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02 新人メイド


「いいですか。ゼアヒルト様はご主人様とご結婚はされていませんが、ほぼ同義の存在と捉えておくように。ですから、“奥様”として接するのが正解です」


 深夜、エクスヴァルド家の使用人室において、メイド長の私は講義を行っていました。この講義に参加しているのは、先日の面接試験に合格した新人メイドの4人です。


 4人の新人メイドは必死にメモを取りながら私の講義に耳を傾けています。何か粗相をしてこの職を失うことは絶対に避けたいという4人の思いが、部屋の空気をとても緊張したものにしていました。


「メイド長、ご主人様に夜伽を求められたらどうすれば良いのでしょうか?」

「あなたが嫌でなければ応じなさい。嫌であればきっぱりと断りなさい」

「しかし、それでは仕事を失うことに……」


 新人メイドたちは不安そうな顔をしましたが、私は首を左右に振ってきっぱりと断言します。


「イオリ様はそのようなことであなたたちを解雇するような狭量の貴族ではありません。それで、あなたたちは……夜伽を断るつもりなの?」」


 私は4人の新人メイドの目を見ながらそれぞれに問いかけました。


「いえ、喜んでお引き受けします」

「ご主人様にすべてを捧げる覚悟です」

「私なんかで良ければ大歓迎です」

「あの……私は初めてで……心配ですけど頑張ります」


 私はつい苦笑いを浮かべてしまいました。こういう返事がくることは容易に想像できたからです。


(そう、イオリ様の魅力にこの娘たちが抗えるはずがない。子持ちで24歳の私でさえも、まるで魔法にかかったかのように一瞬で心を奪われたのだから……)


「夜伽の可能性を考えて若いあなたたちを採用したのです。いつご主人様に呼ばれても良いように、常に身体と心を磨いておきなさい!」


 私の言葉に彼女たちは「はいっ!」と元気に返事をしました。私はこの返事に満足すると、イオリ様のご期待に沿えるようさらに講義を続けます。


「次にアーシェ様に付いて説明をするわ。これまで以上に大切な話になるから、心して聴きなさい」

「「「はいっ!」」」


 この日も夜遅くまで私の講義は続きました。エクスヴァルド家の夜は長いのです……


◇◇◇


 私の名前はノアナ、年齢は14歳です。田舎の家族の生活を少しでも楽にするため、領都オルデンシュタインにやって来ました。何日もかけて仕事を探しましたが、何の取柄もない私を雇ってくれる人は見つかりませんでした。


 宿代も底を尽き、あきらめて田舎に帰るか、それとも私の身体を売るか……私は迷っていました。そんな時、仕事を求めて偶然立ち寄った冒険者ギルドで、エクスヴァルド家のメイド募集の求人広告を目にしたのです。


 これは天啓だと感じ、これまでメイドの経験などはありませんが思い切って応募しました。そして試験当日、あまりの希望者の数の多さに絶望しました。


 しかし、田舎で待つ家族のためにも簡単にあきらめるわけにはいきません。厳しい目を向ける試験官に、私は精いっぱいの自己アピールを行いました。そして後日、告げられた結果は……合格でした。


 メイドとしての生活は目が回るような忙しさでした。覚えることがあまりにも多く、不作法な私にとってはとても困難な仕事でした。しかし、メイド長は厳しくも優しく接してくれて、同僚も私をサポートしてくれます。待遇も素晴らしく、とても恵まれた環境で働くことができています。


 そして何よりも、ご主人様のお側に仕えることが私にとっては最高の幸せなのです。ご主人様に仕えてまだ数日なのですが、こんなにも心惹かれる男性にお会いしたのは初めての経験です。身分の違いは大きく、許されない恋であることは分かっています。出会ってすぐに恋に落ちるなんて、尻軽女だと思われても仕方ありません。


「ノアナ、今日の紅茶もおいしいよ」

「ノアナ、これで弟さんにお菓子でも買ってあげて」

「ノアナ、疲れてないかい? 少し休憩した方がいいよ」


 ご主人様のお言葉を思い出すだけで心が温かくなります。そして働き始めて5日目、私が不注意からケガをしてしまい……


「ノアナ、大丈夫かい? ちょっと傷を見せて……≪キュア≫≪ヒール≫……うん、これで安心だね」


 私は生まれて初めて魔法を体験しました。あっという間にふさがる傷を見て感動し、そしてそれを実現したご主人様のお姿に見惚れてしまいました。


 今日も暖かいベッドの中で、ご主人様のことを考えながら眠りにつきます。明日もきっと素晴らしい日になるはずです。夢の中でもご主人様に出会えると良いのですが……


 ――……ところが次の日、私は絶望のどん底に突き落とされてしまうことになるのです。


 この日はゼアヒルト様が騎士団のお仕事の引継ぎのため、午後から一人でお出かけになりました。そして……なんと入れ替わるようにアレグリア様がお見えになったのです。


「イオくん、突然でごめんねっ!」


 まさか辺境伯様が訪ねて来られるとは想像もしていませんでした。私たち新人メイドは大混乱です。なぜなら、今日はメイド長が買い出しで夕刻まで不在にしているのです。ここは私たちだけで乗り切るしかありません。


 イオリ様とアレグリア様はリビングで歓談されていました。そこへ私が果実酒を運ぶことになりました。とても緊張してトレイを持つ手が震えてしまいます。


 落ち着くよう自分に言い聞かせながら、少しずつお二方の下へ近づきます。楽しそうに歓談されているお姿はそれはそれはお似合いで美しく、まるで恋人や夫婦のように見えてしまいました。


 そして、アレグリア様へ果実酒を差し出そうとしたその時……あまりの緊張から私はグラスを倒してしまったのです。


 私はその絶望的な状況の中で、さらに失態を重ねてしまいます。


「“奥様”申し訳ありません! ――……あっ!?」


 なんとアレグリア様を“奥様”と呼んでしまったのです。絶句するアレグリア様のお姿を目にして、私は我慢できずに泣き出してしまいました。


 そんな私に対してご主人様は「大丈夫だから泣かないで」と、慰めのお言葉をかけてくれました。それが嬉しくて、そして申し訳なくて、私の両目からますます涙があふれて止まらなくなってしまいます。


 一方、アレグリア様は少し顔を赤くしながら、真剣な表情と厳しい声で私に尋ねました。


「ねぇ、どうしてあなたは私のことを“奥様”と呼んだのかしら? 正直に答えなさい」


 誤魔化しは絶対に許さないという目で追及され、私はすべてを正直に答えることにしました。


「……た、楽しそうに会話をされているお二方が、まるで恋人か夫婦のように見えてしまい……つい間違えてしまって……申し訳ございませんっ!!」


 私の返答に対して、アレグリア様はさらに顔を赤くしてしまいました。きっと気分を害されたに違いありません。私は仕事を失うばかりか、不敬罪で処刑されてしまうことになるのでしょう。


 ところが最悪なことに、アレグリア様はの怒りの矛先は私ではなくご主人様に向けられることになってしまったのです。


「さーて、じゃあこの責任は……粗相をしたあなたのご主人様にとってもらうことにするわね♪」


 私は地獄に放り込まれたような気持ちになりました。絶対にご主人様にご迷惑をかけるわけにはいきません。私はアレグリア様に土下座をして謝罪を続けました。同僚のメイドたちも並んで頭を下げています。


「服が濡れてしまったから、ちょっとゼアちゃんのドレスを借りるわよ。もちろん着替えはイオくんに手伝ってもらうからね。はい、じゃあ今回の件はこれでお仕舞よ。ほら、あなたたちも顔を上げなさい」


 そう言ってアレグリア様は嬉しそうにご主人様の手を引き、ゼアヒルト様の部屋に向かってしまいました。リビングに残された私たち新人メイドは、みんなで抱き合いながら安堵の涙を流しました。


 しばらくして着替え終わったアレグリア様がリビングに戻られました。アレグリア様は本当にご機嫌な様子で、終始ニコニコしながらご主人様と歓談されてお帰りになられました。


 帰途につくアレグリア様をお見送りしていると、馬車の中からアレグリア様が私を呼びました。おそるおそる馬車に近づくと、アレグリア様が私の頭を優しく撫でながら小声で話をされました。


「あなたの名前を教えてくれるかしら?」

「ノ、ノアナでしゅ!」


 緊張して噛んでしまいましたが、アレグリア様は優しい笑みを浮かべたままでした。


「ノアナのおかげて今日は最高の1日になったわ。これはお礼よ。本当に感謝しているわ♪」


 呆然としている私の手の中には、金貨3枚がきらびやかに輝いています。色んな感情がごちゃ混ぜになって、私は再び泣き出してしまいました。

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