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07 少女ユーディット

 

 アレグリアのもとで王女殿下の護衛依頼についての話を聞き終わり、僕たちは少し早めの夕食をとるため3人でカフェレストランに向かっていた。ゼアヒルトは先ほどから難しい顔をしながら僕の隣を歩いている。


「ゼア、今回の件はエルガーさんには報告するの?」

「そうしたいのは山々だが、公爵がお母様の仇だと知ったらお父様がどういう行動に出るか……想像するだけで背筋が凍る」


 家族思いで正義感の強いエルガーさんのことだ。きっとなりふり構わずに公爵の下へ向かってしまうだろう。もう二度とエルガーさんにあのスキル(閃光)を使わせてはならない。


「僕もエルガーさんには黙っておくのがいいと思うよ」

「ああ、公爵についてはいずれ私が決着をつけなければならない問題だ。相手は王家に連なる者ではあるが、私にとってそんなことは関係ない」


 ゼアヒルトは眉間にしわを寄せて険しい表情をしながら決意を告げた。そんな顔をしていたら綺麗な顔が台無しである。


「ゼア、僕も手伝うから一人で背負わないで」

「当然、私も手伝うわよ。悪の塊みたいな人間を絶対にこの国の王にはさせない」

「イオリ、アーシェ……ありがとう」


 僕らの言葉にようやくゼアヒルトは微笑を浮かべた。この笑顔を護るため、そして人族の未来を変えるため、王女殿下の護衛をやり遂げて公爵の野望を阻止しなければならない。


◇◇◇


 僕らが貴族街を出て大通りを歩いていると、身寄りのない数人の子どもたちが施しを求めて僕たちの周りに群がってきた。その中でも年長らしき少年・少女が代表して僕に話しかけてきた。


「お貴族様、私たちにお恵み下さい」

「どうか、お願いします!」

「少しでいいのでお慈悲を……」


 おそらく胸のピンバッジで僕が貴族であることに気付いたのだろう。粗末な服を着た彼らは必死な表情でお金や食べ物を求めている。


「ちょっと待ってね」


 僕は≪ストレージ≫からたくさんの食べ物や衣類を取り出して彼らに与えた。子どもたちは驚き、そして目を輝かせながら歓声を上げた。みんな笑顔で、中には嬉し涙を流している女の子もいた。


「相変わらずイオリは優しいな」

『伊織は甘いのよ……でも、ありがとう』


 この国は大きな貧富の格差が社会問題になっている。アレグリアが差配するオルトヴァルド辺境伯領でさえもこの有様なのだ。他の地域はどれほどひどい状況なのか、想像すると心が痛い。


「貴族様ありがとう!」

「かっこいいお兄ちゃん、ありがと!!」


 子どもたちは口々にお礼を言いながら手を振って去っていった。僕がそれを笑顔で見送っていると、不意に声をかけられた。


「にぃにぃ、私にも施しをくれる?」


 水色の髪でおかっぱボブをした女の子が、いつのまにか僕の目の前に立っていた。身長は140cmほどで年齢は10歳くらいだろうか。少女の前髪は目の上で切りそろえられていて整った顔立ちをしているが、やはり服はさっきの子どもたちと同様にボロボロで汚れていた。


「うん、もちろんだよ」


 すぐに≪ストレージ≫からパンを取り出そうとした時、少女が隠していたナイフを素早く取り出す様子が目に映った。


「イオリっ!!」

『伊織!!』


 少女が無表情のままナイフを手にして僕の胸に突き立てようとしていた。その動きは子どもとは思えないほど素早く、少女が特別な訓練を受けていることを物語っていた。


 しかし、少女のナイフが僕を捉えることはなかった。僕は少女の攻撃をかわして、ナイフを握る少女の左手首をつかんだ。


 少女は一瞬だけ驚いた顔をしたが、手首をつかまれたまま身体をひねって宙に浮き、僕の顔面に向かって蹴りを放った。その鋭い蹴りは僕の顎先をかすめ、その反動でつい少女の手首を放してしまった。


 自由になった彼女は一度僕から距離を取り、ナイフを構えると再び僕めがけて突っ込んできた。それを見てゼアヒルトが動こうとするが、僕は手のひらを彼女に向けてそれを制止した。


「大丈夫だから、ここは任せて!」


 少女の高速の突きが何度も放たれる。しかしナイフが僕に刺さることはなく、無表情だった少女の顔に徐々に焦りの表情が浮かんでくる。


「くっ……このっ!」


 時折フェイントや体術を織り交ぜながら攻撃を続けてくるが、スキル≪絶影≫を用いなくても少女の動きを僕は完全に見切ることができていた。


「どうしてっ!?」

「……もうやめた方がいいよ」


 この言葉に少女は再び僕から距離を取り、左手に持っていたナイフを地面に放り投げて両手を上げた。とても精巧にできているが、このナイフは殺傷能力のない偽物であることを僕は見抜いていた。


 つまり、この少女が僕に対して害意を持っていないことは明らかだった。もしも本当に僕の命を狙っていたのならば、少女の最初の攻撃の際に≪絶影≫が自動的に発動していたはずだ。


 ≪絶影≫が自発しなかったということは、この少女は敵ではないということと同義だ。


「参った。降参する」

「じゃあ、事情を話してくれるかな? なぜ僕を狙ったのか、そして誰の命令なのか……」

「うん。でも、その前にお風呂を貸してもらえる?」


 少女の提案に僕は頷き、外食は中止にして自邸に戻ることにした。その道すがらゼアヒルトが少女に色々と尋ねたが、少女は無表情のまま何も語ることはなかった。


 ただ、妖精アリューシャが姿をあらわすと、一瞬だけ目を大きく見開いて驚きの表情を見せていた。


◇◇◇


「私の名前はユーディット。にぃにぃを襲った理由は護衛としての実力を試すため」

「ということは……」

「勘違いしないでほしい。王女殿下はアレグリア辺境伯を信頼している。にぃにぃの実力を疑っていたのは私……これは私の独断の行動なの」


 お風呂から上がったばかりのユーディットはまだ髪の毛が濡れていた。僕の手持ちに丁度良いサイズの服がなかったため、この館にあった一番小さいサイズのメイド服を着ている。


 なんとユーディットは現在13歳で、その腕を見込まれてべルティーナ王女殿下の侍女を務めているらしい。今回、アレグリアの紹介で護衛が派遣されると聞いて、王女殿下の護衛に相応しい実力の持ち主かどうかを試すことにしたそうだ。


 ユーディットに対してアリューシャとゼアヒルトも自己紹介した。もちろんアリューシャは妖精アーシェを名乗っている。


「やっぱり妖精だったんだ……妖精に好かれる者は善人……」

「そうよ。まあ伊織の場合は、人が良すぎて損することも多いけどね」


 アリューシャが話をしながら妖精の姿を解除すると、ユーディットは驚いて一歩後ずさっていた。


「それで、イオリは合格ということになるのかな?」

「あなたは白薔薇……王都でも結構有名」

「どういう意味で有名なのか知りたいところだな」

 

 そう言ってゼアヒルトが微笑みを浮かべるとユーディットはわずかに顔を赤くした。


「はっきり言っておくけど、伊織の実力はこんなもんじゃないわよ」


 なぜかアリューシャが両手を腰にあてて自慢げに胸を張っている。


「……悔しいけれど、にぃにぃは強かった。私が間違っていた……ごめんなさい」


 ユーディットは丁寧に僕に頭を下げた。彼女の表情から感情を読み取るのは難しいが、自分の失敗を認めて謝ることができるとても素直な女の子だった。今回は王女殿下をお守りするという強い使命感から暴走してしまったのだろう。


「気にしていないから大丈夫だよ」


 そう言って僕はユーディットに近づき、彼女の背後に回り込んだ。彼女が緊張して少し体を固くしているのが分かる。


「大丈夫だよ。ほら、座ってごらん……≪ウォームウィンド(暖風)≫」


 僕の右手から柔らかく温かい風が吹き出す。僕は左手を手櫛にしてユーディットの髪を乾かし始めた。


「にぃにぃ、色んな魔法が使えるの……これ、気持ちいい……」


 しばらくするとユーディットの頭がゆらゆらと揺れ出した。そして髪が乾く頃には、彼女は僕に身体を預けて完全に眠ってしまった。


「イオリ、彼女を空いている部屋のベッドに運んでやろう」


 ゼアヒルトの言葉に僕は頷いてユーディットをお姫様抱っこした。そして僕が空き部屋に向かおうとすると、なぜかアリューシャとゼアヒルトが後ろから付いてきた。


「私も行くわよ。伊織が何か良からぬことを考えているかもしれないし」

「ふふっ。確かに相手が少女とはいえ男女が一つの部屋にいるのはよくないな」


 結局みんなで空き部屋に向かいユーディットをベッドの上に運んだ。すやすやと眠る彼女はまるで西洋人形のようだった。


「まったく羨ましい身分よね。ほら、お腹が空いたからマリーに食事を準備してもらって、その間に私たちも3人で一緒にお風呂に入るわよ!」

「それは良い考えだな。もちろん私たちの髪も乾かしてくれるんだろう?」


 アリューシャとゼアヒルトの提案を僕が断れるはずもなかった。僕が苦笑いをしながら頷くと、彼女たちは満面の笑顔でそれぞれ僕の手を握ったのだった。

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