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04 エクスタイン家


 餓狼の爪に勝利したのち、ようやく姿を見せたキリアンさんに昨日のキマイラについて説明した。やはりキリアンさんも最近の魔物の様子がおかしいことに気付いており、スタンピードに備えて辺境伯や騎士団と対策を練っているとのことだった。


 キマイラの買取りについては、金貨16枚という破格の値段がつけられた。これはシルバーウルフでいえば80匹に相当するものだ。さすがに申し訳ないので、譲ってくれたゼアヒルトにあらためてお礼をするべきだろう。


 ところで、餓狼の爪に勝利した僕はニーナに一晩付き合ってもらえる権利を得たわけだが、残念ながらその権利を行使することはできなかった。というのも……


「エミリアがどうしてここにいるのにゃ!? 夜も勤務なんてギルドの労働基準に違反してるにゃ~!」

「いっつもサボってるでしょ! 溜まった書類の整理を手伝いなさい」

「鬼にゃ……これはまさか鬼人族にゃ!?」

「そんなわけないでしょ!」

「うちの恋路を邪魔しようとするにゃんて……」

「う、うるさいわね……抜け駆けは禁止よ……」


 まだ昼前だというのに、どこからか話を聞きつけたエミリアがあらわれ、ニーナはエミリアの夜勤を手伝うことになってしまったのだ。僕のこの権利……いずれ使う機会はあるのだろうか?


 結局、この日はニーナだけでなくエミリアも一緒に、評判の料理店で健全に昼食を食べたのだった。


◇◇◇


 キマイラを討伐してから1週間が過ぎた。この1週間の間に一度だけ樹海に行ってみたのだが、その時は特に問題はなくいつも通りの樹海だった。次はキマイラと1対1で戦うことになるかもしれない。不覚を取らないように、さらに訓練を続けて能力を高めなければならない。


 ある日、僕が夏の星亭に戻ると、受付で僕を待っている男性がいた。銀縁眼鏡をかけた老年の男性で、今は火の月(夏)だというのに執事服を涼しげに着こなしている。これぞまさに執事の鏡という表現がぴったりの人物だった。


「突然の訪問をお詫び申し上げます。私はエクスタイン家の執事を務めておりますクロードウィッグと申します。どうぞ、クロードとお呼びください」


 そう言ってクロードさんは丁寧に頭を下げた。その姿があまりにも優雅で洗練されており、男性でありながら少し見惚れてしまった。さて、エクスタイン家とは初耳だが何者なのだろうか。執事を雇うくらいだからおそらく貴族なのだろう。


「エクスタイン家の方が僕に何のご用でしょうか?」

「イオリ様宛にお嬢様からお手紙を預かっております……どうぞお受け取り下さい。お返事につきましては後日伺いに参りますので、何卒よろしくお願いいたします」


 詳しい説明をすることなく、クロードさんは頭を下げて静かに帰っていった。


「さて伊織、お嬢様とはどこのどなたかしら? 次から次へと女の子と仲良くなっちゃって……」

「いや、知らないよ。貴族のお嬢様なんて会ったこともないし……」

「本当かしら? 自覚していないだけじゃないの?」


 アリューシャの指摘に戸惑いながら、僕はベッドに腰を下ろしてさっそく手紙を開封してみた。横に座ったアリューシャも女神の姿で手紙を覗き込んでくる。僕たちは顔をくっつけながら、並んで一緒に手紙に目を通した。


「ゼア……ヒルト……」

「ああ、あの娘は騎士団の副団長だったわね。ええっと、父親は騎士団長で……子爵ですって」

「本人は騎士で末端貴族って言ってたんだけどね」

「まさか父親が子爵とは驚きね。しかも騎士団長ということは、この街の騎士300人と領兵3000人の司令長官よ」


 どうやらゼアヒルトはとんでもない人物の娘だったようだ。どうりで若い女性でありながらあれだけの強さを誇るはずである。


「それで、この前の件のお礼がしたいということらしい。これは子爵家への招待状みたいだね」

「この世界では貴族の招待を断るのは難しいわよ。別に怒られるわけじゃないんだから気楽に行きましょう」


 後日、僕の返事を聞きにやってきたクロードさんに了承の旨を伝えた。正装を持っていないことを伝えると、いつも通りの冒険者の格好で構わないとのことだった。訪問の日時は2日後の正午に決まった。


◇◇◇


 約束の日、僕は歩いて街の中央部にある貴族街を目指した。この街に来てまだ一度も貴族街に入ったことはない。少し緊張しながら貴族街の入り口に近づくと、詰め所にいた衛兵3人がすぐに僕を取り囲んだ。


「ここから先は貴族街だ。平民の子どもが近づいていい場所じゃない」

「子爵様に招待されたのですが……」

「すぐにバレる嘘をつくな。少年とはいえ容赦はせんぞ!」

「ええっと……これが招待状です」

「……ま、マジかよ……」


 3人の衛兵は顔を青くしながら、酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせている。


「入ってもいいですか?」

「……」

「あの……?」

「し、失礼しました! ゼアヒルト様のご友人とは知らずとんだご無礼を。どうかご容赦ください!」


 そう言って3人の衛兵は招待状を僕に返し、敬礼をして直立不動で見送ってくれた。しばらく歩いて振り返ってみると、まだ直立不動の姿勢のままだった。どうやら“ゼアヒルト”という名前はこの街の兵たちにとってそれだけの効果があるらしい。


 地図を見ながら貴族街を歩いていると、前方に見えてきた大きな館の正門にクロードさんの姿が見えた。どうやら無事にエクスタイン家に着くことができたらしい。


「イオリ様、お待ちしておりました。ご足労、まことに痛み入ります」

「今日はよろしくお願いします」

「どうぞ、中にお入り下さい」


 そう言ってクロードさんは正門の大きな門扉を開けてくれた。玄関に向かって細い小道が伸びている。周囲には花壇があり、見たことのない綺麗な花が植えられていた。クロードさんの後に続いて小道を歩き、しばらくして玄関に到着した。


 クロードさんが美しい模様の刻まれた玄関の扉を開けて館の中へ案内してくれる。館の中は庭の華やかさとは対照的に、あまり華美でない質素な作りになっていた。玄関から吹き抜けのホールに入ると、そこにゼアヒルトと壮年の男性が並んで立っている。


「やあ、久しぶりだね。イオリ……来てくれてありがとう」

「――……き、今日は招待してくれてありがとう」


 お互い微笑みながら挨拶を交わす。今日のゼアヒルトは綺麗なドレス姿だった。青いマーメイドラインのドレスが膝まで身体にぴったりとフィットしていて、裾は人魚の尾ひれのように広がっている。曲線を描くドレスは、ゼアヒルトが動くたびに彼女の身体のラインを強調した。


 彼女の騎士鎧の姿とのあまりのギャップに衝撃を受け、僕は一瞬言葉を失ってしまった。端的に言えば、ゼアヒルトの美しさに完全に見惚れてしまっていたのだ。


「紹介しよう。こちらは私の父だ」

「オルトヴァルド辺境伯領にて、騎士団長を務めているエルガーだ。娘が大変世話になったそうで、とても感謝している」


 年齢は40代後半から50歳くらいで、身長はゼアヒルトよりも頭一つ高く180cmほどだろうか。銀髪で顔には立派な口髭(カイゼル髭)があり、瞳の色はゼアヒルトと同じ青だった。そして、全身から歴戦を生き抜いてきた猛者の雰囲気を感じることができた。


「こちらこそゼアヒルト様には……」

「イ・オ・リ……私のことは何と呼ぶのか忘れたのかしら?」

「ぜ、ゼアにはお世話になっています。C級冒険者のイオリと申します。どうぞお見知りおきください」

「――……な、何だとっ!?」


 エルガー子爵は僕の言葉に目を丸くして驚き、僕とゼアヒルトを交互に何度も繰り返し見ている。やはり僕みたいな若造がC級冒険者というのに驚いたのだろうか。一方で、なぜかゼアヒルトは顔を赤くしている……


「ふむ……その若さでC級冒険者というのは素晴らしいな。実に将来が楽しみだ逸材だ」

「あ、ありがとうございます。子爵にお褒めいただき光栄で……」

「はははは、そう硬くならなくてよろしい。私は爵位こそ子爵だが、自身の領地を持っている伝統貴族ではない。騎士団長という立場ゆえに叙爵された新興貴族だ。敬称も必要ないさ」

 

 ゼアヒルトの父親のエルガーさんは紳士的で優しく、小説などに出てくる傲慢な貴族とは違いとても気さくな人だった。ゼアヒルトが正義感あふれる真っ直ぐな女性に育ったのも当然だと思う。ただ、ゼアヒルトの母親の姿が見えないのが少し気になった。


 その後、僕たちは一緒に食事をとることになった。広い食堂のダイニングテーブルに3人で座り、キマイラとの戦いの話を肴に、楽しく食事の時間を過ごすことができた。


「なるほど。キマイラについては娘から何度も話を聞いていたが、こうして君の視点から話を聞いてみると、新たな発見がたくさんあるな」

「お父様、イオリには騎士団に特別枠で入っていただいてはどうですか?」

「おお、それは良いな。しかし、この際できれば正式に……」

「……旦那様、お話し中に失礼します」


 会話を遮る形でクロードさんがエルガーさんに近づき、真剣な表情をして耳元で何事かを伝えた。あの執事の鏡ともいえるクロードさんが、主人の会話を遮るとはただごとではない。話を聞いたエルガーさんはゼアヒルトに目で合図を送り、それを機にゼアヒルトは食堂から出て行ってしまった。


「イオリ君、私の書斎で話をしないかね? クロード、何か飲み物を用意してくれ」


 こうして僕とエルガーさんは一緒に書斎へと移動した。エルガーさんは書斎にある自身の椅子に腰かけ、僕は書斎の中央にあるソファに座った。


「……今から君にエクスタイン家の内情を話そうと思う。話を聞いた後に忘れてもらっても全く構わない。ただ、君には知っておいてもらいたいと判断したから話す。良かったら聞いてくれないか?」


 真剣な表情でエルガーさんが僕に問いかけた。今日初めて会った僕に何を話そうというのか。これは厄介ごとかもしれない。しかし、悲しそうな表情で去っていったゼアヒルトの顔を思い出し……僕はエルガーさんの青い瞳をみつめながら頷いたのだった。

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