07 ゼアヒルトの想い
「せいっ! たあっ!」
「はああっ! どうだっ!」
次々と木剣が僕に向かって左右から斬りつけられる。しかし僕はそれらをかわし、右側の騎士の木剣を弾き飛ばす。さらに左側の騎士に木剣を振り下ろし、首下で寸止めした。
「「……参りました」」
「ありがとうございました」
2人の騎士が僕に頭を下げて降参する。僕も礼を言って頭を下げた。
今日はゼアヒルトの誘いで騎士団の訓練に参加していた。なぜか騎士団の皆さんの敵意をひしひしと感じ、そしていつの間にか模擬戦で手合わせすることになってしまった。
「イオリ、流石だな。騎士団の手練れ2人を相手にして完勝じゃないか」
今日のゼアヒルトは騎士鎧を着ており、とても凛々しく美しかった。彼女が笑顔で僕に近づいてくると、なんだか騎士団の皆さんの僕を見る目が険しくなったような気がした。心なしか訓練場の気温も下がったようだ。
「では、次は私と手合わせ願おうか。ゼアヒルトの前でこれ以上君に良い格好をさせるわけにはいかんのでな」
エルガーさんが木剣を右手に持って立っていた。それを見た周囲の騎士たちから歓声が沸き起こる。
「もう、お父様ったら……イオリ、大丈夫か?」
エルガーさんが尋常じゃない強さだというのは、最初に会った時から感じていた。そして、実際にどれくらい強いのかとても興味があった。
「うん、やれるだけやってみるよ」
「気をつけてくれ」
ゼアヒルトが僕から離れ、僕とエルガーさんは向かい合って木剣を構えた。
「さて、イオリ君……私を本気にさせたら、君にご褒美をあげよう」
「何を頂けるのですか?」
エルガーさんが笑みを浮かべながら僕に近づき耳元で囁いた。
「じゃあ、おもいっきりやらせてもらいます!」
「ふふふ、望むところだ。来い!」
僕は一度深呼吸をすると、大きく足を前に踏み込んで、全力でエルガーさんに斬りかかるのだった。
◇◇◇
(……これは凄まじいな……)
私は2人の模擬戦を見て言葉を失っていた。イオリが強いのは知っていたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかった。あのお父様の剣をギリギリで受け止めて、さらには反撃までしているのだ。他の騎士たちもみんな押し黙って2人の戦いを凝視している。
お父様と模擬戦をしてここまで抵抗できた人を私は知らない。私は感激し……そしてほんの少しだけ嫉妬した。これでまだ15歳だなんて……イオリは無詠唱で魔法を使うこともできるのだ。
そして、彼は強いだけでなく心優しい男だ。自分の命の危険を顧みず、キマイラに立ち向かって私を助けてくれた。そして、女でありながら騎士になった私を、蔑むことなく敬意をもって接してくれた。
これからどこまで強くなるのだろう。できれば……願いが叶うならば彼の側でずっと見ていたい。でも、それは叶わない願いであり、思ってはならない願いだ。
最近はイオリのことばかり考えている。イオリに女性の友人が多いという話を聞いた時は、年甲斐もなく嫉妬してしまった。もっと彼のことを知りたい……もっと彼に会いたい……これが恋だろうか? 20歳で初恋だなんて……少し恥ずかしい。
今日も胸がドキドキして平静を装うのが大変だった。緊張していて変な女だと思われなかっただろうか? ……もっと女性らしい場所に誘うべきだっただろうか? 私は汗臭くないだろうか? ……今日もドレスを着るべきだっただろうか?
「ぬおおおおぉぉぉ!」
「はああああぁぁぁ!」
「……ぜぇ……ぜぇ……見事だった」
「……ま、負けました」
気が付くとイオリが地面に片膝をついていた。どうやらお父様が勝利したらしい。騎士たちが歓声をあげながら拍手をしている。どうやらみんなもイオリの実力を認めてくれたようだ。それにしても、あのお父様が肩で息をしているなんて……
「キマイラを討伐できたのも納得だ。魔法を使われていたら私の負けだっただろうな」
「いえ、魔法を使っても結果は同じだったと思います。エルガーさんの強さの底が見えませんでした」
「私を本気にさせたのだ。誇っていい。 ……約束通り、褒美をあげよう」
「……あ、ありがとうございます!」
私はイオリに近づき肩を貸し、そしてお父様に疑問に思っていたことを尋ねた。
「それでお父様、イオリへのご褒美とは何でしょうか?」
「うむ、私の長女と自由にデートをする権利だ」
「――な、ななな……」
「さっそく明日、イオリ君とデートをしてきなさい。騎士団の仕事は休んでよろしい」
私とイオリは顔を見合わせ、2人して顔を赤くしてその場でしばらく固まったのだった。
◇◇◇
翌日のお昼頃、僕はゼアヒルトを迎えに行くため貴族街へ向かっていた。なんと、今日はアリューシャはお留守番である。「見たくないもの見せられたらたまんないわ」と言って毛布をかぶってベッドに横になってしまったのだ。
貴族街の入り口に近づいたとき、1台の馬車が猛スピードでこちらへ向かってきた。速度が速すぎるためか安定感がなくフラフラしていて危ない。馬車は道の端にいた僕と衝突しそうになり、御者があわてて手綱を引いて急停車した。
「どうしたというのだっ! こんな所で止まるんじゃない! 急げ、奴隷が売り切れるぞ!」
「坊ちゃま、申し訳ございません。この男とぶつかりそうになったもので……」
「ああっ? 何だと……こんなクソガキは轢き殺してやればよかったのだ」
身なりの良い短躯肥満の男が馬車から降りてきた。年齢は40歳くらいだろうか……いや、坊ちゃまと呼ばれるくらいだからもっと若いのかもしれない。
「おい、貴様! すぐに地面に這いつくばって土下座をしろ。それで許してやる」
どうだ俺は優しいだろう、とでも言いたげな表情をしてこの豚は僕を見ている。僕はこの豚をすぐに斬り殺そうかと思ったが、もしも貴族だと厄介なことになりそうなので自重することにした。
「なんだその目は! 縛り首にしてやろうか!?」
豚がずいずいと僕に近づいてくる。息が臭いのでこれ以上近づくようなら排除しようと思った。
「あっ、イオリ! こんな所で何をしているんだ?」
澄んだ心地よい声が聞こえたので振り返ると、オレンジ色のオフショルダーワンピースを着たゼアヒルトがこちらに歩いて来ていた。耳には銀色のイヤリングが光り、白いハンドバッグを両手で持っている。その姿は夏の青空に映えてとても美しかった。
「おお、これはこれは、ゼアヒルト嬢ではございませんか。今日はまた一段とお美しいですなぁ」
豚が馴れ馴れしくゼアヒルトに話しかける。話しかけられたゼアヒルトは困ったような顔をしていた。
「お久しぶりです、ゴッドフリート殿。今日はいかがなさいましたか?」
「うむ、今日は奴隷オークションの日でして。急いで会場に向かっていた所、私の通行をこのガキが妨げたのです。そこでお灸を据えてやろうと思い……」
なんとこの男がグリゴア子爵の長男ゴッドフリートだという。金に物を言わせて多くの女性を囲い、それだけでは飽き足らずゼアヒルトにも求婚をしている男だ。
「それは申し訳ない。彼は私の友人なのだ。許してやってはもらえないだろうか」
「こんなみすぼらしい男が友人とは……相手を選んだ方が良いですぞ」
豚がニヤニヤしながら僕の方を見ている。いい加減我慢も限界なのだが、豚を殺すとゼアヒルトにも迷惑をかけることになるので、彼女のキスを思い出して怒りを鎮める努力をする。
「ところで、私との結婚の返事をそろそろいただけませんかな?」
「……」
「エリック殿はお元気ですかな? あの医者は王都でとても評判が高く、この辺境伯領まで往診するのもこれからは難しくなるかもしれません」
「なっ……そ、それは困る。なんとかしてもらえないだろうか」
豚は舐めるような視線でゼアヒルトの肩や胸を見ている。
「もちろんですとも。未来の妻と弟のために私は全力で支援いたしすぞ」
「……ありがとうございます」
「しかし、父が難色を示すかもしれませんなぁ」
「そ、それはどういうことでしょうか?」
「我がシュレヒテ家にも高齢者や病に苦しむ者がたくさんいます。それを差し置いて他家の治療を優先するとなると、父の立場がありません」
豚はさも残念そうな表情をしているが、口元は明らかに緩んでいる。
「……それは申し訳ない……」
「貴殿が正式に私の妻となれば、何の問題もなくエリック殿の治療を続けることができますぞ」
「……はい……」
「おっと、時間がないようなので今日はこれで失礼させていただきます。次は必ず返事をいただきますぞ。それでは、失礼……ふひひ」
豚は薄笑いを浮かべながら馬車に乗り込んで去っていった。ゼアヒルトを見ると、彼女の顔は完全に凍り付いていた。
「大丈夫かい?」
僕はゼアヒルトに声をかけると、デートの始まりを台無しにしたあの豚に必ず復讐すると誓ったのだった。




