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02 異世界転生へ


(……かわいい……可愛すぎる)


 まさか召喚の儀でやってきたのがこんなに可愛い男の子だなんて。こんなに可愛い人族を見たのは初めてよ。私の知っている人族の男性といえば、幼い頃は良くても成長するにつれて残念になる生き物なのよ。


 少し長めの漆黒の髪に、強い意志を秘めた黒い目。幼さの中に大人びた一面ものぞく童顔。


 ……これは女神人生初の大当たりだわ。生きていればいいこともあるものね。それとも伊織の世界ではこのレベルの可愛さは普通なのかしら? ……だとしたら、そこは本物の天国じゃないっ!!


 いや、伊織の良さは見目の可愛さだけじゃない。女神だから分かる、彼は真剣に考えてくれている。自分のことだけじゃなく、私のことも考えてくれている。異世界の人族の力になってあげたいという思いが伝わってくる。


 なんていい子なの! あぁ、紅茶を飲む姿もかわいい……そして、転生を拒否しても構わないと告げたのに……もう、抱きしめるしかないじゃない!!


◇◇◇


「ちょ、ちょっと落ち着いて! まだ転生を決めたわけじゃないから」


 僕は興奮して抱き着いてくるアリューシャをなだめて椅子に座らせた。


「それで、なぜ僕を選んだの?」


 僕は平凡な日本の高校1年生。身長はクラスで低い方だし、運動もあまり上手でない。学力はまあまあだと思うけど秀才ではない。趣味も読書やゲームで平凡である……あ、料理は少し得意かも。


 しかし、とてもじゃないけど人族の国を変革できるとは思えない(女神様の加護があったとしても)。


「悪いけれど、選んだんじゃないの」

「えっ?」

「一言でいえば、たまたまね」

「偶然だっていうの?」

「そう。万分の一……億分の一の確率であなたの魂が選ばれた」


 なんてこった。そんな確率に当選する豪運があるなら、突然死を避けるくらいの人並みの運が欲しかった。いや、転生する機会を与えられたのならば喜ぶべきなのだろうか?


「もうこれが最後のチャンスだと思ったからドキドキだったのよ」

「次の“審判”で低評価ならば、人族は完全に力を失うって話……」

「そうなの。だから、あなたが引き受けてくれて本当に良かった」


 話をしながら、いつの間にかアリューシャは僕の隣に座り、そして僕に美しい笑顔を向ける。


(これはずるいぞ……)


「ところで、次の“審判”はいつなの?」

「前回が15年前だから、早ければあと数年後かしら。ここ1000年で40回ほど“審判”は行われているわ」

「つまり女神様の序列は数十年変わらないってこと?」

「そうよ。だからつらいのよ……女神にとって数十年はそんなに長い時間ではないのだけど」


 前回の“審判”での序列は、1位竜人族、2位獣人族、3位長耳族、4位小人族、5位鬼人族、そして最下位が人族だったそうだ。


「竜人族はここ数百年ずーっと1位ね。2位もずっと長耳族だったんだけど、最近内部抗争があったみたいで3位に転落。それに代わって最近大きく領土を拡大した獣人族が2位に上がったわ」

「鬼人族が5位なんだね」

「彼らは自分たち以外にあまり興味がないから。それでも、5位と6位の間には越えられない壁があるのよ」


 その越えられない壁をあと数年でなんとかしないといけないのか……


「ほら、これを見て」


 そう言ってアリューシャは1枚の羊皮紙を僕に差し出した。


 人族の国“グロースエールデン”(守護神アリューシャ)

 

 領土 :F(6位)~他国の侵略に脅かされ縮小を続けている

 統治力:F(6位)~国王の統治は限定的で治安は悪化の一途をたどっている

 経済力:E(5位)~貧富の差は拡大し国民は重税に苦しんでいる

 軍事力:F(6位)~量と質ともに他国に大きく劣っている

 文化力:E(5位)~女神教の信仰は一部の熱心な信者に限られている

 外交力:E(6位)~同盟国は存在せず貿易も不利を被っている

 その他:F(6位)~総合的に判断してすべてが厳しい状況にある


 絶望的なデータが並んでいた。これが異世界の人族が置かれている状況である。定期考査でこの成績だったら浪人確定レベルだ。


「これは厳しいね……」

「あなたにすべてを押し付ける形になってごめんなさい……ただ、一つ覚えておいてほしいのは、伊織には新しい世界では思うがままに自由に生きてほしいの」

「それでいいの? 200年前の“使徒”と同じ結果になるかもしれないよ」

「折角の第二の人生なんだもの。大変だと思うけれど、異世界生活を楽しんでほしいわ」


 僕の肩の力を抜こうと配慮するアリューシャの優しさを感じる。本当は「絶対になんとかして!」と言いたいに違いない。会話を重ねるうちに、僕は女神アリューシャに好感を持つようになっていた。


「それに、あなたが自由に生きることが、人族の勝利に近づく気がするの。まぁ私の勘だけど……」

「最下位の女神の勘は当たるの?」

「ふふふ……“審判”に負けるという過去の予感はすべて当たってるわ」


 それは予感というよりも当然の結果と言った方がしっくりくる。


「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「主神ゼプスナハト様は何のために“審判”を行っているの? 何のために女神様たちは序列を決めてるの? 競わなければ、各国は均等に恩寵を受けれると思うよ」

「それは……」


 アリューシャは答え辛そうに下を向いていたが、やがて意を決したように僕の目を見て答えた。


「正直に言えばゼプスナハト様の真意は私たちにも分からないわ……ただ、私たちは率先して行動しなければならないのよ」

「どういうこと?」

「ゼプスナハト様は定期的に各国の成長度を見て査定しているだけ。それを女神たちが“審判”と名付けて勝手に意識しているの」

「主神に女神様たちを格付けする意図は無いということ?」

「その通りよ。私たちが主神の評価に一喜一憂して、自分たちで女神の序列を決めているの」

「種族の均衡を守りたければ、女神様たちはそんなことしなければいいじゃないか!」


 女神様たちの自発的な行動が、種族間の軋轢や格差を大きなものにしている。彼女たちの考えが全く理解できず、僕はつい大きな声を出してしまった。


「そうね、その通りだわ。それでも、私たちは主神に創られた存在。主神の意図を最大限に汲み取る必要があるの。主神ゼプスナハト様の御心に沿うのが私たちの使命なのよ」

「そうしなければ女神様たちは存在できないということ?」

「本当に伊織は賢いわね。そう、ゼプスナハト様に忖度できなければ、私たちは“消滅”するわね。なぜ“審判”があるのか……それを考えて私たちが出した結論が女神の序列決めよ」


 ここまで話を聞いて、ようやく女神様たちが“審判”をもとに自分たちを格付けする意味を理解することができた。まだ納得出来ない部分もあるが、これ以上それを追及してもしょうがない。


「ところで、女神様の序列第6位の立場はつらいの?」

「それはもう、つらいなんてものじゃないわ! 他の女神の使いっ走りよ……」

「えええ……」

「陰で馬鹿にされて、ネチネチと嫌味も言われるわ」

「えええ……」

「天使たちも私を憐憫の目で見るし……」


 この女神の依頼を引き受けるのは間違いなのかもしれない。


「でもね、伊織……」

「うん?」

「一番つらいのは人族が厄災に苦しみ、さらには成長する可能性まで奪われてしまうこと。私は人族の守護神だから人族の幸せな顔が見たいの……。もちろん中には悪人もいるけれど、それ以上にこれまでたくさんの善人を見てきたから……」


 そう言ってアリューシャは目の縁の涙を手で拭う。どうやらこれが僕を異世界転生させる最大の理由のようだ。誰よりも人族の幸せを願っているのがアリューシャだということが分かり、僕はなんだか嬉しくなった。


「それにね……それに……ええっと……」

「それに? どうしたの?」

「ごめんなさい……やっぱり今は言えないわ。今話すのはちょっと卑怯な気がするから……」

「訳が分からないよ……」


 結局アリューシャは言葉を飲み込んでしまった。しばらくの間、僕とアリューシャの間に沈黙が流れたが、僕は意を決してアリューシャに告げた。


「……アリューシャ、ええっとね……」

「伊織?」

「僕にどれだけの事が出来るか分からない……」

「うん」

「君の期待に応えられる自信がないんだ」

「うん」

「でも、せめて次の“審判”で人族が5位にはなれるように頑張ってみるよ」

「えっ!?」

「異世界転生、お願いします」


 アリューシャはぼろぼろと涙を流しながら僕に顔を近づけてきた。そして僕の耳元で「ありがとう。今回はきっと“勝てる”予感がするの」と囁いて、突然僕の唇にキスをしたのだった。

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