14 騎士団長の矜持
夜が明けた。おそらく今日という日は、この国の歴史に大きく刻まれることになるだろう。それは栄光の1日となるのか、それとも暗黒の1日になるのだろうか……
僕は装備を整えて、ギルドの前に集まった冒険者集団の中にいた。ここにいるのはスタンピード討伐に参加することを決めた冒険者たちである。報酬は破格で、ランクに関係なく金貨20枚が前金で配られた。もちろん成功報酬も配られる予定だし、何よりも倒した魔物はあとでギルドに買い取ってもらうことも可能だ。
しかし、この好待遇に浮かれている冒険者は1人もいない。今回の依頼の危険性を考えると、金貨20枚は決して高いとは言えない金額だった。なにしろ、これまでに目にしたこともないような魔物の大群が迫っているのだ。冒険者たちが生きて帰れる保証はどこにもない。
この冒険者集団およそ200名の指揮を採るのが、副ギルドマスターのキリアンさんだ。元B級冒険者で信望も厚い彼なら間違いはないだろう。しかし、当の本人はあまり乗り気ではないようで、「ギルドマスターがいればなぁ……」と悲しそうに呟いていた。
ちなみに、今回参加する冒険者の多くが経験豊富なベテランだ。激戦が予想されるため、若い冒険者や低級の冒険者は参加を断られている。報酬が魅力的なためなかなか引き下がらない冒険者もいて、彼らにはキリアンさんが直に説明をして納得してもらっていた。
エミリアとニーナが2人で並び、心配そうな表情でこちらを見ている。僕は安心させるために2人に向かって手を振った。ニーナは大きく両手を振り、エミリアは控えめに手を振り返してくれた。僕はそれを見ながら北門に向かって出発したのだった。
「やっほー、イオっち♪」
北門に向かう途中、リーリカが僕の肩を「ぽん」と叩いた。紅の乙女の3人もこの討伐戦に参加するようだ。考えてみれば、正義感の強い彼女たちが街の防衛に参加するのは当然と言えた。
「あ、早速その長剣を使ってくれるんだね。うんうん、似合ってるよ!」
僕は誕生日にプレゼントされた刀を腰に佩いていて、それをエルマが嬉しそうに指さしている。正直に言うと使うのが少しもったいないが、街を守るために出し惜しみをしている場合じゃないと考えたのだ。
「お姉ちゃんも頑張るから、しっかり見ててね」
ディアナが僕の右手を握ったが、彼女の手が少し震えているのが分かる。エルマとリーリカも口調は軽いが、やはり普段と違い表情には緊張感があった。
北門近くの広場に着くと、すでに騎士団が集まって整然と並んでいた。それ以外の兵士が見当たらないのが気になったが、とりあえず僕たち冒険者もそこに加わって整列した。
しばらくすると、騎士団長であるエルガーさんが前に出て仮設の壇上に登り、今回のスタンピード討伐戦についての説明を始めた。
「私は騎士団長のエルガーだ。今回の討伐戦の指揮を任された。魔物の群れはすでに領都の北15kmほどに迫っている。その数はおよそ1600で、D級~F級の魔物が大半だ。だが、一部C級の魔物も確認されているので注意が必要になる」
僕の周囲にいる冒険者たちからどよめきが起きる。やはり1600というとてつもない魔物の数に動揺しているのだろう。しかし、それを無視するようにエルガーさんは話を続けた。
「今回の討伐戦には、諸事情で領都の常備兵を動員することができない。ここにいるものだけで魔物と戦うことになる」
このエルガーさんの発言により、一瞬の静寂が広場一帯を支配した。そしてしばらくして冒険者たちから一斉に不満の声が上がった。
「皆が不満に思うのも無理はない……だが、詳しい事情は話せないのだ。ただ、領都に迫っている危機は1つではないということだ。そちらには辺境伯が自ら常備兵を率いて対応されている」
しかし、冒険者たちの不満の声はなかなか収まらない。このままでは戦意の低いまま魔物に対峙することになりとても危険だ。だが、エルガーさんは動じることなくみんなの様子を壇上から眺めていた。
そして、エルガーさんは唐突に抜刀して剣を地面に突き刺し大声を発した。
「怖気づいた者はここから去ってもらって結構! 我々騎士団が責任をもって魔物の侵攻は食い止める! ただ、現在この領都は危機的状況に追い込まれている。もしよければ、我々が愛するこの領都を守るために力を貸してもらえないだろうか?」
そう言ってエルガーさんは丁寧に頭を下げた。エルガーさんの隣に近侍するクロードさんも一緒に頭を下げている。その姿に多くの冒険者が驚きで目を丸くしていた。
貴族、それも子爵位にある者が平民に頭を下げるなど普通はあり得ない。真摯に冒険者に向き合おうとするエルガーさんの姿勢は、多くの冒険者たちの感情を揺さぶった。エルガーさんの熱意が通じ、結果として1人の冒険者もこの場を去ることはなかった。
「君たちに感謝する……さて、魔物は主に3つの集団に分かれて領都を目指している。そこで我々も部隊を3つに分けることにする……ゼアヒルト!」
「はい!」
「お前は騎士200を率いて北西から侵攻する魔物400に対峙せよ」
「騎士200とは多すぎませんか? 魔物は他にも……」
「若輩者が口出しするな! そちらに上位の魔物が多いからそうしているだけだ」
「……かしこまりました」
ゼアヒルトが悔しそうな表情をしている様子が見えた。確かに魔物400に騎士200を割けば、こちらに残された兵は騎士100と冒険者200になってしまう。ゼアヒルトが疑問を持つのも当然だった。
「次にキリアン殿!」
「ははっ!」
「あなたには義勇兵(冒険者)200を率いてもらい、北東から迫る魔物400を討伐してもらうことになる。数の上では不利だが、魔物の討伐に慣れた冒険者諸君であれば問題ないと思うがいかがかな?」
「委細承知いたしました。北東につきましてはご安心いただきたい」
これまでに死線を何度も潜り抜けているキリアンさんは堂々としていた。そして、指揮官の自信にあふれるこの姿が、率いる兵の士気を高めることも理解していた。エルガーさんも頼もしそうに笑みを浮かべて頷いている。
「最後に……私が率いる騎士100で残りの魔物800を撃破する。作戦は以上だ」
この言葉に再び周囲からどよめきが起きた。明らかにエルガーさんの部隊の数が少なく、これでは心配するなという方が無理である。しかも、この800の魔物の中にB級やC級クラスがいないとは限らないのだ。
「静まれっ! 諸君は何か勘違いをしているようだ。私が率いる騎士は精兵中の精兵……厳選された勇士たちだ。数は少なくとも何ら問題はない。むしろ足手まといが少なく戦い易いとさえ言える。それに魔物は数は多いが、その多くが低級で連携も取れない烏合の衆だ」
エルガーさんの言葉には歴戦の強者が語る重みと説得力があった。「足手まとい」という語句も、あえて使ったのだと気付かない者はここにはいないだろう。僕たちはエルガーさんの言葉に、騎士の覚悟と誇りを感じ取った。
「さて、諸君……後ろを振り返りたまえ」
エルガーさんに促されて、僕たちは広場の後方を振り向いた。そこには大きな石碑が静かに佇んでいた。そう、10年前のスタンピードで勇敢に戦い、そして命を散らした者たちの名が刻まれた英魂碑である。
「よいか皆の者! 我々のこれからの戦いをこの英魂碑が見ている! 果敢に戦い散っていった彼らに、恥ずかしい姿は見せられぬ! 偉大な先人に倣い、我々もこの街と住民を守るために死力を尽くすのだ!!」
エルガーさんの激に一瞬の沈黙が流れる……そして……
「「「……――うおおおおおおおおおっ!!!」」」
皆が大声をあげて応えていた。その中には10年前に失った家族や友人を思い出したのか、涙を流している者もたくさんいた。僕たち討伐隊の士気は最高潮に達し、いよいよ北門を抜けてスタンピード討伐へ出発することとなった。
「やあ、イオリ……」
北門を抜けてすぐの所でゼアヒルトに話しかけられた。先日の教会のことを思い出し、なんだか少し恥ずかしかった。
「ゼアと一緒に戦えないのが残念だよ……」
「イオリはキリアン隊の要だからな。さすがにこちらに移ってもらうわけにはいかない」
「ゼア……僕は約束を破るつもりはないよ。だから、今回は側にいてあげることはできないけれど、必ず生きて帰ってきてほしい」
僕の言葉にゼアヒルトは微笑を浮かべた。朝日に照らされたその笑顔は、きらきらと輝く白金の髪と相まってとても美しかった。
「……私を誰だと思っているのだ? 騎士団の副団長だぞ。それに過保護なお父様があれだけの兵を預けてくれたのだ……大丈夫だよ。この戦いが終わったら、一緒に遠乗りにでも行こう」
「僕は乗馬の経験がないよ」
「そんなことは承知の上だ」
僕がどういうことかと首をかしげると、それが可笑しかったのかゼアヒルトは声を出して笑った。
「ふふっ……馬には私と一緒に乗ればいいだろう? イオリが落ちないように、後ろからしっかり抱きしめてやるからな」
こうして僕はゼアヒルトと遠乗りの約束をした。そして、彼女は僕の目を見ながら一度頷き、颯爽と馬にまたがって去っていったのだった。




