10 天国に限りなく近い地獄
突然始まったジャンケン大会の結果、僕の右隣にアリューシャが、左隣にリーリカが座ることになった。おそらくアリューシャは何らかの能力を使ったのだろう。
「ふふふん♪ 私が本気を出せばこんなものよ」
「よ~し、じゃあイオっちの16歳の誕生日を祝して乾杯をするよ~」
エミリアがみんなのグラスにお酒を注ぐ。それはワインに似て淡いピンク色をしていて、とても美しかった。
「「「お誕生日おめでとう! かんぱ~い!」」」
僕はおそるおそるグラスに口をつけてお酒を飲んだ。イチゴやラズベリーのようなフルーティーな香りと甘みが口の中に広がり、お酒が初めての僕でも美味しく感じることができた。
「イオっち、ア~ン」
リーリカがフォークにキマイラの肉を刺して僕の口元へ運んでくれた。僕は遠慮なくそれにかぶりつく。ローストビーフのように蒸し焼きにして薄くスライスされたキマイラの肉は、僕がこれまでに食べてきたどの肉よりも美味しかった。かけられているソースもぴったりで、肉のおいしさを引き立てていた。
「ちょ、ちょっと、リリー! それはあたしが準備したプレゼントなんだから……」
「イオっち、もう一度食べる?」
キマイラ肉のあまりの美味しさに僕は反射的に頷いていた。すぐにリーリカが再度僕の口元に肉を運んでくれた。
「さすがはBランクの魔物にゃ」
「私も初めて食べました。こんなにおいしいなんて……イオリ様に感謝ですね」
「でもこれ、相当高かったはずよ。エルマ、本当にお金は大丈夫なのかしら……」
みんなは次々とキマイラの肉を皿にとっていた。エルマも負けじと慌てて肉を口いっぱいに頬張り、感激の涙を流していた。
「ほら、伊織! こっちのお魚も美味しいわよ……口を開けなさい」
アリューシャも僕の口元に次々と食事を運んでくれる。まるで王様になったかのようだが、せっかくの誕生日なので厚意に甘えることにした。このあと、ピザとケーキもディアナとニーナに食べさせてもらった。どちらもとても美味しくて夢中で食べてしまった。
「ちょっとニーナ! ケーキは私がイオリ様に食べさ……」
「みんな、酔って忘れないうちに!」
突然エルマが立ち上がって声を上げ、女性陣の顔を見回した。訳が分からないという顔をしているのは僕とアリューシャだけで、他のみんなはエルマの目を見て頷いている。そして僕たちを残してみんな部屋の外へ出て行ってしまった。部屋に残された僕とアリューシャは首をかしげるしかなかった。
やがてみんなが部屋に戻ってきた。いったい何だったのかと僕がエルマに尋ねようとすると……
「それでは、改めてイオリ君、お誕生日おめでとう!」
「「おめでとう!」」
「これは、私たち紅の乙女からイオリ君へのプレゼントです!」
エルマがそう言うと、リーリカとディアナが細長い箱を二人で運んできた。長方形をしたその箱は、僕が両腕を広げたくらいの長さがあった。僕は拍手の中でそのプレゼントを受け取り、さっそく箱を開けてみた。
「これは……すごい……」
箱の中からは鞘に収められた長剣が出てきた。いや、これは長剣というよりも……まるで刀のようだった。鞘を抜くと、刀身に美しい刃文を確認することができた。
「それは鬼人の国でつくられた剣みたいだよ。この前、あたしたち3人で武器屋に行ったときに見つけたのよ」
「弟君にお礼も兼ねてのプレゼントよ」
「イオっちに似合いそうだと思ったの!」
「本当にありがとう。でも、これは高かったんじゃ……」
僕は刀に詳しいわけではないが、これがかなり高額な武器だとういうことは容易に想像できる。
「えへへ~、それね、なんと金貨2――むぐ……」
「もう、リリーは余計なことは言わなくていいの!」
エルマが慌ててリーリカの口を塞ぐ。それを見て、僕は野暮なことを聞いてしまったと反省した。そして丁寧に刀を鞘に納め、改めて3人に感謝の意を伝えた。
「大事に使わせてもらうね」
「うんうん。これまで以上の活躍を期待してるよ!」
「弟君に喜んでもらえたようでうれしいわ」
「また僕たちと一緒にクエストに行こうね!」
3人が笑顔で僕を取り囲む。僕の側にいたアリューシャは頬をふくらませていたが、特に口を出すことはなかった。
「さぁ、次は私たちの番にゃ! ほらほら、道を開けるにゃよ」
紅の乙女の3人はすぐに僕の両脇に移動し、ニーナとエミリアが僕の目の前にやってきた。エミリアは大切そうに両手で小箱を持っている。
「イオリ様、これ……私とニーナからのプレゼントです。お誕生日、おめでとうございます」
そう言ってエミリアがおずおずと小箱を僕の方に差し出す。僕はお礼を言ってそれを受け取り、二人に促されてさっそく箱を開けてみた。
「これは……ペンダント?」
箱の中にはペンダントが入っていた。銀色の鎖に赤い宝石がぶら下がっていて、とても美しい輝きを放っている。
「あれ……この宝石からなんだか不思議な力を感じるよ」
赤い宝石からわずかにだが魔力を感じ取ることができた。魔道具の一種だろうか?
「これは正確には、ペンダント型のアミュレットにゃ!」
「アミュレット?」
「はい、これはアミュレット(お守り)です。これから先もイオリ様は数々の試練に直面することになると思います。その時に、少しでもイオリ様のお力になればと思い、これを贈ることにしました」
「ありがとう! さっそくつけてみるよ」
僕が自分でペンダントをつけようとすると、エミリアが僕に近づきペンダントを手に取った。そして僕の正面から首に手をまわしてつけてくれた。エミリアとの距離が近すぎてドキドキしてしまい、エミリアに僕の心臓の音が聴こえたのではないかと心配した。
「と、ととととっても似合ってますよ。い、いいいいイオリ様」
「お、落ち着くにゃ、エミリア」
どうやらエミリアも緊張していたようで、椅子に座り込んで赤い顔を自分の右手で扇いでいる。
改めて僕はみんなにお礼を言って、再度みんなで乾杯をすることになった。そのあとは一気にみんなのお酒を飲むペースが上がり、想像以上に大変なことになってしまった。
「ほらほら、イオリ君。ディアナほどじゃないけど、あたしも結構大きいでしょ。さわってみる?」
酔っぱらったエルマが僕の右腕に胸を押し付けてくる。確かに言葉通り、エルマの胸はかなりの大きさがあった。
「ちょっと、エル! 弟君はお姉ちゃんの胸の方が好きなの!」
そう言いながら酔ったディアナが僕の左腕を豊満な胸で挟み込む。
「あ~! ずるいんだからね! 僕はイオっちが貧乳派だという可能性に賭けるよ!」
なんとリーリカは上の服を脱ぎ捨て、椅子に座る僕に抱きついてきた。僕は天国のような状況に興奮したが、一方で3人の強烈な酒臭さにげんなりして一瞬で冷静になれた。
僕はこの状況をなんとかしようと3人を振り払おうとするが、3人はピッタリと僕にくっついて離れない。僕はすがる気持ちで他の女性陣に助けを求めようとした。
「あ~、そこはダメだにゃ。イオリ君、そんな大胆な……」
「ほらほら、伊織、これはどう? 気持ちいい? ふふふ、私のマッサージは最高でしょう?」
ニーナとアリューシャは酔って床で寝ていた。2人ともいったいどういう夢を見ているのだろうか。僕は絶望を感じながら気持ちよさそうに眠る2人を眺めていた。
この天国のような地獄から僕を救い出してくれる女神はいないのか……
「ちょっと! みんないい加減にしなさい!」
そうだ、エミリアがいた。良心と常識の塊であるエミリアならば、この場をうまく収拾してくれるだろう。しかし、僕の希望はこのあと瞬時に砕かれることになった。
「いい加減、イオリ様から離れなさい!」
そういって僕に近づいてきたエミリアは、僕の正面に陣取るリーリカを押しのけた。そして手に持ったグラスのお酒を一気にあおると、両手で僕の頬を挟み込んで顔を近づけ、突然僕にキスをした。
「――んんん!」
エミリアが口移しでお酒を僕に流し込む。エミリアとのファーストキスはお酒の味と匂いで訳が分からなかった。そしてエミリアは満足そうな笑顔を見せると、僕に抱きついてそのまま寝てしまった。
エルマとディアナも僕の腕にしがみついたまま寝てしまっていて、結局僕は朝までこの状態で過ごすことになってしまったのだった。こうして僕の16歳の誕生パーティーは幕を閉じた。




