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21 おとぎ話


 奮闘むなしく次々と周囲の兵が倒れていく。アレグリアは自身の死を悟ったが、亡骸をゴッドフリートに利用させるわけにはいかない。アレグリアは覚悟を決め、幕舎に戻るために走り出した。


(私が死んだら後継者争いで増々国内は荒れるでしょうね。私も一度くらい恋をしてみたかったなぁ……それにしても、あのゼアヒルトが惚れる程の男性ってどんな人なのかしら?)


 死を目前にしてアレグリアの脳裏に浮かんだのは、なぜかイオリという少年のことだった。女神様の加護を持つという少年に、一目だけでも会っておけばよかったと後悔した。


「閣下、どちらに行こうとなされているのですか?」


 アレグリアが声の主の方に振り向くと、そこには兵を率いるゴッドフリートがいた。ゴッドフリートの目は赤く充血しており、何か狂気に支配されているかのようだった。


「ゴッドフリート、恥を知りなさい!」

「ふひひ……この状況下でなんと気の強いお嬢様だ」


 ゴッドフリートがアレグリアの全身を舐め回すように見る。アレグリアの服は所々が破けており、白く美しい肌が露出していた。ゴッドフリートの視線に気付いたアレグリアが慌てて両手で肌を隠した。


「白薔薇は惜しい所で逃したが、赤薔薇はここで摘むことが出来そうだ……ふひひ」


 ゴッドフリートがアレグリアにじりじりとにじり寄る。アレグリアは逃げようとしたが、いつの間にか完全に周りを取り囲まれていた。そしてアレグリアの耳に魔法を詠唱する声が聞こえてきた。


「この魔法は……」

「ふひひ……よし、やれ!」

「……≪パラライズ(麻痺)≫」


 背後から突然襲い掛かってきた魔法によってアレグリアは全身の自由を奪われ、その直後に頭に強い衝撃を受けて意識を失った。


◇◇◇


「ここは……」


 馬車に揺られる振動でアレグリアは目を覚ました。頭に鈍い痛みは残っているが意識ははっきりしている。麻痺も取れているようだが、両手両足を拘束されているようで動くことが出来なかった。


「お目覚めですかな、アレグリア閣下。雨は上がり、心地よい朝ですなぁ……ふひひ」


 横たわるアレグリアのすぐ近くにゴッドフリートが座っていた。相変わらず下品な表情でアレグリアを見下ろしている。右手には乗馬用の鞭を握っていた。


「おおっと、ご安心ください。あなたが意識を失っている間は何もしておりませんよ。そんな趣味はございませんので……しかし、目を覚ましたのならば話は別です!」

「きゃぁっ!」


 ゴッドフリートが右手に持つ鞭を容赦なく振り下ろす。アレグリアの白い腕や太腿に、次々と赤い痣がいくつもできた。


「おやおや……可愛い声で鳴くじゃないですか。あなたの姿を目にする度にこの場面を何度も妄想してきたが、まさか現実になる日が来るとは……ふひひ」

「狙いは獣人国への亡命……簡単に国境を越えられると思わないことね……くっ!」

「検問では使節を装うつもりですが、もし失敗したらあなたを人質に強行突破するだけですよ」


 こうして会話をしている間にも次々と鞭が襲い、アレグリアの衣服はぼろぼろになり、肌からは血が滲み出していた。


「軍が必死にこの馬車を追っているようですが、我々が国境に着くまでに間に合うはずもない。つまり、あなたに助かる見込みはないのです」

「あなたは屑よ……もはや人の姿をした魔物よ。女神様の天罰が下るわよ」

「ふひひ……辺境伯ともあろうお方がそんなことを信じておられるのですかな? それならば、早く私に天罰を下して欲しいものです。そう、あなたの父上を害した我々に!!」

「――なっ!?」


 高齢だが壮健だった父がある日突然倒れて帰らぬ人になった。闊達で剛毅な父がまさか殺害されたなどとは夢にも思わなかった。ゴッドフリートの衝撃的な告白を耳にし、さすがのアレグリアも動揺を隠せなかった。


「そうだ、その表情だ……それが見たかった……やはり美しい……」

「くっ……」

「あなたの父は公明正大だった。ゆえに多くの者に慕われ、そして一部の者たちは恐怖した。ふひひ……恐怖に憑りつかれた者を操るのは容易い……これは私の父グリゴアの言葉です」


 そう言いながらゴッドフリートがアレグリアに馬乗りになった。そしてアレグリアの衣服を無理やり破り捨てた。


「泣け! 叫べ! それが俺を興奮させる! ほら、お前は今から俺に犯されるのだ! おまえが蔑み、唾棄する魔物のような――うわっ!」


 突然、2人の乗る馬車が急停車した。その衝撃でゴッドフリートは馬車の壁面に全身を打ち付けた。


「くっ……い、痛い……一体何事だ!?」


 ゴッドフリートが怒りの表情で幌をめくり御者の肩をつかむが、なぜか御者からは何の返答もない。そして返答のない御者の姿をよく確認すると……首がなかった。


「ひいいいいぃぃぃぃっ!! だ、誰か! 誰かおらぬか!」


 ゴッドフリートは大声で叫んだが、それに答える者は誰もいなかった。不気味なほどに辺り一帯は静寂に支配されていた。ゴッドフリートは慌てて馬車を飛び降りるが、やはり周囲に兵は見当たらない。


「ど、どこに行ったのだ……兵が100人程はいたのだぞ……」

「お前の仲間ならば、向こうの茂みで全員眠っているよ」


 突然、ゴッドフリートの目の前に冒険者風の若い男があらわれた。黒髪に黒目という特徴的なこの男にどこかで会ったような気がしたが、ゴッドフリートは思い出すことが出来なかった。そもそもゴッドフリートは、余程の理由がなければ男の顔や名前など覚えようとしないのだ。


「だ、誰だ!?」

「覚えてくれてなくて嬉しいよ」

「冒険者風情が生意気だぞ! 私はシュレヒテ家嫡男ゴッドフリート様だ。貴様ごとき平民が……」


 ゴッドフリートが男を指さしながら唾を飛ばして捲し立てる。しかし、突き付けていた左手の人差し指が、なぜか急に猛烈な熱を帯びた。


「ぶ、ぶひぃぃぃぃぃ!」


 気付けば左手の人差し指が消えていた。そして切断面からドクドクと血があふれ出している。ゴッドフリートは叫びながら切断面を右手で押さえて座り込んだ。


「≪スリープ(睡眠)≫」


 今度は魔法をかけられたようで、強烈な睡魔がゴッドフリートに襲い掛かってきた。しかし、意識を手放そうとした瞬間、指先から生じる灼熱の痛みに意識が覚醒する。


 激しい睡眠欲と痛みによる覚醒の繰り返しに、ゴッドフリートは頭がおかしくなりそうだった。


 一方、その男は苦しむゴッドフリートの様子を一顧だにすることなく、馬車の方へゆっくりと歩いて行った。


◇◇◇


 私は唐突に外から聞こえてきた悲鳴に驚いた。この悲鳴の主はゴッドフリートのような気がしたが確信はなかった。


 しばらくして、何者かが馬車に近づいてくる足音が聞こえた。ほとんど全裸に近い自分の状況を考え、私は身体を固くして身構えた。


 馬車の中に入ってきたのは若い少年だった。黒髪に黒い目、そしてとても愛らしい顔をしていた。その少年が私の姿を見て、驚いた様子で慌てて目を反らした。


「ご、ごめんなさい……アレグリア辺境伯で間違いないでしょうか? 僕はC級冒険者の……」

「イオリ殿ですね。助けていただき、感謝に堪えません」


 一目見てこの少年がイオリだと確信した。少年はおずおずと私に近づき両手両足の拘束を解いたあと、どこからか取り出したマントを掛けてくれた。マントに包まれていると、何だかこの少年に抱きしめられているような錯覚に陥って少し恥ずかしかった。


「一人……なのですか?」

「はい。閣下の命の危機ということで、勝手ながら独断で先行して参りました。謀反に加わった兵はすべて近くで眠らせています。ゴッドフリートもそろそろ意識を失っている頃でしょう。このあとは……」


 そこまで話をすると、少年はフラフラと頭を揺らし始めた。危うく後ろに倒れそうになった少年を、慌てて私は両手で抱きかかえた。


「ご、ごめんなさい……ちょっと魔力を使いすぎて……もうすぐ助けが来るはずですから……」


 そう言って少年は意識を失った。私は狼狽したが、その少年がすやすやと寝息を立てているので安堵した。よほど急いでここに駆けつけてくれたのだろう。もちろんその理由は私が辺境伯という立場にあるからに違いないが、それでもとても嬉しかった。


 乙女の危機に颯爽とあらわれる英雄……まるで幼い頃によく読んでいたおとぎ話のよう(実際は今でもこっそり寝る前に読んでいるのだが)。


 女神様の加護があり、優しさと強さと美しさを併せ持つ少年。私はいけないと思いつつも、急速に彼に惹かれ始めていた。


(あー、これはまずいわね。ゼアヒルトが夢中になるのも納得よ……)


 ゼアヒルトの顔が脳裏に浮かんで胸が痛んだが、私はその少年の頭を自分の膝の上に乗せて優しく撫でた。


 とりあえず助けが来るまでしばらくの間だけは、2人っきりの世界を堪能することにしよう。

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