15 醜い姦計
一帯は赤土の荒野だった。キリアンさんに率いられた冒険者部隊は、ここで魔物の群れを迎え撃つことに決まった。今回は魔物を迎撃するにあたって、基本的に各パーティー単位に分かれて戦うことになる。他人と組んでも慣れない連携に戸惑い、力を十分に発揮できないだろうとの配慮からだ。
「今回、君にはソロとして自由に動いてもらう。苦戦しているパーティーがあったら都度助けてやってくれないか?」
キリアンさんからそう提案され、僕は「それでいい」と頷いた。ちなみに、今回のスタンピード討伐戦に単独で参加している冒険者は僕1人だけだそうだ。キリアンさんも昔の仲間と一緒にパーティーを組んでいる。
「へーえ、この可愛い顔をした坊やが領都防衛の秘密兵器ねぇ……」
長身で筋肉質の女性が僕に近づいてきた。髪型は黄色のショートで年齢は30代後半くらいだろうか。使い込まれた革の鎧と右手に持つ大斧は、彼女の強さを十分に物語っていた。ただ、何よりも気になったのは、彼女の頭とお尻についている獣の耳と尾だった。
「ねぇ坊や、よかったらこんな所じゃなくてお姉さんともっと良い所に……」
「おい、こんな時になにやってんだこの馬鹿が!」
キリアンさんがやってきて女性の右肩を後ろから掴んだ。かなり強い力で肩を引いているようだが、女性は微動だにしない。
「すまないな、イオリ。彼女は昔一緒にパーティーを組んでいたジータだ。強さは折り紙付きなんだが、いかんせん男癖が悪くてな。特に君みたいな若い男性に目がない」
キリアンさんが頭を掻きながら僕に謝った。僕は「気にしていない」と答えたが、当のジータさんは僕を凝視したまま固まっている。
「おい、ジータ。どうした? この子があまりにも可愛すぎて思考停止状態か?」
「か、可愛いなんてもんじゃないわ……き、キリアン……この坊や……とんでもない力……」
「だから言っただろう。この戦場ではイオリ君が鍵になるって」
「……久しぶりに興奮しちゃ――どうしたの? お姉さんの耳と尾が気になるの?」
僕は素直に頷いた。それに対してジータさんは笑いながら説明してくれた。
「あたいは獣人さ。正確には狼獣人だね。どうだい? かっこいいだろ?」
「かっこいい……というか可愛いですね」
「はっ!?」
僕の言葉になぜかキリアンさんが口を開けて固まっている。
「あ、あああああたいが……かわいいだって!? そ、そんなことないから……そんなわけ……」
ジータさんは手を振って僕の言葉を否定していたが、やがて顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「イオリ君……君ってやつは……」
キリアンさんがジト目で僕を見ながらため息をついた。僕にはさっぱり意味が分からなかった。
「なぁ、キリアン……」
「どうした? ジータ」
「今回の報酬、金貨20枚だったよな」
「ああ、間違いない。前金できっちり20枚渡しただろう」
「いらない」
「あ?」
「金貨いらないから……返すから……」
「それはどういう……」
「この子が欲しい。この子を報酬にしてくれ」
「おいおい……無茶言うなよ……」
僕の目の前で2人が言い争いを始めてしまった。やはり僕には2人の言い争いを見守ることしかできなかった。
「他の子じゃだめ。絶対にこの子がいい。だってあたいのことを可愛いって……かっこいいじゃなくて可愛いって……そんなの初めてで……」
「いやいや、イオリ君にも選ぶ権利があってだな……何よりも彼は白薔薇嬢のお気に入りだぞ」
「白薔薇……ゼアヒルトのことか?」
ゼアヒルトの名前が出た瞬間、ジータさんの頬が引きつった。2人の間に何かあったのだろうか?
「そうだ。おまえさん白薔薇を敵に回すのか?」
「白薔薇はまずい……わかった。我慢する……でもちょっとだけ――……来たよ!」
急にジータさんが真剣な表情になり目を細めて遠くを見た。どうやら魔物の群れが目前に迫っているらしい。僕の目にも地平線上にうごめく黒い影と、もうもうと上がる砂埃が見えた。周りの冒険者たちから一瞬どよめきが起きたが、経験豊富な彼らはすぐに落ち着きを取り戻して戦闘態勢を整えていた。
◇◇◇
領都にあるシュレヒテ家の館の庭に、とてもガラの悪そうな連中が集まっていた。彼らはゴッドフリートがシュレヒテ領から率いてきた私兵である。グリゴア子爵は表に出すことのできない案件を処理する際に、この“ならずものたち”を常々用いていた。
「ゴッドフリートよ、今が我がシュレヒテ家にとって大きな決断の時である。密偵の報告で“あの医者”が辺境伯の下へ連行されたことが確認された。そして、わしの下へ辺境伯から召喚状が届いた」
父の言葉にゴッドフリートは情勢がひっ迫していることを察し、顔を青くして体を震わせた。
「ま、まことですか! そ、そうであれば、シュレヒテ家は終わり……私のハーレムが……私のゼアヒルトが……」
「落ち着かんか! この馬鹿息子が!」
グリゴアが一喝し、ゴッドフリートの体の震えがピタリと止まる。
「ち、父上……何か良策が?」
「これは転機だ。これを機に我がシュレヒテ家をさらに飛躍させることができる……ぐふふ」
何かを確信した父の笑みを見て、ゴッドフリートの表情に明るさが戻った。考えてみれば、父グリゴアはこれまで何度も危機的状況を潜り抜けてきた政界の魔物のような男である。父がそう言うのならば、今回もきっとなんとかなるのではないかという気になってくる。
「そのためには、エクスタイン家の者には消えてもらう必要がある」
「で、ではゼアヒルトも……」
「いや、ゼアヒルトは捕らえて生かしておく……ぐふふ。まあ最悪の場合は命を奪う必要もあるかもしれんがな」
「あ、ありがとうございます! ……ふひひ」
グリゴアとゴッドフリートは何か妄想を膨らませたのか、親子して醜悪な笑みを浮かべていた。
「しかし父上、エクスタイン家は剛の者揃いです。当主エルガーやゼアヒルトはもちろんのこと、執事のクロードウィッグもかなりの手練れと聞いています。取り急ぎ私兵を60人ほど率いては来ましたが、取り逃がすかもしれません」
「ぐふふ……天は我に味方せり。今、領都はスタンピードで混乱しておる。エクスタイン家の連中は前線で大きく傷つくだろう。そこを襲えば間違いなく事は成る」
グリゴアは確信に満ちた表情で手にしていた酒を飲んだ。
「なるほど……では、エクスタイン家の連中を消した後はどうされますか? 他に真相を知る者がいるかもしれませんが」
「消すのはそれだけで十分だ。有象無象が騒ごうがどうということはない。あとは辺境伯を丸め込めばそれで終わりだ……そして……」
「そ、そして……?」
グリゴアが笑みを消して無表情となると、父をよく知るゴッドフリートはただならぬ予感に息を吞んだ。
「機会を伺い……アレグリアを討つ。そして、王国からの独立を宣言する」
ゴッドフリートは部屋の温度が一気に何度も下がったように感じた。夏の真っ只中だというのに鳥肌が立ち、体の震えが止まらない。父が謀反まで考えていたとは想像だにしていなかった。
しかし、これが成功すれば父の遺産を継承するのは自分なのである。自分が王となる姿を想像して、ゴッドフリートは恍惚を覚えた。
「父上、独立を宣言しても大丈夫なのですか?」
「この国の王は老齢にして家臣は脆弱。それゆえ独立は至極簡単に成るし経済基盤も問題ない。オルトヴァルド辺境伯領……いや、我がシュレヒテ王国領には宝庫“死の樹海”があるのだ」
財務長官であるグリゴア子爵はシャルウッド樹海の有用性について誰よりも理解していた。この樹海の支配権を確保しておけば、人は自然に集まり交易は栄えるのだ。もちろん今回のスタンピードのような諸刃の剣にもなりうるのだが。
こうして親子の密談が佳境に入ってきたとき、「コンコン」とドアをノックする音が響いた。
「誰だ? 邪魔をするなと言ってあっただろうが」
「旦那様、申し訳ありません。火急の要件です」
「ちっ、分かった。入ってこい」
ドアが開き執事が早足でグリゴアに近づくと、1枚の手紙を差し出した。それに目を通したグリゴアに喜悦の表情が浮かぶ。
「いかがなされたのですか、父上?」
「ぐふふふ……やはりわしは天に愛されておる。息子よ……獣人国が動いたぞ」
「まさか、獣人国による侵攻ですか!? ど、どこへ?」
「オルトヴァルド辺境伯領……つまり、領都がさらに手薄になることは間違いあるまい」
そう言ってグリゴアは目をつぶり思考を始めた。ゴッドフリートは父の癖を知っているため、しばらく黙って父の考えがまとまるのを待った。
静かな時間が流れ、30分ほど経つとようやくグリゴアは目を開いた。
「わしは私兵を率いてエルガーを討つ。まあ、魔物に殺されておるかもしれんがな。おまえは急ぎシュレヒテ領に戻って領兵を整えよ。すぐに領内の貴族に緊急動員がかかるはずだ」
さすがにグリゴアは今後の流れを完全に読み切っていた。ただ、彼にとっての誤算はイオリの存在になるのだが……今の彼らにそのことを知る由はない。
「私は辺境伯の軍に合流すればよいのですか? ですが、それは認められるのでしょうか?」
「戦力の確保が喫緊の状況で、みすみすそれを逃すことは絶対にない。監視はされるだろうが、参戦は認められるはずだ」
父の言葉にゴッドフリートは納得し大きく頷いた。
「うむ、そこで大人しくわしからの命令を待て。辺境伯から決して離れるなよ……いや、きっと辺境伯はお前を手元に置こうとするだろうな」
「分かりました。父上からの吉報とご命令をお待ちしております……ふひひ……」
こうして、領都の危機を好機ととらえたグリゴア子爵の醜い姦計が動き出したのだった。。




