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01 新居


 いよいよ今日は褒賞の一つである新居の引き渡しの日だ。アリューシャ、そしてゼアヒルトと一緒に貴族街の一角へ向かう。僕らが到着した時には、すでに担当の役人が新居の前に立っていた。


「イオリ様。こちらがこの邸宅の鍵でございます。何かご不明な点や問題点がありましたら、遠慮なくお申し付けください」


 僕はお礼を言って大きな鍵を受け取った。そして正門を抜けて建物の外観を眺めながら玄関を目指した。僕らの新居は白を基調とした木造の洋風建築で、3階建てのとても美しい家だった。


 すぐに玄関に到着し、僕は重厚なドアに鍵を差し込んだ。鍵を捻ると「カチリ」という心地よい音が響く。


「何だか緊張するわね……」

「それじゃあ、開けるよ」


 玄関に入るととても良い木材の香りが漂っていた。エクスタイン家と同様に玄関を抜けるとホールが広がっていて、東西にはドアがあり別室へつながっているようだった。また。ホールの中央奥には螺旋階段があり、階段に沿って美しいステンドグラスが配置されている。


 とりあえず僕たちは新居のすべての部屋を確認することにした。30分ほどかけて隈なく見て回り、ホールに隣接するリビングのソファーに腰を下ろした。


「かなり広いわね」

「ああ、全部で18部屋。大広間・リビング・遊戯室・図書室・厨房などを除けば、個室は10部屋はあるな」


 アリューシャとゼアヒルトが新居の感想を話し始めた。2人とも笑顔でとても楽しそうである。


「庭もとても綺麗で良かったわよ」

「腕のいい庭師を雇う必要があるな」


 これだけの邸宅を管理維持するとなると相当な負担になる。メイドたちを雇うべきなのだろうが、僕にはどうすればいいのかが分からない。


「イオリ、うちのクロードに相談するのが良いと思う」


 ゼアヒルトの発言に僕は「なるほど」と頷いた。エクスタイン家の筆頭執事であるクロードさんならば、的確なアドバイスをくれるに違いない。


 さっそく僕がソファーから立ち上がりエクスタイン家へ向かおうとすると、ゼアヒルトが右手を上げて僕を遮った。


「こちらから出向く必要はない。実はクロードにはここに来るようすでに伝えている。もうすぐ到着するはずだが……」


 ゼアヒルトがそう話すのと同時に玄関のベルが鳴った。


「イオリ様、アーシェ様、お嬢様、遅くなり誠に申し訳ありません」


 燕尾服を完璧に着こなしたこの老紳士に、僕は新居の管理について何か良い案はないか尋ねた。


「王都に私の姪ハイデマリーがいます。ある男爵家にメイド長として務めているのですが、すぐにこちらに移るよう申し付けましょう」


 うーん、これではまるでヘッドハンティングのようで申し訳ない気持ちになってしまう。


「イオリ様のお役に立てるのであればハイデマリーも本望でしょう。それに、私の推測が正しければその男爵家は取り潰しになるでしょうから」


 クロードさんが遠慮するなという表情で提案するので、僕は素直にそれに従うことにした。早ければ3週間後にはこちらに着任できるということだった。


 その後、僕はゼアヒルトと一緒に貴族向けの高級家具店に向かい様々な家財道具を購入した。しかし、あっという間に資金が尽きてしまい、慌てて≪ストレージ≫にある在庫の素材を換金したのだった。


◇◇◇


 4年前、私は王都兵隊長の男性と結婚して娘を産みました。その夫が魔物の討伐戦で命を落とし、私は娘との生活を守るために男爵家のメイドとして働くことになりました。お給料は安かったのですが、女性が余っているこのご時世に仕事が見つかったのは僥倖でした。


 なぜか次々と同僚が辞めていく中、私は懸命に働いてメイド長を任されることになりました。そして……旦那様に夜伽の相手をするよう命じられました。その時、なぜ同僚が次々と辞めていったのか、ようやく気付くことができました。


 私は勇気を振り絞ってその命令を断りました。当然仕事を首になるかと思いましたが、なぜかそうはなりませんでした。旦那様は怯える私に対して「お前の叔父に感謝しろ。だが、もうすぐエクスタイン家は終わりだ」と告げました。


 私にはよく意味が分かりませんでしたが、エクスタイン家の筆頭執事である叔父のおかげで難を逃れることができたということは理解できました。しかし、エクスタイン家が終わりとはどういう意味でしょうか?


 そしてある日、食材の買い出しから戻った私は再び旦那様の呼び出しを受けました。今度こそ仕事を失うことになるかもしれません。私の脳裏に娘の笑顔が浮かび、胸に痛みを覚えながら執務室に入りました。


 しかし、旦那様の執務室の中には、私が全く想像していなかった光景が広がっていました。


「大罪人グリゴアとの共謀の罪にて貴様を逮捕する!」


 旦那様が数人の騎士に囲まれています。そして、その傍らには叔父のクロードウィッグがにこやかな表情で立っていました。


 混乱する私に対して、叔父は丁寧に事情を説明してくれました。そして、私はエクスタイン家を救った英雄イオリ様のメイドとして仕えることが決まったのでした。


◇◇◇


 オルトヴァルド辺境伯領の領都オルデンシュタインは、私が想像していた以上に活気あふれる街でした。馬車でここに至るまでの1週間、色々な街に立ち寄りましたがどの人々も疲弊していました。


 辺境伯の手腕が優れているのか、それとも死の樹海の影響なのか……おそらく両方なのでしょう。娘もにぎやかな街の様子に目を輝かせていました。


 やがてエクスヴァルド家の邸宅に到着しましたが、玄関に入った私が緊張していることに気付いたのでしょうか。隣にいる娘が私の右手を強く握りしめてくれました。ここでの仕事を失えば、娘と一緒に路頭に迷うことになるかもしれません。私は気合を入れてイオリ様の待つ執務室へ向かいました。


 しかし、すべてが私の杞憂でした。この国の貴族がすべてイオリ様のようであれば、国民はどれほど幸せでしょうか。


 ある上級貴族がノブレス・オブリージュという言葉を残しましたが、イオリ様はまさしくその体現者でした。とても優しく私たち母娘に接して下さり、前に勤めていた男爵家とは待遇にも天地の差がありました。


「私のことはどうかマリーとお呼びください」

「うん、わかった。マリー、これから長い付き合いになると思うけれどよろしくね」


 私はメイド長としてエクスヴァルド家に務めることが認められ、お給料として月に金貨1枚が提示されました。この国では銀貨が2枚あれば4人家族が楽に1月は暮らせるため、この金額はまさに破格の待遇でした。


「もしかして、このお給料にはご主人様への夜伽の分も含まれているのでしょうか?」


 あまりの好待遇ゆえに、とても恥ずかしかったのですが聞かずにはいられませんでした。


「マリーはとても綺麗で魅力的だけどその必要はないよ」


 私はこの言葉に安堵するのと同時に、なぜだか少し残念な気がして困惑しました。ただ、ソファーに座っているゼアヒルト様のお姿を見て、私の出る幕はないと悟ったのを覚えています。


 好待遇はお給料だけではありませんでした。なんとこの屋敷に私の部屋が与えられるというのです。複数の同僚と狭い部屋で共同生活していた以前と比べると、本当にここは天国のようでした。しかも部屋には家具一式が完備されており、私と娘は部屋に入って狂喜したのでした。


 このご厚意に報いるためにも、全力でメイドの仕事に取り掛からねばなりません。まずは人手が必要ですので、イオリ様に確認を取って求人広告を出すことにしました。


 娘と一緒に求人広告を手作りし、翌日さっそく冒険者ギルドへ向かいます。なぜなら冒険者ギルドは求人の斡旋も行っているからです。途中で道に迷ってしまいましたが、弓を背負った金髪の可愛らしい女性冒険者が案内してくれました。


 その女性にお礼を言うと「今度遊びに行くからね」と言われました。どうやらイオリ様と親しいようです。そういえば、ご主人様はBランクの冒険者だということを叔父から聞いた覚えがあります。


 冒険者ギルドの受付で応対してくれたのは猫獣人の受付嬢でした。この領都オルデンシュタインでは、獣人族をちらほらと見かけとても驚きました。獣人族を毛嫌いしている王都ではありえない光景です。


 その受付嬢は私の差し出した求人広告を興味深そうに眺めると、「うちもこっちに転職しようかにゃぁ」と呟いていました。そして、隣にいた眼鏡をかけている美しい受付嬢に頬をつねられていました。


 さて、猫獣人の受付嬢は掲示板の前に立つと他の求人広告を次々と脇に追いやり、私の提出した求人広告を中央の一番目立つ位置に貼りました。私はお礼を述べて帰ろうとしましたが、猫獣人の受付嬢は「これは熾烈な争いになるにゃ……」と、独り言を呟きながら掲示された求人広告を凝視していました。


 1週間後、エクスヴァルド家の屋敷前には長蛇の列ができていました。列に並んでいるのは面接試験を受けに来た女性たちでした。私は人の多さに驚き、叔父に手伝ってもらいながら何とか試験を行い、4名の女性をメイドとして採用することを決めたのでした。

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