03 アリューシャの想い
秋も深まり少しずつ肌寒くなってきたけれど、その日は天気も良かったので私は庭の椅子に腰かけて読書をしていた。私の読んでいる本は禁断の愛を描いた恋愛小説で、とてもロマンティックな内容だった。
昔から私は人間の恋愛に興味があった。
これまでに多くの人間を観察し、たくさんの本を読んで知識を蓄えてきた。女神にとって人間の恋愛を知ることに意味なんてないとは分かっていたが、私は心のどこかで恋というものに憧れていたのだろう。
「やあ、アリューシャ。こんな所にいたんだね」
伊織が右手を上げながらこちらに近づいてくる。毎日一緒に過ごしているというのに、それだけで私の鼓動が早くなる。
私の知識を総動員すれば、これは恋に落ちたと判断してよいのだろう。
女神でも恋ができる……この事実は私にとって衝撃的で感動的だった。
「アリューシャに相談があるんだけど……」
伊織が私の隣に腰を下ろした。出会って半年ほど経つが、伊織は最近少し背が伸びて顔つきも逞しくなった。厳しい環境が彼の成長を加速させているのだろう。そんな伊織の横顔に一瞬見惚れてしまった。
ちなみに伊織があらたまって相談をするときは、間の抜けた内容であることが多いことを私は知っている。その何とも言えない幼さも伊織の魅力の一つである。
「まったく……女神様の読書を邪魔してまで相談したいことって何よ?」
彼に対してもっと素直になりたいのだけれど……なかなか難しいわね。唯一この点だけはアレグリアが羨ましいわ。
「新しく入ってきた新人メイドたちのことなんだけれど、僕と2人っきりになると少し大胆になるというか……積極的というか……ちょっと困っててさ」
ほら、やっぱり今回もお馬鹿な相談だった。そもそも、他の女のことを私に相談するなんて……どういう神経をしているのかしら。
「それだけあなたの事が好きってことでしょ」
「それは嬉しいことだけど、それが不思議なんだよ」
伊織が本当に不思議だという顔をしてこちらを見ている。そのキョトンとした表情……ぐっ……かわいいじゃない。
「何が不思議なのよ? 客観的に見ても伊織は可愛いし、優しいし、強いし……」
もう、なんでこっちが顔を赤くしないといけないのよ! ちなみに、私は伊織が時々見せる男らしさが普段のギャップとあいまってとても格好よく見えて……
「加護のおかげでそれなりの強さはあると思うけれど、なんだか死ぬ前の世界と違いすぎて不思議な感覚なんだよ。そりゃあ……女性の友人は何人かいたけれど……」
この際なので、私は伊織にはっきりと説明することにした。彼にはしっかりと自覚してもらわないと、王国中の女性がその犠牲になる可能性がある。
「まず、この世界で強い男性はそれだけで女性を惹きつけるわ。生命力の強い子孫を残したいというのは、人間の女性としての本能なのよ」
私の言葉に伊織は納得したようで頷いている。ぐっ……その素直な反応も可愛くて卑怯よ。
「そして、伊織はそれだけ強いにもかかわらず……なんというか……守ってあげたくなるのよ」
伊織に話がうまく伝わらなかったようだが仕方がない。これは女性にしか分からないことなのだから。ぐっ……そんな困ったような顔でこっちを見ないで。
「黒髪・黒目でこの世界では珍しい中性的な顔立ち。少年のような笑顔で無邪気に振る舞い、世事に疎く少し幼い所……母性本能をくすぐられるのよ」
あら? なんだか不満そうな顔をしているわね。もしかして、男としての自尊心が傷ついたのかしら? ぐっ……やっぱり可愛いわね。
「それに、伊織はすべての女性に平等に優しいわ」
「それは僕のいた世界では平等が当たり前で……」
「この国では女性がどのように扱われているのか、メイドたちの話を聞いてよく分ったでしょう。結婚して幸せな家庭を築けるのはほんの一部だけ……多くの女性が奴隷のように扱われているわ」
厳しい環境で生活してきた女性が、突然あらわれた王子様に優しい声をかけてもらう。それはまるで恋の魔法のような効力を発揮するでしょうね。
特に伊織は困っている人がいたら放ってはおけない性格だから、その度に女性たちを虜にするはずよ。
「そして最後に……伊織には女神の加護があるわ」
「アリューシャの加護の効力で女性にモテるってこと?」
「まあ、実際はおまけみたいなものだけれどね」
この国では女神アリューシャを主神とする女神教を多くの者が生まれながらに信仰している。女神アリューシャを愛することは、この国で生きる者にとってごく自然なことである。
つまり、私の加護を持つ伊織が人々に愛されるのも当たり前のことだといえる。
「そういうことだったのか……」
だから~、女神の加護はおまけだってば……ここで納得しないでよ。
それにしても予想できたこととはいえ、この世界に来てまだ1年も経っていないというのにあっという間にこの街の女性の人気者ね。
エミリア、ニーナ、エルマ、ディアナ、リーリカ、ゼアヒルト、アレグリア……
みんな伊織を支えてくれるいい娘ばかりだけど、仕方がないこととはいえやっぱり寂しいわね。
「ねえ伊織、もっと自分に自信を持ちなさいよ。女神の加護は私(女神)には無効なのよ」
「……うん、ありがとう」
本当に私の言葉の意味が分かっているのかしら? それにしても、女神を本気にさせるなんてとんでもない男の子よね。
「だから……少なくとも私は加護なんて関係なしに……伊織のことが……大好きなんだから……」
あれ? どうして私は泣いているのだろう? 私の綺麗な顔が台無しじゃないのよ。
「アリューシャ、僕も君のことが大好きだよ」
そう言って伊織は私を抱きしめてくれた。彼の温もりと匂いが私を幸せにしてくれる。これを独り占め出来たらどんなに素晴らしいことだろう。
「さぁ、少し寒くなってきたしそろそろ中に戻ろう」
伊織が私の手を取って立ち上がる。そうだ! ここは思い切って伊織に提案してみよう。
「伊織、あのさ……今日は……一緒にお風呂に入らない?」
私の大胆な提案に伊織は笑顔で頷いてくれた。そして、私たちは仲良く手をつないで館に戻ったのだった。
メインヒロインですが最近出番の少ないアリューシャについて書きました。
しかし、次回は再びゼアヒルト中心の話です。




