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08 涙の約束

 ゼアヒルトはすぐに花が咲いたような笑顔を僕にみせた。なんだかそれが無理をしているように見えて、僕は悲しく胸が痛かった。しかし、こんな時こそデートを楽しんで、先ほどの嫌な出来事を忘れてもらうべきだ。僕はゼアヒルトと腕を組んで、街の色んな場所を巡った。


 最初に行った服屋ではなぜか僕の服を買うことになってしまった。ゼアヒルトの選んだ服に次々と着替えさせられて、まるでファッションショーのようになってしまった。そして、ゼアヒルトが一番気に入った服を僕にプレゼントしてくれた。


 見世物小屋ではゼアヒルトがナイフの投擲に飛び入りで参加し、すべてを的中させてお客さんから拍手喝さいを浴びていた。彼女の姿は凛々しくも妖艶で、女性客を含めてすべての人が見惚れていた。ゼアヒルトは彼女の正体を知らない店主からスカウトされていた。


 武器屋では武器の軽重と威力の相関性について、商品をそっちのけにして意見をぶつけ合い、長い討論の末にお互いに納得して店を出た。当然だが店主にはとても嫌な顔をされた。次に来たときは何かを買うことにしよう。


 中央通り沿いに屋台がたくさん並んでいたので覗いてみた。串焼きやクレープなど色々なものを買ったが、どのお店もゼアヒルトに気が付くとおまけをたくさんしてくれた。ゼアヒルトが街の人に慕われていることが自分のことのように嬉しかった。


 本屋では魔導書を見ながら魔法について話をした。ゼアヒルトは風の精霊シルフの加護を受けているようだ。僕の加護や無詠唱について次々と質問されたが、どこまで話をしていいものか、説明にとても困ってしまった。「近いうちに詳しい話をする」と伝えると、ようやく質問攻めから解放してくれた。


 冒険者ギルドでは一緒に掲示されている依頼文書を眺めた。ゼアヒルトは冒険者稼業にとても興味があるようで、冒険者のルールや心得などについて詳しく説明を求められた。僕らの周囲をニーナがうろちょろしていて、ゼアヒルトに睨まれ小さくなって震えていた。


 路地裏ではガラの悪い連中に囲まれていたカップルを助けることになった。最初は威勢の良かった連中は、僕の隣にいるのが副団長ゼアヒルトだということに気が付くと一目散に逃げて行った。カップルからは感謝され、恋占いに定評のある占い屋の無料チケットを手渡された。


 占い屋には若者たちの長い行列ができていた。順番を待つことになったが、ゼアヒルトと一緒だとまったく苦にならなかった。2人の相性を占ってもらい結果が出るまでとてもドキドキした。占い師の「相性は最高」の言葉に互いの手を取り合って喜んだあと、ふと我に返って2人とも顔を赤くした。


 喫茶店ではメニュー表を見てゼアヒルトが難しい顔をしていた。訳を聞くとパフェを頼みたいが、自分だけ食べるのは少し恥ずかしいということだった。そこで巨大パフェを注文して2人で一緒に食べることにし、嬉々としてスプーンを口に運ぶゼアヒルトの姿を堪能することができた。


 宝飾店ではゼアヒルトがチラチラとある商品を気にしていたのが分かった。それは赤い宝石をあしらった指輪だった。その指輪はとても質素なつくりだったが、それが逆にゼアヒルトにとても似合いそうに思えた。僕はトイレに行くふりをして、こっそりとその指輪を購入した。


 英魂碑の前ではゼアヒルトから騎士の使命やスタンピードについて話を聞いた後、2人で英霊に対して神妙に祈りを捧げた。女神アリューシャ教では、祈りの際は目をつむり胸の前で両手の指を組むの一般的だ。アリューシャがくしゃみをしていなければよいが……


◇◇◇


 そして最後に誰もいない教会で、僕らは並んで長椅子に座っていた。火の月は日の入りが遅いが、もう日は傾き夕暮れになっている。教会内は静寂が支配し、ステンドグラスから差し込む光がとても綺麗だった。


「イオリ、今日は本当に楽しかったよ。日常から離れて命の洗濯をすることができた。ありがとう」

「こちらこそ楽しかった。まだ面白そうな所がたくさんあるから、また今度一緒に行こう」

「……今度か……今度があればどんなにすばらしいことだろう……」


 ゼアヒルトが肩を落としてうつむく。正式にゴッドフリートとの婚約が決まれば、こうして自由に街を歩くことも出来なくなるかもしれない。


「イオリに話しておきたいことがある」


 ゼアヒルトが顔を上げ、体をこちらに向けて真剣な表情で僕の目を見つめる。僕もゼアヒルトの目を見つめて頷き返した。


「私の母が5年前に亡くなったのは知っていると思うが、その理由は……自殺だ」


 衝撃の事実だった。息子のエリックが病弱ということもあって、てっきり病で亡くなったものだと思い込んでいた。


「自殺の理由ははっきりしていない。私も父も弟も言葉では言い表せない程のショックを受けて、何日も怠惰な生活を送ってしまった」


 ゼアヒルトの母は聡明でとても美しい女性だったという。平民出身ということで周りは猛反対したが、エルガーさんは何度も求婚と説得を重ねて2人は結ばれた。そして、エルガーさんは騎士団長として頭角をあらわし、子どもも生まれて幸せな家庭を築いていた。

 

 しかし、母はゼアヒルトが15歳のときに自らの命を絶ってしまった。当時エリックはまだ6歳だった。何らそれらしき兆候はなく、突然のことだったそうだ。


「ようやく立ち直った私は、母と同じようにエリックに愛情を注いだ。エリックに決して寂しい思いをさせたくなかった。これまでは仕事ばかりだった父も家庭での時間を割くようになった……」


 ここまで気丈に話をしていたゼアヒルトの瞳から一筋の涙が零れた。


「でも、次はエリックがいなくなってしまうかもしれない……」


 ゼアヒルトの青く美しい瞳から次々と涙があふれてくる。


「あの男と結婚しなければエリックが死んでしまう……だけど……だけど……私は……」


 突然ゼアヒルトが僕に抱きついてきた。僕はそれを受け止め両手で優しく抱きしめた。


「私は……私はイオリが好きだ……大好き……お願い……助けて……私の英雄……」

「ゼア……必ず、女神様に誓って絶対に君を救ってみせる。そしてまた一緒にここに来よう」

「うん……信じてる。ほんとうに……ひっく……ひっく……ありがとう……」


 その後しばらくの間、ゼアヒルトは僕に抱きついたまま泣き続けた。こういう時どうしたらいいのかよく分からなかったので、僕は黙ってゼアヒルトの頭を撫で続けた。


「す、すまない。恥ずかしい所を見せてしまった……」


 ようやくゼアヒルトが泣き止んだが、まぶたが赤く腫れている。そろそろゼアヒルトの笑顔が見たいと思い、僕は先ほど宝飾店で購入していた指輪を取り出した。それを見たゼアヒルトの顔が驚きで固まっている。


「ゼア、良かったらこれを受け取ってくれないかな?」


 ゼアヒルトは涙でぐちゃぐちゃになった顔で微笑んだ後、僕にもう一度抱きついたのだった。


皆様、来年もよろしくお願い致します。どうぞ、良いお年をお迎えください。

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