06 仮説
アウリエルはしばらくアリューシャと雑談をしたあと、あまり長居はできないと言って天界へと帰っていった。部屋には僕とアリューシャの2人だけになり、どうしても暗い雰囲気になってしまう。お互いに“審判予報”がショックだったということだろう。
「まだ半年も経っていないし、くよくよしてもしょうがないわ。それよりも、今考えるべきはエクスタイン家についてよ」
「……うん、わかった。目の前のことにしっかり取り組んでいこう」
「その意気よ。それで、エリックについてだけれど、あの時に話した通りあれは病じゃなくて呪いよ」
「詳しく教えてくれるかい?」
アリューシャはベッドに近づき、僕の隣に腰を下ろした。アリューシャからいい匂いがしたが、そんなことを考えている場合ではないと自分に言い聞かせた。
「呪術魔法は昔から禁忌とされ、すでに人族の間では失われてしまっている魔法よ」
「でも、実際にはその呪術魔法が用いられているんでしょ?」
「そうね。人族が呪術魔法を使う方法はいくつかあるわ……伊織、考えてみて」
「ええっと……」
僕は5つの手段を思いつき、一つずつ答えながら手の指を順に開いていった。
1.女神の加護を授かり呪術魔法を用いる
2.天使の加護を授かり特殊スキルを用いる
3.闇の精霊シェイドの加護を授かり呪術魔法を用いる
4.他種族の魔導士に依頼して呪術魔法を用いる
5.呪術魔法の代用となる魔道具を利用する
「1についてはありえないわ。この世界で女神の加護を受けているのは伊織だけよ。これは私が保証するし、ゼプ様が他の種族に救済措置を認めるはずがないわ」
「2はどうかな? キリアンさんの“看破”ような特殊なスキルがあれば……」
「それもないと思うわよ。そもそも天使の加護を持っている人自体が稀だし、それが呪術に特化したスキルだなんて確率が低すぎるわ」
「確かにそうか……それじゃあ1と2は削除だね」
そう言って僕は親指と人差し指を折り曲げる。さて、残りは3つだ。
「3も消していいわよ。闇の精霊の加護を持つ人はいるかもしれないけれど、人族は呪術魔法を唱える力を失ってしまっているから詠唱は不可能よ。私の恩寵が減って、失われてしまった能力ね……」
アリューシャがますます暗い表情になってしまった。いけない、すぐに話題を変えなければ。
「ええっと、じゃあ4番目はどうかな? かなり現実的な方法だと思うけれど」
「確かにそうね。でも、呪術魔法をかけるためには、対象にある程度は近づく必要があるわ。いくら領都に他種族が多いとはいえ、その存在が珍しいことに変わりないわ。やはり目立つでしょうし、衛兵の目をかいくぐって貴族街に入り、さらにエクスタイン家に侵入するのは難しいはずよ」
「騎士団長のエルガーさん、副団長のゼアヒルト、そして執事のクロードさん。エクスタイン家は強者ぞろいだからね」
というわけで、僕の中指と薬指は折り曲げられ、残すは小指のみとなった。
「私は5番目が一番可能性が高いと思うわよ」
「魔道具か……簡単に入手は可能なの?」
「古代の魔道具が闇市場で取引されている可能性はあるわ。かなり高額だとは思うけれど」
かつて人族は他種族に負けないほどの高度な文明を築き、様々な魔道具を創作した。もちろん今も魔道具は作られているが、当然昔のような性能は持っていない。
「もしも古代の魔道具が用いられているとしたら、それを見つけ出すのは大変よ。呪術用の魔道具は発見が困難になるよう、巧妙な偽装が施されているのが当たり前。私に本来の力があれば見つけるのは簡単なのだけれど……現状では厳しいわね」
「エクスタイン家のどこかにはある?」
「そうね……対象の近くになければ魔道具は効果を発揮することはできないわ。エリックの部屋か……もしくはゼアヒルトの部屋かしら」
先日入ったエリックの部屋を思い出すが、それらしいものは何もなかったと思う。
「なんとか見つける方法はないかな?」
「魔道具は定期的に触れて魔力を供給しなければその効力を失うわ」
その言葉に僕はふと思い当たることがあり、隣に座るアリューシャの方を見た。アリューシャは笑みを浮かべながら僕の方を見ている。
「伊織、どうやら気付いたようね」
「……王都から定期的に派遣される医者ならば、魔道具に魔力を供給するのは容易い」
「さ~て、その名医は誰の紹介だったかしら?」
「グリゴア子爵! そして子爵ならば古代の魔道具を買う伝手も財力もある」
「それで、その子爵の目的は?」
「長男ゴッドフリートとゼアヒルトの結婚……」
そこまでして長男とゼアヒルトの結婚を推し進めるグリゴア子爵の真意は何なのだろうか。
「エリックが死ねばエクスタイン家はゼアヒルトに継承権が移るわ。これはゼアヒルトの夫となるゴッドフリートに継承権が移ったのと同義ね。最終的にエクスタイン家はグリゴア子爵のシュレヒテ家に吸収されるわ……おそらく騎士団の指揮権ごと」
「エクスタイン家の乗っ取り……」
「もしかしたら、近いうちにエルガー子爵も命を狙われるかもしれないわね」
すべてはグリゴア子爵を中心とするシュレヒテ家の策謀だという結論に至り、僕は全身の血が沸騰するかのような怒りを覚えた。しかし、そんな僕をアリューシャは強く抱きしめ、何度も頭を優しく撫でてくれた。
「伊織、気持ちは分かるけれど落ち着いて。まだ何も証拠がないから、エルガー子爵に話すことはできないわよ」
「もしこの仮説が事実だとしたら、僕も怒りを抑える自信はないよ」
「犯人がはっきりしたら、徹底的に懲らしめてやりましょう」
「いいのかい?」
「以前にも話をしたけれど、人族に害をなす存在は排除をためらう必要はないわ。それが同じ人族だとしても、もはやそれは人ではなく魔物以下の存在よ。伊織にばかり手を汚させてしまうのは申し訳ないのだけれど……」
「いや、僕もアリューシャと同じ気持ちだから大丈夫だよ。傲慢かもしれないけれど、僕は手の届く範囲の人だけでも守りたい」
こうして僕らは真相を究明するために、まずは呪術用魔道具の発見に力を入れることにしたのだった。
◇◇◇
それからしばらくの間、僕らはエリックのお見舞いということで何度かエクスタイン家を訪問した。しかし、残念ながら予想通り高度な偽装が用いられているらしく、呪術用の魔道具を発見することはできなかった。いや、発見できないというよりも“気付けない”という方が正確なのだろう。
「アリューシャ、“解呪”の魔法やスキルはないの?」
「あるわよ。私、使えるし……でも、ゼプ様に力を制限されているからここでは無理よ」
「じゃあ……」
「あなたも無理よ。呪術魔法は難易度が高いから、初心者が手を出すべきではないわ。失敗すれば呪いが悪化するだけでなく、最悪の場合には自分に呪いが返ってくるの」
考えが煮詰まり、僕は気分転換を兼ねて冒険者ギルドを訪問した。受付にはエミリアとニーナがいたが、エミリアは他の冒険者の対応で忙しいらしく、こちらに手を振るニーナの方に僕は向かった。
「イオリ君、今日はどうしたにゃ? この前の権利を行使に来たのかにゃ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「あっ、そうにゃ! 大事なことを聞くのを忘れてたにゃ!」
「大事なこと?」
「イオリ君は15歳らしいけれど、誕生日はいつにゃ? この国では16歳からが大人にゃ!」
「(僕の誕生日は8月18日だから)……火の月48日だよ」
「こ、今週末じゃにゃいですか……」
完全に自分の誕生日を忘れていたが、そう言われてみればそうだった。なぜかニーナはこぶしを握って小さくガッツポーズしている。一体どういうことだろうか?
「うちがイオリ君の誕生日をお祝いするにゃ。だから、週末の予定を空けとくにゃ。2人っきりで過ごすにゃ」
ニーナがひそひそと小声で僕に誕生日のお祝いの提案をする。しかし、ニーナは肝心なことを忘れているようだ。
「ニーナ、ありがとう。でも、アリューシャもいるから3人だね」
「はにゃあぁぁ……忘れてたにゃ……」
『この子、バカじゃないの……でも良くやったわ。女神に誕生日はないから、伊織の誕生日を完全に失念していたわ』
こうしてニーナと一緒に誕生日を祝う約束をして、僕は冒険者ギルドをあとにしたのだった。
◇◇◇
「さて、ニーナちゃん。イオリ様と何を話していたのかしら?」
「な、何でもないにゃ」
「今週末がどうとか聞こえたのだけれど……」
「今週末の天気について話していたにゃ。洗濯物がたまっているから、晴れるといいにゃぁ」
「ニーナ……」
「何にゃ?」
「あなた、嘘をつくとき右の猫耳がピクピク動くのよ」
「そ、そんな馬鹿にゃ! うちにそんな癖は……」
ニーナは慌てて右耳を触る。一方でエミリアはニヤリと笑みを浮かべていた。
「し、しまったにゃ……」
「さ~て、ニーナちゃん……白状してもらおうかしら。なぜあなたは私に嘘をついたの?」
「お、鬼にゃ……エミリアはやはり鬼人族……」
「すべて吐きなさいっ!!」
ニーナはイオリの誕生日が今週末に迫っていることを白状した。そして最終的には紅の乙女を加えて、みんなでイオリの16歳の誕生日を祝うことが決まったのだった。




