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18 絶望と希望


「老いぼれが……無駄な抵抗をしおって」


 グリゴアの私兵によって、クロードはほとんど抵抗できず地面に組み伏せられていた。


「貴様ぁ! なぜエリック様の命を狙った!」

「ぐふふ……分かっているのだろう? そして私がここに来た理由も分かるだろう?」

「貴様の所業、許されることではない! アリューシャ様の天罰が下るぞ!」

「ぐふふ、神頼みか……少し黙ってろ!」

「――ぐはっ!!」


 グリゴアが地面に伏しているクロードの顎を蹴り上げた。周りの兵たちが笑いながらそれを見ている。


「エルガー卿……お疲れのところ悪いが、ここで死んでもらうぞ。まぁ放っておいても勝手に死にそうだがな……ぐふふ」


 グリゴアの言葉に兵たちはさらに声を上げて笑った。そして、グリゴアと数人の兵がエルガーを取り囲んだ。


「女神様……どうか、どうかお助け下さい……」


 クロードにはもはや女神の慈悲にすがることしかできなかった。しかし、そんな彼を更なる絶望が襲った。


「お前たち! 何をしている!!」


 遠くから女性の声が聞こえてきた。クロードが目をやると、ゼアヒルトが必死に馬を走らせながらこちらに向かって来ていた。それに気づいたグリゴアが醜く笑みを浮かべる。


「ぐふふ……これは手間が省けたわい」


(お嬢様! 来てはなりません!)


 クロードは必死に叫ぼうとするが、喉がかすれてほとんど声にならなかった。クロードは熱心な女神教の信徒であったが、生まれて初めて女神に対して心中で罵詈雑言を浴びせていた。


(女神よ、あなたには失望した! 正義が敗れるのが望みなのですか!? 悪の味方をするというのですか!?)


 クロードの願いもむなしく、ついにゼアヒルトがやってきてしまった。すぐに横たわるエルガーに気づき、慌てて馬を降りて2人の下へ駆け寄ってくる。


「いったい何があったというのだ!? お父様! クロード!」

「……お、お嬢様……すぐに逃げてください……グリゴアが命を狙っております……」

「何だと!? グリゴア卿、いったいどういうことだ!」


 ゼアヒルトの詰問に対してグリゴアは余裕の笑みを浮かべていた。すぐにグリゴアの私兵がゼアヒルトを取り囲む。


「ほほぅ、ゼアヒルト殿は事情を何もご存じないようですな。ぐふふ……クロード、説明してやってはどうかね?」

「クロード、何があったのか教えてくれ」

「……お嬢様……エリック様を苦しめていた元凶はグリゴアなのです……」

「――なんだと!?」


 驚きで目を見張るゼアヒルトに対し、クロードはこれまでの顛末を簡潔に説明した。グリゴアたちは相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべながら2人の会話を眺めている。


「……貴様ら……命をもって罪を償ってもらうぞ!」


 ゼアヒルトは腰を低く落として剣を構え、すぐに風魔法の詠唱を始めた。それに対してグリゴアの私兵たちも戦闘態勢をとる。しかし、グリゴアは相変わらず笑みを浮かべたままだった。


「まぁまぁ、落ち着いてくだされ……エリック殿がどうなってもよろしいのですかな?」

「貴様! エリックに何をするつもりだ!」

「ぐふふ……別動隊にエリック殿の身柄を確保するよう命じておりましてな……つまり、人質ということになりますかな。我々のうち誰か1人でも合図を送れば、残念な結果を招くことを忘れないでいただきたい」


 ゼアヒルトはグリゴアの言葉に眩暈を覚え、詠唱途中だった魔法は霧散してしまった。


「それではゼアヒルト殿、抵抗をやめて大人しく武器を捨ててもらいましょうか」


 ゼアヒルトに逆らう術はなかった。素直に剣を地面に置き、両手を頭の後ろに置いた。


「結構、結構。それでは、鎧も脱いでもらいましょうか」

「くっ……」

「嫌なら構わんよ……おい!」


 グリゴアの意図を察した1人の兵が胸元からある道具を取り出した。それは魔物に襲われた時などに救難を求めるための発煙筒だった。この発煙筒は瞬時に狼煙を上げることができ、遠くに合図を送る時にも使われることがあった。


「弟が死ぬぞ……いいんだな?」


 グリゴアの顔がさらに醜悪に歪んだ。ゼアヒルトはうつむき、身に着けていた騎士鎧を脱ぎ始めた。その姿を見てグリゴアの私兵は興奮して声をあげ囃し立てる。


「……それにしても美しい……母親も大層美しかった。まあ、結局はわしに犯されて死んだがな……」


 鎧を脱いでいたゼアヒルトの手がピタリと止まる。このグリゴアの小さな呟きは、喧騒の中でもしっかりとゼアヒルトの耳に届いていた。

 

「今……何といった?」

「ふん、聞こえていたか。言葉通りだ……わしがお主の母親を犯してやった。これからもっと可愛がってやろうと思っていたが、あっけなく自殺しおった。もったいないことよ……ぐふふ」


 ゼアヒルトにとって驚愕の真実だった。あれほど幸せそうだった母がなぜ自殺をしたのか、毎日のように考えたが答えが出なかった。自分に何か問題があったのではないか、自分が原因なのではないだろうかと自問自答する日々だった。


 母親の仇が目の前にいた。しかし、ゼアヒルトに抵抗する術はなかった。悔しさで視界が滲み、噛み締めた唇から血がしたたり落ちていた。


「エルガー、聴こえているか? 貴様の妻は、わしが奪ってやったのだ! ぐふふ……案ずるな、貴様の娘は大事にしてやる。安心して眠るがよい……さらばだ」


 グリゴアの私兵たちが剣を抜いてエルガーものもとへ向かう。


「やめろ! お父様に手を出すな! 頼む、やめてくれ……」

「申し訳ないが、わしは慎重な性格でな……将来の禍根はすべて断つようにしている」

「お願いだ! 何でも言うことを聞くから!」

「ほぉ……」


 グリゴアは思惑通りの展開に口の端を歪めて笑った。そして懐から1本の首輪を取り出してゼアヒルトに差し出した。


「では、この首輪をつけてもらうとしようか」

「これは……!?」

「ぐふふ……隷属の首輪だ。かなり値が張った古代の魔道具だ。お主のこれからの人生は、私の奴隷として過ごすのだ」


 グリゴアに言葉にゼアヒルトは絶望した。そして、彼女の脳裏にはイオリと過ごした楽しい思い出が浮かんでは消えていった。


(イオリ……ごめん……遠乗りの約束は果たせそうにない……)


 ゼアヒルトは手を震わせながらその首輪を受け取った。父と弟を人質に取られ、彼女に抵抗することはできなかった。


「さて、この女はわしが貰うとして、息子には別の玩具を用意せねばならんなぁ。何か息子が満足するような奴隷を……そういえば、冒険者ギルドの受付嬢にいい女がいるという……――ぎゃああああ!!」


 突然グリゴアが叫び声を上げた。何事かと皆がグリゴアを見ると、彼の右肩から先が完全に無くなっていた。グリゴアの肩から血が一気に噴き出し、辺り一帯を赤く染めている。


「ゼア、遅くなってごめん」


 ゼアヒルトを背にして長剣を構えていたのは、彼女の想い人のイオリだった。その頼りがいのある背中を見て、ゼアヒルトの瞳からは堰を切ったかのように涙があふれ出していた。

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