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17 閃光


「申し訳ありません、エルガー様……」

「クロードウィッグよ、ここまでよくやってくれた」


 赤土の荒野一面に大量の魔物の死骸が横たわっている。戦いは早朝から始まったがすでに陽は傾きつつあった。戦いは激戦となり、部隊で動けるのはエルガー様と私だけになっていた。しかし、ついに私の足も疲労でもう動かなくなってしまった。


 これまで数えきれないほどの魔物を倒してきたが、前方にはまだ魔物の群れが残っていた。数はおよそ200程だろうか。低級が大半だが、最悪なことに一部Cランクの魔物の姿も見える。


「あとは私に任せて、お前はここで休んでいろ」


 エルガー様が単独で魔物の方に向かって歩みを進める。驚いた私は、あらん限りの声を振り絞ってエルガー様を引き止めようとした。


「エルガー様、お待ちください!! ここは撤退すべきです!!」


 しかし、エルガー様は私の方を見て優しく笑みを浮かべた後、魔物の群れへ向かって駆けて行った。やむなく私は地面に這いながら、必死にエルガー様の後を追いかけた。


 私が全身を土で汚しながらしばらく進むと、ようやく遠目にエルガー様が魔物と戦う姿が見えてきた。私の目に映るエルガー様の身体からは、青白い光が炎のように立ち昇っていた。そのお姿を見た瞬間、私の胸は強く締め付けられたのだった。


「エルガー様……それだけはなりません……」


 私はかつて一度だけエルガー様のこのお姿を見たことがある。それは20年以上も昔のことだった。当時は私もエルガー様もまだ若く、騎士の訓練の一環として度々魔物の討伐に出かけていた。私もよくそれにお供し、一緒にたくさんの魔物を狩った。


 そんなある日、いつものように2人で魔物の討伐に向かっていた。その途中の街道で、魔物の群れに襲われている馬車を発見した。私たちは生存者を救出するべく馬を走らせたが、到着した時にはすでにほとんどが犠牲になった後だった。


 しかし、奇跡的に生存者が1人だけいた。10代前半くらいの少女が魔物に囲まれており、今にも命を散らそうとしていた。私は救出に飛び出そうとしたが、すぐに足を止めてしまった。なぜなら魔物の群れの中に、炎のような赤い目に巨大な黒い体をしたヘルハウンドがいたからだ。


 このような所に魔犬ヘルハウンドがいたことに私は驚愕した。ヘルハウンドはCランクの魔物であり、とてもではないが今の私に歯が立つ相手ではない。奴と目が合った瞬間に私の足は竦み、死の恐怖に体の震えが止まらなくなった。


 しかし、エルガー様は少女を救うために何の躊躇いも見せなかった。剣を構えると一気に魔物の群れの中に飛び込んでいった。


「エルガー様! 無茶です! お戻りください!!」


 私は必死に叫んだが、エルガー様はこちらを振り向くことなく魔物に斬りかかった。エルガー様の動きは凄まじく、低級の魔物を一気に蹴散らしていた。エルガー様の身体を纏う青白い光に私が気が付いたのはその時だった。


 あっという間に雑魚を切り伏せたエルガー様は、残ったヘルハウンドに戦いを挑んだ。想像を絶するエルガー様の苛烈な攻撃に、ヘルハウンドはほとんど抵抗できず戦いは一方的に終わった。


「あ、ありがとうございます……」


 間一髪で命を救われた少女が、暗い表情でエルガー様にお礼を言っていた。この少女がのちにエルガー様の奥方様になるとは、この時の私には想像もできなかった。


 このあと私たちは少女を村まで送り届け、犠牲になった者たちの埋葬を手伝った。そこで分かったことだが犠牲者は少女の家族であり、今回の件で少女は完全に身寄りを失ってしまったということだった。


 結局、この少女はエクスタイン家で保護することになった。そして、すでに日が暮れていたこともあり、私たちは村人の厚意でこの村に一泊することになった。


「ぐ、ぐうううぅぅ……」


 深夜、私は何かが呻き苦しむような声を聴いて目を覚ました。辺りを見回すと、エルガー様が胸を押さえて苦しんでいた。ベッドの上で悶えるエルガー様の口元は血で汚れていた。


 田舎の村に医者は期待できないため、私は手持ちの薬を使いながら少しでもエルガー様の苦しみを和らげようと尽力した。そして、夜が明けようとする頃に、ようやくエルガー様は落ち着きを取り戻した。


 エルガー様が一命を取り留めたことに私は安堵し涙した。エルガー様は私に感謝の言葉を伝え、事情をすべて話してくれた。


「これは、私のスキルの代償なのだ」

「スキルというとあの炎のような青白い光のことでしょうか?」

「そうだ。私のスキルは天使ゼルエル様の祝福として授かったものだ。スキルの名は“閃光”という」

「閃光……そのスキルの効果というのは……」

「自身の身体能力を極限まで引き上げることができる……ただし……」


 私にはエルガー様の言わんとすることをすぐに理解することができた。先ほどまでのエルガー様の状況から予測するのは容易だった。


「自身の身体に大きく負荷を掛けることになるのですね」

「そうだ……もう少し端的に言えば“命を削る”ということだ」

「なんという……なんという無茶を……」

「ははは、それで少女の命を救えたのなら安いものだ」


 そう言ってエルガー様は屈託なく笑ったのだった。この時に私は決意した。もう二度とエルガー様が同じことを繰り返さないで済むように、私自身がもっと強くならなければならないと……


 あれから20年以上が経ち、再びエルガー様がスキルを使わざるを得ない状況を招いてしまった。あの青白い光の炎はエルガー様の命が燃えているのだ。今の私にはエルガー様をただ見ていることしかできない。自身の老いをこれほど恨めしいと思ったことはなかった。


◇◇◇


 気が付くと魔物の群れは完全に沈黙していた。私は必死に立ち上がり、なんとかエルガー様の下へ向かって足を動かした。そしてようやくたどり着くと、エルガー様は静かに地面に横たわっていた。


「エルガー様! エルガー様!」

「……クロードか……目が見えぬ……」


 私は涙を流しながらエルガー様を抱きかかえた。エルガー様は満足そうに微笑んでいるが、私はエルガー様の命が尽きようとしていることを瞬時に悟ってしまった。


「……クロード……これで魔物は全滅か? 領都はこれで大丈夫か?」

「はい。辺りに魔物は1匹も見当たりません。領都は……領民は無事に守られました!」


 私の言葉にエルガー様はゆっくりと頷いたが、徐々に瞳から光が失われようとしていた。


「エルガー様! しっかり、しっかりなさっ――ぐうっ!!」


 突然、私の左肩に激痛が走った。どうやら何者かに背後から矢を射られたらしい。


 私が顔を歪めながら振り返ると、笑みを浮かべたグリゴア卿が私兵を引き連れて立っていた。私はグリゴア卿の目的を瞬時に悟り、エルガー様を守るために剣を抜いて構えたのだった。

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