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09 希望


 王都への出発を間近に控えたある日、エクスヴァルド家の使用人室ではメイドたちが集まって会議を開いていた。


「それでは、只今よりご主人様の王都滞在に同行するメンバーの選考会議を開催いたします」


 パチパチとメイドたちが拍手をするが、彼女たちに浮かれた様子は一切ない。いつもほわんとした表情をしている最年少のノンナでさえも、今日はその面影はまったく見られなかった。


 総じてメイド全員が真剣な表情をしており、この会議の重要性を彼女たち全員がはっきりと理解していた。


「皆さん、私がご主人様に確認いたしましたところ、今回の旅行に帯同を許されるのはこの中から1名だけです」


 メイド長ハイデマリーの言葉に部下4人は神妙に頷く。予想されたこととはいえ、同行が1名しか許可されないという事実に全員が覚悟を決めた顔をしていた。


 これからその1名を決める熾烈な戦いが幕を開けるのだ。


「残念なことに……誠に残念なことに! ……メイド長である私はこの館の管理のため、ここに残るようご主人様に厳命されました。しかしこれは私への信頼の証であり、このご期待に応えることこそが今の私に課せられた使命。思い返せば、ご主人様に初めて出会ったのは……」


 メイド長の独演会が始まったが、部下4人は抗議することなく大人しく話を聞いている。この場において、メイド長の機嫌を損ねることは自身の不利になることを全員が理解していた。


「――……というわけで、あなたたち4人の中から選ばれた1人だけが、イオリ様・ゼアヒルト様・アーシェ様のお世話係として王都に同行することが許されます」


 ようやくメイド長の話が終わり、いよいよその1人を選ぶための選考方法が発表されることになった。4人のメイドたちは固唾を飲んでメイド長の言葉を待っていた。


「……端的に言います。ご主人様のご判断により、今回の選考はゼアヒルト様に一任されています。後日に発表がありますので、各々努力を重ねて吉報を待ちなさい」


 メイド長の言葉に4人は衝撃を受けていた。くじ引きや多数決ではなく、あのゼアヒルト様が自ら選ぶというのだ。


 相手が優しいご主人様であれば、甘えてお願いすれば自分を連れて行ってくれるかもしれない。しかし、相手が奥様であればそのような小細工は何の意味も成さず、むしろ逆に自分にとって不利に働くことになるだろう。


 白薔薇と称えられるゼアヒルト様が厳正かつ公平なのは、メイドたちだけでなくこの街の人々にとって周知の事実である。


 どうすれば自分を選んでもらえるのか……4人のメイドたちはしばらく悩み続けることになるのだった。


◇◇◇


 使用人室でメイド会議が開催されている頃、僕の部屋ではアリューシャとゼアヒルトがお酒を飲みながら寛いでいた。


「王都まで順調にいけば馬車で1週間。主要道を行けば途中でいくつかの伯爵領や子爵領を通ることになるな」

「何事もなければいいけどねぇ……伊織は巻き込まれ体質だから」

「ふふふっ。キマイラに襲われている副騎士団長に遭遇するくらいだからな」


 僕のすぐ目の前で美女2人が笑顔を浮かべながら会話をしている。楽しそうなのは良いが、どちらもきわどい格好をしていて目のやり場に困る。


「そういえば、アリアから伝言を預かっているぞ」

「どうせろくでもない内容でしょう」


 僕が「どんな伝言?」と尋ねると、ゼアヒルトはあらたまった顔をして咳ばらいをした。


「明日、3時間ほど買い物に付き合って欲しいそうだ。いわゆるデートの誘い……いや、命令だな」


 辺境伯の命令であれば僕に拒否権はない。というよりも、赤薔薇と讃えられるほどの美女の誘いを断る理由はどこにもなかった。彼女の誘いを断る男性はこの国のどこを探してもいないだろう。


「もう! 嬉しそうな顔しちゃって……」

「こんなに近くにうら若き乙女が2人もいるのを忘れてないか?」


 3人でこんな会話をしながらしばらく寛いだ時間を過ごし、やがてゼアヒルトが背伸びをしながら立ち上がった。


「すっかり遅くなってしまったな。そろそろ私は自分の部屋の戻るとするか」

「せっかくだから3人で一緒に寝ればいいじゃないの」

「いや、今日はアーシェの順番だからな。ルールはしっかり守るさ。イオリ、明日も早朝稽古をするから寝坊はしないように」


 僕が苦笑いを浮かべながら頷くと、ゼアヒルトは「じゃあ、おやすみ」と言って部屋に戻って行った。


 そして、ゼアヒルトがいなくなった瞬間、突然アリューシャが僕に抱きついてきた。


「伊織っ♪」

「おっと!」


 慌てて僕は両腕でアリューシャを抱き留めた。アリューシャの体はとても軽く、髪から甘い香りがして僕の体が熱くなるのが分かった。


 お互いしばらく見つめ合っていたが、やがてアリューシャが目を静かに閉じた。そして僕は徐々に顔を彼女に近づけていったのだが……僕の視界の端にまばゆい光の粒子が集まっているのが映った。


「お姉さま~♪ お会いしたかったですわ」


 久しぶりに現れたアウリエルが満面の笑みを浮かべながら話しかけるが、アリューシャの反応があまり良くない。というよりも、どうやら完全に不機嫌モードだった。


「お姉さま?」

「……」

「女神様の中で最も美しいお姉さま♪」

「……はいはい。それで、持ってきてくれたのでしょう?」

「もちろんです!」


 そう言ってアウリエルは1枚の羊皮紙をどこからか取り出した。これが何なのか、当然だが僕には見覚えがあった。


「それは審判予報だね」

「はい、その通りです! 本日完成したばかりなのですが、お姉さまとイオリ様に早くご覧になっていただきたくて飛んできました!」

「いい子ね、ありがとう」


 審判予報を受け取ったアリューシャが優しくアウリエルの頭を撫でている。どうやら機嫌は直ったようで安心した。


「久しぶりだから少し緊張するね」

「そうね。それじゃあ伊織、さっそく一緒に確認するわよ」


 僕とアリューシャは羊皮紙を広げ、顔を並べながら同時に覗き込んだ。


■第16回審判予報

 

 ゼプスナハト様による審判予定日――およそ4年と180日後と推測される


 人族の国“グロースエールデン”(創造神アリューシャ)


 領土 :F(6位)→ 縮小阻止

 統治力:E(6位)↑ 危機回避

 経済力:E(5位)→ 格差拡大

 軍事力:F(6位)→ 腐敗蔓延

 文化力:E(5位)→ 衰退一途

 外交力:F(6位)→ 軋轢過多

 その他:D(5位)↑ 希世之煌


 エルフ国との貿易交渉は難航し、魔鉱石の輸入再開の目途は立っていない。王国内では魔鉱石の価格が上昇しており、国民生活に少しずつ影響が出始めている。獣人国の侵攻計画も続いており、外務卿を中心に同盟交渉が行われているが、現時点でそれに応じる国はあらわれていない。


 王国の後継者争いは激しさを増しており、王位をめぐる内乱が起こる可能性は極めて高い。また、国民の多くは貧困にあえいでおり、特権階級による搾取が至る所で行われている。多くの官僚は腐敗し、賄賂や談合が当然のように横行している。


 一方、北部の辺境伯領にて大規模な魔群発生が起きたが、これを最小の犠牲での討伐に成功している。さらに内患であったグリゴア子爵の反乱は鎮圧され、同時期に起きた獣人国の侵入も退けている。絶望的な状況の中で起きた奇跡的な慶事であり、国内外の識者の中での評価は非常に高い。 


 総合的に判断して、グロースエールデンについては今回の予報では“弱気”を継続する。


◇◇◇


「……やったわ! こんなの初めてよ!」

「よかったですわね、お姉さま」


 審判予報を読み終えたアリューシャが興奮して僕に抱き着いてきた。なぜかアウリエルも一緒に僕に抱き着いてくる。


「あまり前回から変化が無いように思うけれど……」

「そんなことないわよ! “統治力”と“その他”に上昇の印がついているわ。こんな事はこの200年間全くなかった……これは喜ぶべきことなのよ!」


 そう言われても僕には絶望的な数値が並んでいるようにしか見えない。僕が困惑した表情をしていると、アリューシャが羊皮紙のある一点を指さして言葉を続けた。


「ほら、何よりもここを見て! その他のところ……これはきっと伊織のことよ。あなたのこの世界での行動がこの国に良い影響を与えている。この国が少しずつ変わっているのよ」


 アウリエルが「うんうん」と相槌を打ちながらアリューシャの話を聴いている。それに気を良くしたのか、アリューシャの口舌はなおも止まることはなかった。


「もし伊織がいなければ、スタンピードで辺境伯領は壊滅的なダメージを受けたはずよ。もし伊織がいなければ、辺境伯領はグリゴアのものになっていたかもしれない。もし伊織がいなければ、獣人国に辺境伯領を占領されたかもしれない」


 アリューシャは僕に抱きついたまま話し続け、彼女の視線はずっと僕の目を捉えたままだった。


「はっきり言って辺境伯領を失えばこの国は終わりだった。伊織の活躍で人族の運命を変えることができたのよ。審判予報にある通り、あなたはまさに“希世の煌めき”ね!」


 ようやく話し終えたアリューシャだったが、彼女の頬は赤く上気し瞳は潤んでいた。そしてアリューシャは僕に顔を近づけ唇を重ねてきた。


「うわぁぁぁ……お姉さま……大人のキスだぁ♪」


 アウリエルがすぐ近くにいるにもかかわらず、僕とアリューシャはしばらく2人だけの世界を堪能したのだった。

 

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