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04 祝福

「これ、どうしようか?」


 僕の目の前には巨大な熊が横たわっている。先ほど倒したレッドムーンベアだ。


「街に持って帰れば、冒険者ギルドで換金できるはずよ。それと、この世界の人たちは普通に魔物の肉を食べているわよ」


 妖精姿のアリューシャは、ふわふわと宙に浮きながら僕に返答した。


「さすがに持ち運びは無理だよ。大きすぎる」


 どうやらこの世界にはギルドがあるようだ。しかも冒険者ギルド……まさしく異世界そのものだ。異世界転生者が手っ取り早く生活の資金を稼ぐならば、冒険者になるのが正攻法だろう。


「大丈夫。私の加護があるから、空間魔法もつかえるはずよ」

「空間魔法……もしかして魔法で物を収納できる?」

「そう、≪ストレージ(収納)≫ね」

「詠唱は必要ないの?」

「あなたならば無詠唱でも使えるはずよ。大切なのは、イメージすること」


 僕は頷いて右手を前に突き出し、目を閉じて精神を集中した。ゲームや小説が好きな僕はイメージすることは得意だ。


「≪ストレージ≫……うわっ!」


 魔法を唱えた瞬間、僕の目の前に両手より少し大きいサイズの美しい宝箱が出現した。


「これに……収納できるの?」

「この宝箱があなたの収納魔法のイメージね。魔法は使う人の心象にも大きく影響されるのよ」

「へえぇ……早速レッドムーンベアを入れてみよう」

「それもイメージすれば勝手に収納できるはずよ」

「やってみるよ。よーし…………できた!!」


 レッドムーンベアが宝箱に吸い込まれる姿を想像をしたら、あっというまに宝箱に収納された。宝箱の側面に「レッドムーンベア×1」と小さな文字が刻まれている。僕が文字に触れると、文字の周辺だけが見やすいように拡大された。どうやらきちんと宝箱内の収納物を整理整頓できるらしい。


「そういえば、これも仕舞っておこう」


 そう言って僕は左手に持っていたナイフも収納した。宝箱には「慈愛のナイフ×1」と記されていた。あとで名前の由来を確認したら、斬られてもしばらくは痛みを感じない点が“慈愛”だそうだ。


「ほんっと、あなたの想像力は桁違いね。こんな高性能な収納魔法を使えるなんて。しかも、宝箱内の時間が停止してるし……というか、収納魔法のイメージが宝箱って……可愛すぎじゃないの……」

「どうしたの? アリューシャ、早く街に向かおうよ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 僕は意気揚々と出発しようとしたが、眼前にアリューシャが飛び出して大きく手を広げた。


「ここは魔族の国との国境沿いに広がるシャルウッド樹海、通称“死の樹海”よ」


 アリューシャは僕の鼻先にビシッと右手の人差し指を突き付けて言葉を続ける。


「歩いて樹海を抜けようと思えば……おそらく3週間以上はかかるわね」

「ええっ! そんなに……」


 どうやら、魔物と戦いながら移動するということを考慮すると、それくらいの時間がかかるようだ。


「ここは魔物の巣窟。だからこそ伊織の能力を磨くには最適な場所よ」

「今すぐ鍛えないとだめなの?」

「極端な話だけど“審判”は明日かもしれないのよ。それに……200年前の悲劇を繰り返さないように、伊織には自身の力をコントロールできるようになってほしいの」

「分かったから、そんなに悲しそうな顔をしないで」

「ありがとう」

「でも、いきなりサバイバル生活か……大丈夫かな?」


 僕は完全にインドア派の人間で、登山やキャンプなども数えるほどしか経験したことがない。自炊には自信はあるが他は不安しかない。


「大丈夫よ。ここはまだ樹海の浅い場所だから、高ランクの魔物は出ないはずだわ」

「浅い場所なのに樹海を抜けるまで3週間!? とんでもない所だね」

「奥に行くと災害クラスの魔物もいるみたいだから注意が必要よ」


 最初からラストダンジョンに転生されてしまったようだ。


「あ、そうだ。あなたのスキルの名前だけれど……」

「時間操作のスキル?」

「そう。普通は“祝福”を与えた側が決めるのだけれど、今回はあなたが決めていいわよ」


 天使や精霊の加護により“祝福”を授かった場合、そのスキルの名称は自然に頭に思い浮かぶのだという。ちなみに“祝福”を授かるのは成人(この世界では16歳)前後が多いらしい。


「ええっと……時間操作だから……うーん…………“絶影”にするよ」

「ゼツエイ? どういう意味なの?」

「僕のいた世界にそういう名前の馬がいてね……」


 古代中国の三国時代、魏の創始者である曹操の愛馬の名前が“絶影”だった。その名前の由来は影を留めないほどの速さ(影を絶つ)からとされている。


「なるほど……時間を操作されている側からしたら、あなたの動きはまさに“ゼツエイ”なのね」


 こうして僕のスキルの名称は決まった。これからはこの能力を磨いて自分のものにしていかなければならない。


「ところでアリューシャ、この世界にレベルはあるの?」

「レベル? なにそれ?」」


 僕は一般的なRPGで使われる概念を一通りアリューシャに説明した。LV、HP、MPなどは異世界転生にはつきものである。


「そんなのあるわけないじゃない」

「えっ、レベルやステータスがないの?」

「ないわよ。人の能力を簡単に数値化できるわけないじゃない。≪ステータスオープン≫? 自分の能力を数値化できる魔法なのよね。まぁ、発想としては面白いわ」

「≪ストレージ≫の魔法はあるのに……」

「さっきも言ったけど魔法はイメージが大切なのよ。仮に≪ステータスオープン≫の魔法があったとして、表示される数値は主観的で相対的なものなってしまって、全然役に立たないでしょうね」


 この世界を管理する女神の一柱であるアリューシャがそういうのだから間違いないだろう。この世界にレベルやステータスという概念はない。自分の経験で自己の体力や魔力などを把握するしかないのだ。


 ふと気がつくとアリューシャはふわりふわりと飛んで、すでに5mほど先にいる。あわてて僕は小走りしながらアリューシャのあとを追いかけた。


「ちょっと待ってよ、アリューシャ」

「変なことばかり言ってないで、いつ魔物と遭遇するか分からないから十分に警戒しなさい」 


 そう言いながら振り向いた可愛さレベル99の女神様は、僕に魅力999のウインクをしたのだった。

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