24 女神の蹄鉄
アレグリアの館を出た僕たちは、冒険者ギルドを目指して大通りを歩いていた。大通りは人手が多くて活気ある声があふれ、たくさんの馬車がかなりの速度で行き来していた。
「そういえば、まだ約束していた遠乗りに出掛けていないな」
ゼアヒルトの言う遠乗りの約束とは、スタンピード討伐戦の前に彼女と交わした約束だ。
『遠乗り? 伊織、どこかに行くの?』
「ああ、そういえばアリューシャは知らなかったね」
僕は自分がまだ馬に乗れないことや、ゼアヒルトと遠乗りの約束をしていたことをアリューシャに説明した。
「イオリも自分の馬を買ってはどうだ? もちろん、私と一緒に乗りたいというのならば大歓迎だが」
「やっぱりそれは恥ずかしいよ……」
道すがらゼアヒルトから乗馬のコツや馬具(鐙・鞍・蹄鉄など)について説明を受けながら、僕らは仲良く冒険者ギルドを目指した。
冒険者ギルドではたくさんの人に声をかけられた。ほとんどがスタンピード討伐に参加した冒険者たちで、僕に感謝の気持ちを伝えてくれた。中には僕を食事に誘ってくれた女性冒険者もいたが、僕より先にゼアヒルトがやんわりと断ってくれていた。
「まず最初に、Bランク冒険者への昇格が決まりました。イオリ様、おめでとうございます! カードの発行には時間がかかりますので、もうしばらくお待ちください」
エミリアが僕の昇格について、まるで自分の事のように喜んで伝えてくれた。B級のカード発行に時間がかかるのは、一流の冒険者であること証明するために、カードに辺境伯直筆の署名が刻まれるためということだった。
「次にパーティー登録ですが、パーティー名はいかがなさいますか?」
「……ゼア、どうしようか?」
「もちろんイオリが決めてくれ」
パーティー名については完全に失念していた。ゼアヒルトとエミリアの何か期待するような視線が僕に集まっている。姿は見えないがおそらくアリューシャも同様だろう。
僕には女神の加護がある。折角だからそれを使うとして……みんなが幸せになれるような……
「……それじゃあ、“女神の蹄鉄”はどうかな?」
「蹄鉄? ……あ、幸運の……それは素敵ですね!」
「ほぅ、武器を名前に取り入れるパーティーは多いが、馬具とはめずらしいな」
『なかなかいいじゃないの。女神を名前に用いた点は高評価よ!』
前の世界では蹄鉄は幸運のお守りとされていて、アクセサリーにも蹄鉄の形状がよく用いられていた。エミリアの反応からすると、この異世界でも同様の意味があるようで安心した。
同時に、女神アリューシャを影からしっかりと支えたいという思いも込めてみたが、彼女は気付いているのだろうか?
「それでは、冒険者パーティー“女神の蹄鉄”を登録します。これからのご活躍とご多幸を祈っております。それと、スタンピード討伐の報奨金なのですが……ちょっとお待ちください」
そう言ってエミリアは僕たちに一礼すると受付の奥にある部屋に引っ込んだ。報酬は前金で金貨20枚をすでに貰っているので、それ以外の報奨金ということだろう。
「ニーナ! ちょっと手伝って!」
「なによ~、うちは今休憩中にゃんだから……」
「イオリ様に報奨金を渡すのよ!」
「にゃにゃ! イオリ君が来てるの!?」
こんな2人のやり取りが聞こえて、やがてエミリアとニーナがそれぞれ袋を抱えてやって来た。
「お待たせしました。こちらが今回の報奨金となります」
エミリアとニーナが袋を受付のカウンターの上に置くと、その重さからカウンターの軋む音がした。
「内訳を説明します。成功報酬が金貨10枚。魔物の討伐数がB級1体、C級6体、D級27体、E級…………以上を確認することが出来ました。よって討伐報酬は金貨136枚、素材としての買取り金額を合わせると端数切り上げで金貨313枚になります」
「さすがイオリ君だにゃ~。一度の依頼達成でこんなに稼いだ冒険者は初めて見るにゃ!」
今回のスタンピード討伐は参加することで前金の金貨20枚が貰えた。そして、討伐した魔物の数に応じて報酬が上乗せされることになっていた。もちろん、倒した魔物を冒険者ギルドへ持ち込めば、素材としての買取りでさらに収入を得ることも許されている。
ちなみに僕の場合は倒した魔物は≪ストレージ≫に収納したが、他の冒険者たちはどうしていたかというと、倒した魔物にパーティー(または個人)の“タグ”を付けるのが一般的である。このタグを剥がして獲物を横取りすることは冒険者の世界で禁忌とされていて、もしバレれば冒険者としての資格を永久に失うことになる。
「こんな大金、貰ってもいいのかな?」
「イオリ、貴族はお金がかかる。新居に引っ越すのならば、家具一式をそろえる必要があるだろう? それに管理維持費もかかるし、メイドも雇わなければならない。資金はいくらあっても足りないくらいだ」
ゼアヒルトの言葉に納得した僕は遠慮なく報奨金を受け取り≪ストレージ≫に放り込んだ。一方で、エミリアとニーナが目を丸くしている。
「イオリ様……貴族に……」
「イオリ君……貴族なの……」
驚く2人に対して僕は胸のピンバッジを指さす。それを見て2人はますます目を丸くするのだった。
◇◇◇
ある日、僕とゼアヒルトは揃ってアレグリアの館へ呼び出しを受けた。いよいよ明日は新居の引き渡しの日だが、どうやらそれとは別件のようである。例のごとく執務室に案内されると、部屋の中でアレグリアが書類の処理を行っていた。
「ごめんなさい。もう少しで終わるから、紅茶でも飲んで待っててくれる?」
僕は頷いてゼアヒルトと一緒にソファーに腰を下ろした。アリューシャは妖精の姿のまま、僕の右肩に座っている。特にすることのない僕は、要領よく次々と書類に決裁を下すアレグリアの様子を眺めていた。辺境伯としての仕事をこなすアレグリアの真剣な表情は、見ていて全く飽きないほど美しかった。
「よしっ! とりあえずこんな所ね♪」
そう言ってアレグリアがペンを置き、大きな執務用の袖机を離れてこちらに歩いてくる。それにもかかわらず、僕はまだアレグリアの顔に見惚れていた。
「ん? イオくんどうしたの? 久しぶりに私に会えて感動しているのかな?」
耳元のアリューシャから「ちっ」という舌打ちの音が聞こえてきたが、おそらくそれは僕の空耳だろう。女神様がそんなはしたないことをするはずがない。
「アレグリア、今日はどんな要件なのかな?」
「ん~、イオくんに名前を呼んでもらえると胸がキュンキュンするわね♪」
アレグリアの発言にゼアヒルトが咳払いをして目を細める。
「もう、ゼアちゃん怒らないでよ。私はゼアちゃんと違ってなかなかイオくんに会えないのよ」
「分かったから。アリア、本題に入ってくれ」
「はいはい。じゃあまずはこれを渡しておくわね」
そう言ってアレグリアは胸元から1枚のカードを取り出した。銀色に輝くカードはまさしくBランク冒険者の証であり、裏には僕の名前が刻まれ、さらにアレグリアの署名が並んでいる。
「うふふ、まるで夫婦みたいでしょ♪ 人生で一番気合を入れて署名したわ」
再び耳元のアリューシャから「ちっ」という舌打ちの音が聞こえてきたが、おそらくこれも僕の空耳だろう。女神様がそんな卑俗なことをするはずがない。
「そして、今回ここに来てもらったもう一つの理由は、B級冒険者のイオくんに指名依頼をお願いしたいからよ」
Bランク以上の冒険者には貴族から指名依頼があるとは聞いていたが、まさか辺境伯から直々の依頼があるとは考えていなかった。
「今から詳しい内容を説明するけど、話を聞いた後で依頼を断ってもらっても構わないわ。ただし、ここで聞いた内容を他言してはダメよ」
アレグリアの真剣な表情に僕は頷いた。するとアレグリアも頷き返して話を続ける。
「指名依頼の内容は王女べルティーナ殿下の護衛よ。詳しくは計画が出来上がってから話をするけれど、それまでに検討をしておいてね」
僕は予想外の依頼内容に戸惑う一方で、これはこの国を変革する一つの契機になるのではないかと感じていた。
これで第2章も完結になります。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。




