05 王女護衛依頼
目が覚めると、見慣れない景色が広がっていた。
「イオリ、おはよう」
耳元で柔らかい声がした。その心地よい音色に反応して僕が横を向くと、すぐ隣でゼアヒルトが微笑んでいた。彼女はシースルーのネグリジェを着ていて、かなりきわどい格好をしている。
「……うわっ!」
「まったく、失礼な反応だな……ふふっ」
その姿を見て僕の脳は瞬時に覚醒し、ここがゼアヒルトの部屋であることを思い出したのだった。
昨日、僕とゼアヒルトは依頼を受けて一緒にゴブリンの討伐へ向かった。そこで無事に女性2人を救出し……なぜかゼアヒルトと一緒にお風呂に入ることになってしまったのだ。
僕たちは夕暮れ時に無事に領都へ到着した。そして冒険者ギルドでエミリアに依頼達成の報告をし、救出した女性2人を保護してもらった。彼女たちは明日には故郷の村へ送り届けてもらえるらしい。
「エミリア、すまないが水晶鑑定をお願いできないか?」
ゼアヒルトが唐突に水晶での加護の鑑定を求めた。エミリアは何かを悟ったような表情で頷き、すぐに水晶を僕たちの目の前に準備した。
そして、ゼアヒルトが神妙な面持ちで水晶にゆっくりと手をかざす。
「これは……」
鑑定の結果に僕たち3人は大きく目を見開いた。ゼアヒルトには精霊シルフの加護だけでなく、新たに“使徒の加護”が追加されていた。
「使徒の加護……私の身体能力が向上していたのはこれが原因だったのか」
「これはイオリ様の加護ということですよね。どうして急に?」
エミリアの質問に僕とゼアヒルトは顔を見合わせた。僕らには思い当たる節があり、2人して顔を赤くしてしまった。
そんな僕たちの様子を見てすぐにエミリアが反応し、「羨ましいですねぇ」という何とも言えない感想をもらった。
そのあとは素材の買取りをお願いして依頼掲示板の確認を行った。そして冒険者ギルドを出ようとしたその時、受付の方からなにやら大きな声が聞こえてきた。
すぐに声のする方に目をやると、受付嬢のニーナが複数の冒険者に詰め寄られているようだった。
「どうせ……お前……だろ!」
「とっとと……国に……さい!」
話の内容は断片的にしか聴こえないが、ニーナが困っているようだったので僕は受付に戻ろうとした。しかし、僕より先にエミリアがニーナの下に向かい冒険者たちを注意すると、彼らは悪態をつきながらも受付から去っていった。
事情は気になったがエミリアもニーナもすぐに仕事に戻ったようなので、僕たちは留守番をしているアリューシャにお土産を買うべく冒険者ギルドを離れたのだった。
その後は約束通りゼアヒルトと一緒にお風呂に入り、そして現在に至るというわけだ。
「ふふ、もう少しイオリの寝顔を堪能していたかったのだがな」
妖艶に微笑むゼアヒルトの顔を見て、僕は昨晩のことを思い出し顔が熱くなった。
しばらくお互いに見つめ合い、少しずつ僕とゼアヒルトの顔が接近するが……
「あんたたち、もうお昼よ! いつまでも盛ってんじゃないわよ!」
突然アリューシャが部屋に乱入してきた。彼女は頬をふくらませながらプリプリと怒っている。
「まったく、マリーが気を利かせて起こさないでいたら、あんたたちいつまで乳繰り合ってるつもりよ! まるでエストラモンキーじゃないの」
アリューシャの剣幕に僕たちは素直に謝るしかなかった。ちなみにエストラモンキーは性欲盛んな猿の魔物である。
「さっさと着替えなさい! 準備が出来たら出かけるわよ!」
「一体どういうこと?」
僕とゼアヒルトが首を傾げると、おずおずとハイデマリーが部屋に入ってきた。
「ご、ご主人様。先ほど辺境伯様から至急参集するよう使いが届きました」
「アレグリアから?」
ということは、どうやら王女護衛に関する計画がまとまったということに違いない。慌てて僕たちは準備をして、みんなでアレグリアの館に向かったのだった。
◇◇◇
「ゼアちゃん、なんだか今日はご機嫌ね。何かいいことでもあったのかな?」
「い、いや、何もないぞ。いつも通りだ」
「ゼアちゃんが人の目を見て話をしないなんて……今日は雹でも降るのかしら?」
訝しげな表情でアレグリアがゼアヒルトを見ている。僕の隣に座るゼアヒルトは少し頬を赤く染めて笑顔を浮かべていた。
「それで、要件を早く言いなさい。こっちは忙しい身なのよ」
「あら、アーシェちゃんごめんなさい。じゃあ、さっそくだけど、先日お願いしていた依頼の件について、引き受けてくれるかな?」
アレグリアの問いに対して僕は小さく頷き、それを見て彼女は満足そうに微笑んだ。
「ありがとう。王女殿下直々のご依頼なんだけれど条件が厳しくてねぇ……」
「条件?」
「そう。まず第1に護衛としての実力が申し分ないこと。第2に実直で誠実であること。第3に難事に対し臨機応変に対応できること。第4に王女の側付きとして年齢が近いこと。第5に王都でその存在をまだ知られていないこと」
アレグリアの告げる条件を聞き、アリューシャとゼアヒルトが同時にこちらを見た。
「伊織のことじゃないの……」
「イオリしかいないじゃないか……」
アレグリアが「そうでしょう、そうでしょう」と言いながら頷いている。
「アレグリアに質問があるんだ」
「何でもどうぞ」
僕の言葉にアレグリアが姿勢を正して笑みを浮かべた。
「どうして王女殿下はアレグリアに護衛の依頼を出したの?」
「その質問、2つの意味に取れるわね」
さすがは英邁なるアレグリア辺境伯である。すぐにこちらの意図を察してくれた。
「まず、なぜ私に依頼したのか? という質問だけれど答えは簡単よ。有難くも私は王女殿下に信頼されているの。父に連れられて何度か王城に行ったことがあるし、年齢も大きく離れていないからすぐに仲良くなれたわ」
アレグリアが得意顔で胸を反らして美しい赤髪をかきあげた。ついつい彼女の胸に目が行ってしまうのは不可抗力だろう。
「アリアは以前から王女殿下に姉として慕われている」
「あら、ゼアちゃんも年下なんだから私のことを“お姉ちゃん”って呼んでもいいのよ♪」
アレグリアの軽口にゼアヒルトは「頼りにしてるよ」と言って苦笑いを浮かべている。
「それと、なぜ護衛が必要なのか? という質問だけれど、これも答えは簡単よ。王女殿下は命を狙われているからよ」
「現在の護衛では厳しいということ?」
「その通りよ。最近は露骨になってきて、あわやという場面がすでに2度生じているわ」
それで王女殿下は護衛体制を強化するために、姉と呼んで信頼しているアレグリアに人材派遣の依頼をしたということだった。
「アリア、犯人の目ぼしはついているのか? 王室に対する罪は重罪だぞ」
ゼアヒルトが顔をしかめながら質問した。王室に対する敬意というよりも、若い女性が命を狙われているという事実が彼女を不快にしているのだろう。
「可能性として考えられるのは……共和主義者の犯行、獣人国の暗殺部隊、王位継承問題かしら」
貧富の差が激しいこの国において、王制廃止を求める声はかなり大きい。もちろん罪に問われるため表立って声高に主張する者はいないが、国民の多くが心中で革命を支持しているのは事実である。
また、獣人国の諜報・暗殺活動を阻止できていないというのもこの国が抱えている大きな問題だ。獣人は人間と比べて身体能力に長け、魔法に対する適正も高い。
もちろんこれは獣人国を守護する女神の序列が2位であり、その恩寵を十分に受けている結果でもある。そう、この世界ではかつて人族は魔法で空を飛べたのだ。それが現在は、魔法の使用すらおぼつかない状況になってしまっている。
話を戻すと、グロースエールデン王国への侵略を狙っている獣人国が、王国の後継者である王女殿下の暗殺を目論む可能性は十分にあるということだ。
「アレグリア、王位継承問題について詳しく説明してくれないかい?」
「もちろんよ♪」
そう言ってアレグリアは紅茶を一口飲むと、世事に疎い僕にも分かるよう丁寧に説明を始めた。




