09 誕生日パーティー
騎士団の詰所の椅子に腰かけ、私はイオリと過ごした昨日のことを思い返していた。昨日の自分の振る舞いを思い出し、身悶えするほど恥ずかしい思いが込み上げてくる。
(まさか、あそこまで取り乱すとは思わなかったな……)
イオリと一緒にいると不思議と安心できた。それはイオリの強さが理由かもしれないし、そうでないのかもしれない。自分より5つも年下の男性にここまで依存するようになるとは、これまでまったく想像したことがなかった。
自分とて年頃の女性で、恋愛に興味や憧れがないわけではない。父のような男性と結婚して、母のような女性になりたいという思いはあった。しかし、気が付けば私は周りの男性騎士を差し置いて副団長になっていた。私が焦がれるような、強く気高い男性をこの街で目にすることはなかった。
自分に言い寄ってくる男性はたくさんいたが、それらはすべて断った。しかし、弟が病気になり、ゴッドフリートから求婚され、私は理想を追うことを諦めた。嫌なことを忘れるように、騎士団の職務に専念する日々が続いた。
そんな時に、太陽のように眩しい男性に出会った。強く、優しく、そして綺麗な男の子だった。すぐに彼に心を奪われたが、自分の置かれている状況を思い出す度に心に鈍痛が走った。
「ゼア……必ず、女神様に誓って絶対に君を救ってみせる。そしてまた一緒にここに来よう」
昨日のイオリの言葉を思い返すと涙が溢れてくる。無理難題を押し付けて、イオリに負担をかけてはいけないと分かってはいるが、心のどこか彼に期待してしまう自分がいた。
(イオリの優しさにつけ込んでいるのかもしれない……)
私は小さくため息をつくと椅子から立ち上がり、定時の見回りに向かうのだった。
◇◇◇
夏の星亭の1階にある個室を特別に借りて、僕の誕生日パーティーが行われることになった。すでに円形のテーブルにはいくつかの料理が並べられている。しかし、今回はさらにそれぞれが料理を持ち寄ることになっている。僕はワクワクしながら、アリューシャと一緒にみんながやって来るのを待った。
「イオリ君、誕生日おめでと~。あっ、アーシェちゃん久しぶり!」
エルマが大きな皿に盛られた肉を抱えている。香ばしい焼けた肉の香りが部屋いっぱいに広がり、僕とアリューシャは興奮しながら皿を覗き込んだ。
「これはね~、ただのお肉じゃないんだよ。なんと、死の樹海で獲れたキマイラの肉なんだよ! どう? すごいでしょ! 超レアなんだけど、たまたま市場に流れてきたのを買うことができたんだよ」
うん、どうやら僕が討伐したキマイラらしい。まさか高級食材になっているとは思わなかった。詳しく話を聞くと、キマイラは武器防具の素材だけでなく、薬の原料や食材としても重宝されているらしかった。その多くが貴族の手に渡ったが、ほんの一部だけ一般市場に流出したようだ。
「じゃんじゃじゃ~ん! リリーちゃん登場! イオっち、お誕生日おっめでと~う!」
はしゃぎながらリーリカが部屋に入ってくる。そのリーリカは小さな荷台を押していた。荷台にはたくさんの瓶が載っていたが、どうやらほとんどがお酒のようだった。
「イオっちも今日から大人だからね~。少しは飲んでみようよ! ちなみにこのお酒はイオっちが生まれた年のものなんだよ」
そう言って、リーリカが高級そうな1本の酒瓶を右手に持って掲げた。
「ちょっとリリー、イオリ君に無理させちゃだめだよ」
「ふ~ん、伊織の酔った姿……少し興味があるわね」
賑やかな2人にアリューシャが加わって、わいわいと話をしている。この2人といるとなんだか楽しい気持ちになってくるから不思議だ。
「ええっ!! このキマイラってイオリ君が獲ったの!?」
「キマイラってBランクだよ! ソロで倒しちゃったの!? っていうか、エルマお金大丈夫?」
「まぁ、伊織が1人で倒したようなものね。さぁ、心して聞くがいいわ、伊織の英雄譚! そう、あれは死の樹海の入り口で騎士団が全滅の危機に瀕する中……」
なぜかアリューシャが胸を反らし、脚色をつけながらキマイラ討伐について話をしていると、部屋の扉が「バン!」と開いて可愛い猫耳の女性が入ってきた。
「やっと仕事が終わったにゃあ。遅れてごめんにゃ」
やってきたのはニーナだった。なんと両手に大きな魚の活け造りを抱えている。それがあまりにも大きくて、ニーナの顔がよく見えないくらいだった。
「今日はイオリ君の誕生日だから奮発したにゃ! 今朝獲れたばかりのヴィントゥーナにゃ~」
「「「おおおっ!」」」
みんなが感激しながらパチパチと拍手をしている。この異世界の食習慣は僕のいた世界とかなり近く、生魚などの魚介類を食べる習慣もあることは知っていたが、まるごと1匹買ってくるとは驚きだった。ヴィントゥーナ? ……マグロの一種だろうか?
「ニーナやるじゃん! エルのキマイラの肉に匹敵するよ!」
「き、キマイラの肉って……ま、負けたにゃ……」
「ニーナちゃんのヴィントゥーナもすごいよ! まるまる1匹なんてあたし初めて見たよ!」
女性たちは料理を囲んで賑やかに話をしている。そこへ慌てた様子で1人の女性が部屋に入ってきた。
「ぜぇぜぇ……お、遅れてごめんなさい……はぁ……はぁ……」
大きな箱を抱えたエミリアが肩で息をしながらよろよろと部屋に入ってきた。どうやらかなり急いでここにやって来たらしく、きれいな髪が大きく乱れていた。
「まったく、エミリアは仕方ないにゃあ。乙女がそんなに髪を乱して……だらしないにゃよ!」
「あ……あなたのせいでしょ! もう……仕事が終わってないのに……はぁ……はぁ……勝手に帰るなんて……はぁ……はぁ」
「にゃはははは。ところで、その箱は何にゃ?」
これはまずいと思ったのだろう。ニーナが頭を掻きながら華麗に話を別の方向へ逸らす。
「こ、これは……ケーキです……」
「にゃ、にゃんと!」
人族の国“グロースエールデン”では砂糖はすべて輸入に頼っている。そのため砂糖を用いたお菓子は非常に高価だ。先日ゼアヒルトと食べたパフェも砂糖は控えめだったが、かなりの値段がしたのを覚えている。
「イオリ様の16歳のお誕生日ですから、ぜひケーキでお祝いをしたいと思いまして……」
「ま、まさか手作りにゃ?」
「……そう言いたいけれど、料理はまだ勉強中だから……次回こそは手作りケーキにします! イオリ様、期待しててくださいね!」
エミリアがキラキラした目でこちらを見ている。一方、ニーナはあきらかにほっとした表情をしていた。あとでニーナに話を聞くと、エミリアの料理は「泥を食べた方がましにゃ」ということだった。完全に真顔で答えていたので、きっと冗談ではないのだろう。
「弟君、お誕生日おめでとう! 遅くなってごめんなさいね」
最後にディアナが左右の手にそれぞれ大皿を持ってやってきた。皿の上にはとても大きなピザが乗っている。焼けたチーズの芳醇な匂いが漂い、隣のアリューシャはよだれを垂らしていた。
「パン屋の窯を借りて焼いてみたのよ。弟君のお口に合うといいのだけれど……」
ディアナの焼いたピザはトマトソースとチーズを用いたマルゲリータピザのようだった。シンプルだがきつね色に焼けたピザは本当においしそうだった。何よりも、ディアナの手作りというところがポイントが高く、彼女に憧れる人々にとってはいくらお金を積んでも惜しくはないだろう。
「ここで手作りがきたか……、あたしの負けね」
「く~、さすがディアだね。僕も完敗だよ~」
「最後にラスボス登場にゃ……これは反則にゃ……」
「わ、私だって次こそきっと……」
なぜか先に到着していた4人ががっくりとうなだれている。一方、ディアナは訳が分からないといった様子で、首を傾けてキョトンとしていたのだが……
「――……あ~、そういうことね。ウフフフフ……よしっ!」
ディアナがドヤ顔で小さくガッツポーズをしている。普段のディアナでは考えられない表情と行動である。
「で、でも、味はあたしのキマイラ肉が勝ってるから!」
「ほら、イオリ君。うちのトゥーナを早く食べるにゃ! はい、あ~ん」
「ニーナ、迷惑でしょ。イオリ様、早速ケーキを食べませんか?」
「も~、まずはイオっちの誕生日をお祝いして乾杯をしようよ~」
「ウフフフ……私だけ手作り……こっそり頑張った甲斐があったわ」
「ほらほら、あんたたち、早く座りなさい! 伊織は私の隣よ!」
こうしてドタバタだけどなんだか楽しい雰囲気で僕の誕生日パーティーが始まった……かに思えたが、このあと誰がどこに座るのかで揉めてしまい、熾烈なジャンケン大会が開かれるのだった。
……あるんだね……異世界にもジャンケン。
『ふふん! 今こそ女神の力を開放する時よ。全力をもって相手してあげるわ!』
なぜかアリューシャがやる気満々になっていた。




