06 新たなる敵
王位継承問題について、アレグリアは僕にも分かるように丁寧に説明を始めた。
「不遜になってしまうけれど、国王陛下には国家を統治する力は残されていないの」
グロースエールデン王国の国王は老齢であり、いつ天に召されてもおかしくない状況にある。長いあいだ病床に伏しており、国家の運営は官僚に任せた状態になっているそうだ。
問題なのは国王には嫡子がいないという点である。いや、正確には唯一の男子がいたのだが、15年前の獣人国との戦争で敗死してしまったらしい。
悲嘆にくれる国王はやむなく死んだ長男の娘、つまり孫娘を王女として迎えた。これがべルティーナ王女殿下であり、この国の唯一の正当な後継者である。
しかし、この措置に異を唱える者がいた。その急先鋒が、国王と年の離れた弟であるレイノルド公爵である。公爵は自分こそが王位の後継者として相応しいと公言し、それに迎合する貴族は多いということだった。
「レイノルド公爵って民衆に結構人気あるのよね~。お金持ちで顔が良くて背も高く声も渋い。威厳があって武芸に通じており、戦も上手で家臣団からの信頼も厚い。慈善事業にも力を入れていて、特に女性や子どもに優しいわ」
アレグリアの話が真実ならば、レイノルド公爵は理想的な男性像の体現者である。
「ほう、なかなかいい男じゃないか。アリア、惚れたか?」
「もう、ゼアちゃん! 馬鹿な事言わないでよ。まぁ、確かに私が小さい頃に憧れたことはあったけど……」
珍しくゼアヒルトがアレグリアをからかったが、それに対してぷりぷりと怒っていたアレグリアの声がだんだんと小さくなった。
「アリア、公爵がどうかしたのか?」
「時折、氷のように冷たい目をするの。あれは自分以外を一切信用していない目だわ」
その公爵が王位継承権を狙って、王女殿下に危害を加える可能性があるということだった。
「その公爵についてなのだけれど……ここからはとても大切な話になるから心して聴いてね」
アレグリアが表情を厳しくした。彼女が僕たちの前でこういう顔をすることは滅多にない。
「少し話は逸れるけれど、グリゴアの取り調べが終わったわ」
突然出てきたグリゴアの名前にゼアヒルトの雰囲気が一変したのが分かった。それも当然のことで、ゼアヒルトにとっては母親の仇なのである。
「結論から言えば、ゼアちゃんのお母様がグリゴアに凌辱されて自殺したというのは嘘よ」
「どういうことだっ!?」
興奮したゼアヒルトが立ち上がり怒りの表情で声をあげた。
「ゼアちゃん、気持ちは分かるけれどちょっと落ち着いて話を聞いてよ」
「すまない……では、何のためにグリゴアはそんな嘘をついたというのだ? お母様はなぜ自殺をしたのだ?」
「まず、グリゴアが嘘をついた理由だけれど、それはゼアちゃんを絶望させるためね」
グリゴアには嗜虐趣味があり、ゼアヒルトに対して絶望感を与えて苦悶する様子を楽しむ目的だったようだ。
「そんな下らない理由で嘘を……」
ソファーに腰を下ろしたゼアヒルトの右手が強く握りしめられていた。僕はゼアヒルトの拳にそっと自分の左手を重ねた。
「イオリ……ありがとう。アリア、話の続きを頼む」
アレグリアは笑みを浮かべて頷くと、次にゼアヒルトの母親について話し始めた。
「それで、ゼアちゃんのお母様についてなのだけれど……彼女は何らかの理由でグリゴアの計画を知ってしまったために殺された可能性が高いわ」
「殺された!? 自殺ではないのか!?」
ゼアヒルトの悲痛な問いかけにアレグリアは目を伏せて頷いた。
「グリゴアの計画といえば辺境伯領の乗っ取りと王国からの独立だね」
「そう、今から5年前のことだけれど……」
5年前、ゼアヒルトの母親は何らかの理由でグリゴアの計画を知ってしまった。
これに気が付いたグリゴアはかなり焦っただろう。なぜなら自分の計画が彼女の夫であるエルガー子爵に伝えられるのは時間の問題だからである。グリゴアにとって幸いなことに彼女はまだ半信半疑の状態で、すぐに誰かに相談したりしてはいないようだった。
まさか辺境伯領の政務を任されているグリゴアが、そんな大胆な計画を練っているとは簡単には信じられなかったのだろう。それにもしも彼女の勘違いであったならば、夫や家族だけでなくルードルフ辺境伯にも取り返しのつかない迷惑をかけてしまうことになる。
だが、このままではいずれにせよエルガー子爵、そして辺境伯によりグリゴアは追及を受けることになってしまう。そうなれば奴は間違いなく失脚、いやおそらく死刑を言い渡されることになったはずだ。
グリゴアの自白によると、奴は私兵を使って彼女を害そうとしたが“なぜか”ことごとく失敗に終わったそうだ。そして、追い詰められたグリゴアはある人物に助けを求めることになった。
「そのある人物というのが……」
「どうせレイノルド公爵なんじゃないの?」
これまで黙って話を聞いていたアリューシャが言葉を発したが、それは僕が全く予期していなかったとんでもない内容だった。
「さすがアーシェちゃんね。その通りよ……グリゴアは公爵に相談し、そしてゼアちゃんのお母様は殺された。もちろん自殺にみせかけてね」
「お母様が公爵に殺された……」
話の内容が衝撃的過ぎて、ゼアヒルトは少し混乱しているようだった。もちろん僕も理解が追い付かない。
ちなみにゼアヒルトの母親がグリゴアの襲撃を避けることができたのは、彼女が何か特殊なスキルを持っていたからではないかというのがアリューシャの考えだった。
「こうして公爵の援助でグリゴアは難局を乗り切ったの。そして計画の第一歩であるルードルフ辺境伯……私の父の暗殺を実行したのよ。それが4年前の事ね……」
ここまでの話をまとめると、ゼアヒルトの母親とアレグリアの父親が殺された事件の黒幕はレイノルド公爵ということになる。
「公爵がグリゴアに肩入れする理由があるのかな?」
僕の質問に対してアレグリアは大きく頷き、再び話を始めようとしたがそれをアリューシャが遮った。
「伊織、頭を使いなさい。公爵とグリゴアが協力関係にあるのは2人の利害が一致しているからでしょ。それはどうして?」
「ええっと……グリゴアは辺境伯領を狙っていて……だから奴は後ろ盾として公爵を利用し……一方でレイノルド公爵は王位を求めていて……」
公爵がグリゴアを援助した理由は何だろうか? 答えが出てきそうで出てこない。
「じゃあ、伊織にヒントを出すわよ。王位継承について国内で対立が起きた場合、ルードルフ辺境伯は王女と公爵のどちらを支持すると思う?」
「……あっ! そういうことか!」
王女と公爵が王位をめぐって対立した場合、この国の有数の実力者であるルードルフ辺境伯は王女を支持する可能性が高い。実際に辺境伯がどう動くかは不透明だが、アレグリアと王女殿下の仲の良い様子を見ている公爵はそう判断したに違いなかった。
それならば辺境伯領をグリゴアに支配させた方が公爵にとって都合が良い。グリゴアに恩を売っておけば間違いなく公爵の王位継承を支持することになる。
「もしかすると一連の事件は、公爵がグリゴアをそそのかして起きたのかもしれないね……」
「確かにイオくんの言う通りよ。お父様が暗殺された理由について、そう考えた方がしっくりくるわ」
アレグリアの説明に僕が納得していると、ゼアヒルトが新たな疑問をアレグリアに投げかけた。
「……アリア、これまでの説明に間違いはないか? 責任を転嫁するためにグリゴアが作り話をしたという可能性は?」
「グリゴアの取り調べにはキリアンが同行したから間違いないわ」
冒険者ギルドの副ギルドマスターであるキリアンさんは特殊なスキルを持っており、相手が嘘をついているかどうかを見抜く力がある。つまり、グリゴアの供述は信用できるということだ。
こうして、5年前から現在に渡って起きた一連の事件の背後には、国家の王位継承問題が絡んでいたことが明らかとなった。
「そういえば、グリゴアにはどのような刑罰が課されているのかな?」
「あら? イオくんにはまだ話していなかったかな♪ ええっと……」
アレグリアは顎に右手の人差し指を当てながら何かを思い出しているようだった。
「……191回、だったかしら?」
「何が?」
「グリゴアが「頼むから殺してくれ」って言った回数よ♪」
何でもないようにアレグリアは話すが、彼女はこれまで見たこともないような冷たい表情をしていた。ただ、その表情は妖艶にも感じられてとても美しいものだった。
「公爵を追い詰める材料になるかもしれないから、しばらくの間は息子ともども生かしておくわ♪」
アレグリアの説明が一段落し、しばらく静かな時間が流れた。ゼアヒルトは母親について、アレグリアは父親について考えているのかもしれない。アリューシャも静かだが、彼女は何を考えているのだろう?
「……アレグリア、説明ありがとう。王女殿下を護衛する際には、特に公爵の動きに気をつける必要がありそうだね」
これまで説明があった通り、様々な要因で王女殿下は命を狙われる可能性がある。しかし、現時点で最も注意すべきは公爵の動向だろう。
「せっかく新居に引っ越したばっかりで申し訳ないのだけれど、しばらくは王都で生活してもらうことになるわ。あっちでの生活はアイーネが世話してくれるから心配しなくていいわよ」
「アイーネ?」
「ああ、イオくんは知らなかったわね。アイーネはうちの冒険者ギルドのマスターよ。つまりキリアンの上司ね。ちょっと理由があって今は王都にいるのよ」
その理由はアイーネさんに会えばわかるということで、ここで教えてもらうことはできなかった。
「そうそう、王女殿下は魔導学院に通っているわ。ふふっ、護衛隊長のイオくんにはそこに入学してもらうことになるからお勉強も頑張ってね♪」
室内の重く暗い雰囲気を拭きとるように、アレグリアは笑いながら爆弾発言をしたのだった。




