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23 論功行賞


 今日は一連の出来事についての論功行賞で、アレグリア辺境伯の館に向かっている。土の月を迎え、日差しも少し柔らかくなってきたように感じる。すでに貴族街に入っているため人通りも少なく、アリューシャは姿を消さずに僕の右肩にちょこんと座っていた。


 そして、僕の左側を一緒に歩いているのはゼアヒルトだ。どういう訳か、アレグリア辺境伯はゼアヒルトと一緒に顔を出すよう僕に命じていた。ちなみに、論功行賞の後はゼアヒルトと一緒に冒険者ギルドを訪ねる予定だ。目的はもちろんパーティー登録をするためだ。


「ねえねえゼアヒルト。伊織の働きに対するご褒美は何だと思う?」

「そうだな……今回のイオリの獅子奮迅の活躍は間違いなく高い評価を……」


 いつの間にかアリューシャがゼアヒルトの右肩に座っていた。こうやって、アリューシャが僕以外の人間に警戒なく心を開いている様子を見るのは初めてだ。いつの間にここまで仲良くなったのか……2人の楽しそうな会話の様子を見て、なんだか僕はとても嬉しい気持ちになった。


「私の考えでは叙爵もあり得ると思う。もちろん、それを受けるかどうかはイオリ次第だが」

「貴族になれるってことよね。まぁ、どうするかの判断は伊織に任せましょう」

「ああ、貴族になるということは責任と制約を負うということと同義。自由を約束されたただの冒険者の方が良いという考えもあるだろう」


 会話をしていた2人の視線が僕に集まる。僕が「大した事はしていないから」と答えると、なぜか2人は仲良くジト目で僕を見るのだった。


 やがてアレグリア辺境伯の館に到着した。すでに貴族や騎士など他の人たちの論功行賞は終わっているということで、今日招かれているのは平民である僕一人ということだった。


 僕たちはそろって小さな部屋に通された。どうやらここはアレグリア辺境伯の執務室のようだが、僕らのほかには誰もいなかった。しばらく大人しく待っていると、部屋のドアが開いて辺境伯が入ってきた。


 こちらに優雅に近づいてくる辺境伯の姿を見て、僕は思わず息を飲んだ。なんとアレグリア辺境伯は美しいドレスを着ていたのだ。ストレートの赤髪に真っ赤なロングドレスが相まって、辺境伯の美貌がより際立っていた。


「はぁ……閣下、今日は舞踏会の予定でもあるのですか? 私は何も聞いていませんが」

「ゼアちゃん、他に誰もいないんだからアリアでいいわよ。イオくんもそうしてね。あ、もちろん呼び捨てでもぜんぜん構わないわ」

「アリア、その恰好は……」

「好きな男性に会うのに着飾らない女性がいるのかしら? ゼアちゃんでもそうするでしょう?」

「ぐっ……」


 アレグリアに促されて、僕たちは並んでソファーに腰を下ろした。僕の対面にアレグリアが座り、微笑みながら妖艶に足を組む。僕はそれを見て、先日の彼女の裸体を思い出し顔が熱くなった。


「ええっと、アーシェちゃんも近くにいるのかな? 良かったら姿を見せてくれないかな?」


 アレグリアがアリューシャに呼び掛けると彼女はすぐに妖精の姿をあらわした。アレグリアが「はじめまして」と挨拶をして右手を差し出すと、アリューシャは妖精の姿を解除してその手を握り返した。


「妖精ってこんなにも美しいのね……」

「あなたに褒められても全然嬉しくないわ」

「あら、もしかして私嫌われてる?」

「気のせいよ。それよりも、もう少し胸元を隠した方がよろしいのじゃなくて?」

「いいのよ。この方がイオくんが喜んでくれるはずだから」

「伊織をその辺の下品な男どもと一緒にしないでほしいわね」

「私の英雄をただの凡夫と一緒にするはずないじゃない」

「私の英雄? 勘違いもここまでくると滑稽ね」


 握手をしている手がプルプルと震えて、2人の美しい顔の眉間には皺が寄っていた。ゼアヒルトはあきれた様子でそれを眺めている。どうやらアリューシャとアレグリアは最高に相性が悪いらしい。


「あのー、そろそろ本題に入ろうか?」


 恐る恐る僕が声をかけると、2人は満面の笑みで頷きソファーに腰を下ろした。その笑顔を見て少し恐怖を感じたのは内緒である。


「今回のイオくんの功績は比類なしよ。冒険者たちの中核として多数の魔物を討伐した功績。騎士団長エルガーの命を救い、グリゴアの野望を打ち砕いた功績。そして、反旗を翻したゴッドフリートの捕縛と私の貞操を守ってくれた功績」

「……貞操を守った? 本当かしらねぇ?」

「ちょっと、それどういう意味よ!」

「実はもう貞操は失って……」

「そ、そんなはずないでしょ!」


 アレグリアが立ち上がって、顔を真っ赤にしながらアリューシャに猛抗議した。そんな彼女の剣幕にも、アリューシャは全く動じていない。


「分かったから……アリア、落ち着いてくれ。アリューシャも煽るのはやめるんだ」


 ゼアヒルトが仲裁して、ようやくアレグリアはソファーに座った。しかし、その表情には不満げな様子がありありと浮かんでいた。一方のアリューシャは、いつのまにか手にしていたクッキーを齧りながら涼しい顔をしている。


「それで、イオリへの褒章はどうなるんだ?」

「……2つあるわ。もちろん報奨金とは別によ。まず1つ目は、貴族街にある居館の譲渡よ」

「イオリは爵位を持たない平民だ。貴族街での居住は認められていないが……ということは……」

「そうよ、それが2つ目の褒章。イオくんへの叙爵が正式に決まったわ。残念ながら男爵位だけれどね。私は子爵位でも良かったのだけれど、周囲の反対が激しくて……みんな頭が固いのよ」

「それは仕方ないだろう。叙爵や陞爵はほとんど前例がないからな」

「あら、一介の騎士から子爵にまで駆け上がった人物が身近にいたわよね」


 もちろんこれはエルガーさんのことだ。騎士の家に生まれ、その実力から頭角をあらわして騎士団長となり、現在は辺境伯領の軍務の柱石として子爵位に叙されている。


「イオくん、あなたへの恩はこれだけで返せるはずもないのだけれど、とりあえずこの2つの褒章を受け取ってもらえるかな?」


 正直に言って、どちらの褒章も僕には過分な内容だった。僕は横目でアリューシャの様子を伺うが、相変わらずの表情で何を考えているのか読み取ることはできない。


「ありがとう。喜んで受け取るよ」


 この国を変えるためには、実力だけでなく権力も必要になるはずだ。“審判予報”の改善に向けて、利用できるものは何でも使う必要性を感じていた。


「そう、良かったわ。イオくんはこれで私の家臣ね。あ、もちろん束縛するつもりはないから、今まで通りの冒険者生活を続けてもらって構わないわよ」

「そうでなければ騎士団を辞した私が困る。それで、叙爵式はどうするんだ?」

「私はぜひ盛大にイオくんのお披露目をやりたいのだけれど……」


 アレグリアの言葉に僕が困った表情をしていると、「やっぱりそうよね」と言って僕の方へ身を乗り出してきた。


 彼女の綺麗な赤髪から甘い香りがして、僕がそれに夢中になっている間に左胸に金色の小さなピンバッジをつけてくれた。


 そして離れる際に、アレグリアは僕の左頬に軽くキスをした。


「はいっ、これで叙爵式は終わりよ♪」


 どうやらこれが男爵位の証らしい。そういえば、エルガーさんの左胸にも似たようなものがついていたが、あれが子爵位の証なのだろう。


「まったくアリアは……これ以上ここにいるとイオリが何をされるか分からん。そろそろ冒険者ギルドへ向かおうか」

「ゼアちゃん、ちょっと待ってよ。まだ大事なことを忘れているわよ」


 アレグリアの言葉に僕とゼアヒルトは顔を見合わせて首を傾げた。


「イオくんは貴族になったのだから“姓”が必要でしょ。どうするの?」


 なるほど、確かにその点について完全に失念していた。ゼアヒルト・エクスタイン、アレグリア・オルトヴァルドというように、貴族には平民にはない“姓”がついている。


「……それならば、提案があるのだが……」


 ゼアヒルトが蚊の鳴くような声で遠慮がちに口を開いた。


「……エクスタインを名乗ってはどうだろうか?」

「はぁ? ゼアちゃん何を言っているのよ。エクスタイン家には現当主と立派な後継者がいるでしょう。エクスタインを名乗ることが許されるはずがないわ!」


 ゼアヒルトの提案に対し、アレグリアが大声を出して反論する。しかし、ゼアヒルトは自身の意見をなおも押し通そうとした。


「父はイオリがエクスタインを名乗ることを歓迎してくれるはずだ。そして、エリックはイオリを兄と呼んで心酔している。だから、エクスタイン一族にイオリが加わることに何の障害もない。それに私とイオリが結婚……」

「だめよ、絶対ダメ! むしろオルトヴァルドを名乗ってはどうかしら?」


 アレグリアがゼアヒルトの言葉を遮って爆弾発言をした。アレグリアの家臣たちが今の発言を聞いたら卒倒するかもしれない。


「アリア……流石にそれは無理だ。オルトヴァルドを名乗るということは、辺境伯領の正当な後継者ということと同義だ」

「ふふん、私はぜんぜん構わないわよ。それに、イオくんさえよければ私と結婚……」

「だめだ、絶対だめだ! イオリ、何か君の案はないのか?」


 慌てた様子のゼアヒルトに話を振られて僕は考えてみた。前の世界での僕の姓をアレンジして……イノウェイ家? うーん、なんだか微妙だ……さて、どうしようか。


「やはりエクスタインにしよう」

「やっぱりオルトヴァルドがいいわよ」


 2人が僕に顔を近づけながら決断を迫る。ああ、やっぱり白薔薇も赤薔薇も綺麗だなぁ……あ、それならば……


「じゃあこうしようか。エクスタインとオルトヴァルドを合体させて……“エクスヴァルド”はどうかな?」


 僕の提案に場が静まり返った。思い付きで不用意な発言をしてしまったことを後悔したが……


「……ゼアヒルト・エクスヴァルド……うん、良い響きだ……」

「……アレグリア・エクスヴァルド……なかなかいいじゃない!」

『……アリューシャ・エクスヴァルド……なんだか恥ずかしいわね』


 みんなが独り言をつぶやきながら納得しているようなのでこれで良しとしよう。しかし、3人とも顔が赤いのはどういうことだろうか?


 こうして今日から僕はイオリ・エクスヴァルドを名乗ることに決まった。


 これでようやく論功行賞の話は終わり、僕たちは冒険者ギルドへ向かうためにアレグリアに別れを告げた。


「あ、ゼアちゃん! 館の引き渡しはもう少し後になるけれど、もちろんイオくんと一緒に新居で生活するんでしょう? だって、同じパーティーだもんね。まるで新婚さんね……うらやましいわぁ♪」

「な、なななな……」


 別れ際にアレグリアが突然放った一言にゼアヒルトは狼狽し、しばらくの間、僕の隣でその端麗な顔を赤く染めていたのだった。

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