を失神させようと拳を握って勢いよく襲いかかった。


「おらああっ! …………はひ? …………は……ひ?」


 中年の衛兵はいよいよ少女に馬乗りになろうとしていた。しかし、急に室内が静かになったのを不思議に思った彼が振り返ると、そこには細剣に額を貫かれてピクピクと痙攣している同僚の姿があった。


 そして美女が細剣を振り払うと、物言わなくなった死体が床にゴロゴロと転がった。


「な、なななな……」


 中年の衛兵は驚きのあまり腰を抜かしてしまっていた。そんな彼の下へ美女が一歩一歩近づいてくる。


 若い衛兵は部隊の中でも凄腕と呼ばれ、どうやら元D級の冒険者という噂だった。D級といえば一人前と認められた冒険者であり、この国での実力はかなり上位の方となる。


 そんな実力者が一瞬で骸と化したのだ。大きく腹が出るほどに怠惰な生活を送ってきた中年の衛兵が何とかできる相手ではない。


「ひ、ひいいぃぃぃぃぃ!!」


 恐怖心から中年の衛兵はいつの間にか股間を濡らしてしまっていた。必死にその場から離れようとするが腰が抜けてもがくことしかできない。


 恐怖で大きく歪んだ彼の顔面に、細剣の先端が鋭く近づいてきたのはその直後だった。

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