16 天使
私の名前はアメリア。Dランク冒険者パーティー“無限の光”に所属する魔導士です。パーティーメンバーは私を含めて4人。重戦士・軽戦士・弓術士・魔導士というバランスのとれた構成です。女性は私だけであり、最年少で魔導士ということもあって仲間内では甘やかされています。
このメンバーでパーティーを組んで5年が経ちました。私たちは順調にランクを上げ、半年前にDランクに昇格することができました。Dランクになるということは、私たちのパーティーの実力が“優秀”として認められた証拠です。昇格が決まった日、私たちはみんなで喜びを分かち合い、盛大に祝杯をあげました。
昇格が決まったその日、もう一つ私にとって嬉しい出来事が起きます。弓術士のイザークから結婚を申し込まれたのです。私は涙を流しながらそれを了承し、彼に抱きついたのを昨日のことのように覚えています。私たちの結婚式は再来月(光の月)に決まり、仲間たちも祝福してくれました。
その後も私たちはランクを上げるべく様々な依頼に挑戦し続けました。私たちでも攻略可能な範囲で、できるだけ難易度の高い依頼を受けるようにしました。私たちは憧れのCランク昇格へ向けて、心を合わせて邁進していました。
そして今回、私たちはスタンピード討伐戦に参加することになります。これまでのどの依頼よりも危険だということは認識していましたが、破格の報酬と昇格査定が魅力的な案件でした。
……もしかしたら、私たちは急ぎすぎていたのかもしれません。もし次があれば、もっと慎重に進もうと思います。あるいは、私たちは慢心していたのかもしれません。やり直せるならば、もっと謙虚になろうと思います。
そう、初めは順調でした。魔物は数が多いとはいえ低級が多く、いつものように連携を取りながら順調に倒していました。戦いが始まって2時間ほど経った頃でしょうか。さすがに疲れが溜まってきたなと思っていたら、突然その魔物は私たちの目の前に現れました。
C級の中でも上位の魔物とされているイビルマンティスでした。疲弊した今の私たちには荷が重い相手です。巨大な昆虫の姿をしており、両手の鎌を入れると高さは3mほどにもなります。
大きな複眼がギョロリと動き、それは私たちの姿を確実に捉えていました。
すぐに仲間から「撤退するぞ!」という声が聞こえましたが、気付いた時には前衛の2人は身体をバラバラに切断されていました。ただの肉塊となった仲間を、私は呆然と見ていることしかできませんでした。
「アメリア、逃げるんだ!!」
弓を構えたイザークが必死の形相で私に向かって叫んでいます。しかし、私の足はガクガクと震えて全く動きませんでした。
「くそっ! 来るなっ!」
イザークが何本も矢を連射します。それらは命中しますが、イビルマンティスはまったく意に介さずものすごい速度で彼に接近しました。その姿は、まるで死神が鎌を持って迫ってくるようでした。
「逃げろ! 頼む! 逃げてく――」
次の瞬間、彼の右腕が宙に舞っていました。それと同時に彼がバタリと前のめりに倒れ込みます。
「いやあああああああ!!!」
私は大声で叫び、腰を抜かして座り込んでしまいました。その叫び声に反応したイビルマンティスは、次の狙いを私に定めて動き出します。間違いなく私はここで死ぬ……そう確信しました。ただ、彼と一緒に死ねるのならばそれもいいかと思い、私は完全に生きることを諦めました。
目をつぶり覚悟を決めましたが……なぜか私に死の瞬間は訪れませんでした。恐る恐る目を開けると、眼前には死神の鎌を長剣で受け止める天使様の姿がありました。
天子様は死神の鎌を押し返すと、なんと一振りで真っ二つに切り裂いて倒してしまいました。そしてこちらに振り向き、恐れ多くも私に声をかけて下さいました。
「大丈夫かい?」
私は何度も頷いたあと、「イザークをお救い下さい!」と不遜にも天使様にお願いをしてしまいました。彼の傷はどう考えても重傷で、私の持っている低級のポーション類では助かる見込みがなかったからです。
私の不躾なお願いに頷いた天使様は、イザークに近づき無詠唱で回復魔法をかけて下さいました。天使様が回復魔法を唱えるお姿は、あまりにも崇高で美しく私は心を奪われました。
「右腕は元には戻せないけれど、命に別状はないはずです」
天使様のお言葉に私は心から安堵し、涙があふれて止まりませんでした。
「じゃあ、僕はこれで。まだたくさん魔物が残っているからね」
立ち去ろうとする天使様を慌てて私は呼び止め、両膝をついて頭を下げてお礼を言いました。
「本当にありがとうございました。天使様のご恩は一生忘れません」
「天使様? それって僕の事?」
「は、はい。あの圧倒的な強さと神々しさ……違うのですか?」
「いやいや、僕はただの冒険者ですよ。お仲間の遺体は僕の方で預かっておきますので、2人で早く街に戻って体を休めてください」
なんと、天使様は私と同じ人族だというのです。強力な魔物を一撃で倒し、無詠唱で魔法を唱えるお姿からは、とても同じ人族とは思えないのですが……その時、私は一つの結論に至りました。
もしかして、天使様が人の姿で降臨なされたのでは?
そうとしか思えません。女神アリューシャ様が苦しむ私たちを救うために、人の姿をした天使様を遣わして下さったのでしょう。
「あ、あの……お名前を教えていただけませんか?」
「C級冒険者のイオリと言います。それではこれで失礼します」
こうしてイオリ様は私たちの命を救って颯爽と去っていきました。私はしばらくの間、放心状態でその背中を眺め続けたのでした。
私は今日をもって冒険者生活を引退することを決めました。田舎に帰って教会で女神様に仕えるのです。女神アリューシャ様と天使イオリ様へ感謝の気持ちを忘れずに、仲間の冥福を祈る日々を送ることにしようと心に誓いました。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……どうだ? 残りの敵はどれくらいだ?」
「副団長、残りは100匹ほどでしょうか。もう少しです」
「よし、みんな! もうひと踏ん張りだ! 一気に畳みかけるぞ!」
朝から始まった戦いもすでに昼下がりの時間になっていた。ゼアヒルトの率いる部隊は複数名の重傷者こそ出たものの、これまで奇跡的に1人の殉職者も出していなかった。しかし、長時間の戦いで全員が疲労困憊の状態で、半数は後方に下げて休憩を取らせていた。
「副団長も後方に下がって休みを取ってください。まだ一度も休まれてないでしょう?」
「いや、私は大丈夫だ。それよりもお父様が心配だ。早くここでの戦いに決着をつけて助けに向かわねば」
ゼアヒルトは父が戦っているであろう戦場の方角を見ながら言った。
「副団長、よろしければこの戦場については我々に任せて、騎士団長の下へ向かって下さい」
「その申し出はありがたいがそんな無責任なことは……」
「敵の数ももう底が見えています。ここは我々だけで大丈夫です。騎士団長に万一のことがあってはなりません」
「しかし……」
しばらく悩んでいたゼアヒルトであったが、結局は騎士たちの厚意に甘えることにして、父のいる戦場へ馬を走らせたのだった。




