08 ジータの暴露
翌日、みんなで一緒に朝食を食べた後でユーディットはあらためて僕たちに謝罪をした。
「にぃにぃ、王都で待ってる。王女殿下もきっと喜ぶはず」
「ユーディット、出来るだけ早く向かうからね」
僕の言葉にユーディットはわずかに顔を綻ばせる。小さな表情の変化だったが、それを僕はとても愛らしく感じた。
「にぃにぃ、私のことはユーディと呼ぶといい」
「うん、ユーディ。道中気をつけてね」
こうして王女殿下に僕の実力を報告するため、ユーディットは一足先に王都へと戻っていった。一人で帰すのは心配だったが、単独行動には慣れているので気遣い無用とのことだった。
「さあ伊織、さっそく王都へ向かう準備をしましょう!」
「だが、ここを離れる前に挨拶をしておく所があるのだろう?」
アリューシャとゼアヒルトの言葉に僕は頷くと、丸1日をかけてお世話になった人々の所へ挨拶に出向いたのだった。
◇◇◇
まず最初に僕たちはエクスタイン家にやってきた。エルガーさんやクロードさん、そしてエリックに別れを告げるためだ。
「おお、これはこれはイオリ様、アーシェ様、お嬢様。ささ、こちらへどうぞ……」
すぐにクロードさんがエルガーさんの下へ案内してくれて、僕はしばらく領都を離れることになると説明をした。
「そうか……最低でも半年か……寂しくなるな」
エルガーさんはようやくスキルの後遺症が癒えて、騎士団長として再び元気に職務に励んでいる。やはり娘と会えなくなるのが悲しいのか、僕の話を聞くと一瞬だが暗い表情を見せた。
「すみません、しばらくゼアをお預かりします」
「いやいや、こちらこそじゃじゃ馬娘をよろしく頼むよ。君たちが領都を離れている間に、こちらは結婚式の準備を進めて……」
「お父様! ……余計なことはしないで下さい」
「おや? 余計なことなのかね?」
「い、いや……まぁ、必要ないという訳ではないですが……」
「そうだろう、そうだろう。ふふはははは……」
ゼアヒルトが口ごもって顔を赤くすると、それを見てエルガーさんは楽しそうに大笑いした。
「それよりも、まだ体調が万全でないのですから決して無理はしないでください。クロード、くれぐれもお父様が無茶をしないよう頼んだぞ」
「もちろんですとも。お任せください」
エルガーさんの背後に直立するクロードさんは、ゼアヒルトの言葉に折り目正しく丁寧に頭を下げた。
「ゼア姉、この綺麗な人は……」
一方でエルガーさんの隣に座るエリックが頬を染めながらアリューシャを見ている。今回のアリューシャは妖精の姿を解除して僕の横に座っている。
エリックに対してどう説明したものかとゼアヒルトが逡巡していたので、ここは思い切ってアリューシャに自己紹介してもらうことにした。もちろんエルガーさんとクロードさんにはすでに紹介済みである。
「私は妖精アーシェよ。色々あって伊織と行動を共にしているの。エリック、よろしくね」
アーシェの自己紹介を聞き、エリックは驚きで目を丸くしていたがそれもそうだろう。この世界で妖精を目にする機会はほとんどない。実際の正体は女神なので、それ以上にお目にかかれない存在なのだが。
こうして僕たちはエクスタイン家での挨拶を済ませ、次に冒険者ギルドへと向かおうとした。しかしその前にぜひ立ち寄りたいところがあって僕はゼアヒルトに提案した。
「ねぇ、ゼア。お母さんのお墓に案内してもらっていいかな?」
「あらあら、伊織にしては良い考えじゃないの」
「ふふ……イオリ……感謝する。ありがとう」
僕の言葉にゼアヒルトは微笑むと、すぐ近くにあるエクスタイン家の墓地へと案内してくれた。
◇◇◇
冒険者ギルドに入ると受付の方から大きな怒声が聞こえてきた。それに混じってエミリアとニーナの声も聞こえる。何事かと思い、僕たちはすぐに受付の方へと足を向けた。
「この国から出ていけ! どうせ獣人国のスパイなんだろう!!」
「そうだそうだ! スタンピードと同時に国境に軍を動かすなんて、情報が獣人国に漏れてるとしか思えない!」
複数の冒険者たちから非難されていたのは猫獣人の受付嬢ニーナだった。どうやら獣人国のスパイだと疑われているらしい。
「ニーナはそんなことをするような子じゃありません! みなさん、いい加減に落ち着いてください!」
エミリアが必死に説得するが、冒険者たちからの非難の声はなかなか止まない。
僕は困っている彼女たちを助けるため声を出そうとしたが、その前に大きな女性の声が冒険者ギルド内に響いた。
「あんたたち! その受付嬢を疑うというのならば、当然あたいのことも信用していないということだよねぇ。私も故郷に帰った方がいいってことかい?」
声の主は狼獣人のジータさんだった。巨大な斧を抱えたまま大股でズンズンと冒険者たちの近くまでやってきた。
「さぁ、どうなんだい!? はっきり言いな!!」
ジータさんが目を吊り上げて冒険者たちを睨みつけると、それまで威勢の良かった彼らが急にしおらしくなった。
「い、いや……ジータさんは別というか……」
「私たちはジータさんを疑っているわけでは……」
「ジータさんにはいつも助けられて感謝して……」
そんな彼らに対して、ジータさんは怒りを露わに大声で言葉を続けた。
「あんたたちが不安なのは分かる。でもねぇ、それで獣人族を一括りにして非難するのはおかしいと思わないのかい? しかも、相手が受付のかわいいお嬢ちゃんって……情けないったらありゃしない」
一流の冒険者であるジータさんの言葉に、冒険者たちはみんな下を向いて押し黙った。
「まだ文句のある奴はいつでも私の所に来な! もしも私がいない時は、そこにいる黒髪の少年の所でもいい! いつでも私たちが相手になってやる!」
唐突に指を差されて驚いていると、首を垂れながら帰っていく冒険者たちを尻目にジータさんが笑いながら僕の所へやって来た。
「へへへ……構わないだろ? どうせイオリも助けに入るつもりだったんだよな?」
「まぁ、それはそうだけど……」
僕がジト目でジータさんを見ていると、笑みを浮かべたままジータさんが僕に顔を近づけた。
「それよりもさ、ちょっとジータお姉さん興奮しちゃって……良かったらこのあと一緒に気持ちいい……――っ!!」
突然ジータさんが僕から離れて距離をとり、勢いよく斧を振り上げて臨戦態勢をとった。
「あたいを攻撃するとはいい度胸だ! どこのどいつか知らないが、ただでは済まさないよ!」
「……なかなかの反応じゃないか。あれから少しは腕を上げたというわけか……」
僕のすぐ近くに細剣を構えたゼアヒルトが立っていた。どうやらジータさんを攻撃した犯人はゼアヒルトだったらしい。
「げっ!! なんで騎士のあんたがこんな所に!?」
「イオリに手を出そうとする害虫を排除するためにここにいる」
「イオリが白薔薇のお気に入りって話……マジだったんだな」
どうやら2人は顔見知りのようで、しかもかなり仲が悪そうだった。2人は険しい表情で睨み合い、冒険者ギルド内には緊迫した空気が充満していった。
そんな2人の様子を見て、周りにいた人々は次々とギルドの外に避難していった。元副騎士団長とB級冒険者が全力でぶつかろうとしているのだ。彼らはとても賢い選択をしたと言えるだろう。
「さっさと獣人国に帰ったらどうだ?」
「そうしたいところだけれど後ろ髪を引かれてねぇ……」
そう言ってジータさんが僕の方に目をやり舌なめずりをした。
「イオリの事は諦めてもらおう」
「こんな上玉を簡単に諦めるわけにはいかないよ」
2人の距離がジリジリと近づき、今にもどちらかが攻撃を仕掛けそうな雰囲気が漂っている。
「以前、私に完敗したのを忘れたのか?」
「あんたは強い。だけど、退けない戦いがあるんだよ!」
「その心意気は素晴らしいな。だが、退けないというのは私も同じだ」
このままでは2人が怪我をしてしまうと思い、僕は間に入ってなんとか仲裁しようと考えたのだが……
「なぁ、白薔薇。あんた、イオリとどこまで進んでいるんだい?」
「……」
突然のジータさんの意味不明な質問によって、辺りの空気が一気に弛緩したのが分かった。
「顔を赤くしてるんじゃねぇよ! くそ~、なんだよ……羨ましい……」
「……」
ゼアヒルトの無言の反応に、なんだか僕も無性に恥ずかしくなってくる。
「白薔薇、黙ってないで何か言えよ」
「……」
「なんだよ……その……キスしたのか? まぐわったのか?」
「……」
ジータさんが何度も問いかけるが、ゼアヒルトは全く返事をしなかった。一方、ジータさんの目にはうっすらと涙が溜まっているのが分かった。
「……そうだよ! どうせあたいは未通女さ!! 心の中で馬鹿にしているんだろう? ちっくしょー、覚えてやがれっ!!」
なぜかジータさんは自分の秘密を大声で暴露し、涙を流しながら冒険者ギルドから飛び出してどこかへ行ってしまった。
キリアンさんの話では男癖が悪いとのことだったけれど、実際のところはそうではなかったということだろうか?
僕たちは突然の出来事に呆気にとられる一方で、騒がしかった彼女がいなくなり冒険者ギルド内は静寂に包まれた。
ふと我に返った僕が辺りを見回すと、ゼアヒルトはまだ顔を赤くしたまま立っていた。そして、エミリアとニーナは能面のような表情で僕を見ていたのだった。




