19 女神と乙女の和睦
「まったく。油断も隙もないわね」
私は両手を腰に当ててぷりぷりと怒っていた。怒りの対象は眼前で正座をしている“紅の乙女”の3人である。なんとこの3人はこともあろうか、私の伊織に対して3人連続で夜這いをかけてきたのだ。きっと変態パーティーに違いない。
「さて、申し開きはあるかしら? 変態リーダーさん」
「ぐっ……」
私は辛辣な言葉をエルマに投げかけた。そう、今の私は断罪の女神なのだ。
「こんなに遅い時間に年下の男の子の部屋に来て、しかも突然キスしようととするなんて、非常識にも程があるわね」
「ご、ごめんなさい……」
「しかも、それが3人連続よ。伊織を守るこちらの身にもなってほしいわ、変態リーダーさん」
「お手数おかけしました……」
ふふふん、結構なダメージを与えることができたようだ。よしよし……私の伊織に手を出そうとしたことをじっくりと後悔させてやろう。他の2人にはどんなあだ名をつけてあげようかしら。
「本来ならば今頃は、あの不細工な盗賊連中に処女を奪われていたの。いえ、私の伊織が果敢に戦ってあなたたちを助けなければ、もうすでに殺されていたかもしれないわね」
「はい……」
「それが、逆に3人で伊織の童貞を奪おうするなんて……犬畜生のような行為ね」
「反省してます……」
私の口から次々と3人を罵倒する言葉があふれてきた。委縮する3人を見てなんとなく興奮と快感を覚えてしまった。こんな所を伊織に見られるわけにはいかない。彼を部屋の外に出しておいて正解だったわ。
さらに15分ほど私の怒涛の攻めが続いた。ところが、エルマの次の一言でその流れが変わってしまった。
「あの……アーシェにちょっと聞きたいことがあるのだけれど?」
「何よ、処女ビッチのエルマさん」
「し、しょ……っ!? あの! さっきから話している“私のイオリ”ってどういう意味なの?」
「へっ? ……それはもちろん伊織は私の……ええっと……その……」
突然の予期していない質問に私はうまく返答できなかった。自分が女神として加護を与えたのだから伊織は自分の物だ……と説明するわけにもいかない。そもそも、なぜ自分は“私のイオリ”という表現を使ったのか? あの日の朝、伊織のハーレムを認めたのではなかったのか。
「あれ、アーシェどうしたの? 処女ビッチの私に理由を教えてくれないかな?」
「僕も気になってたよ。アーシェはイオっちと付き合ってるの?」
「弟君はアーシェちゃんの恋人? もうエッチなことしちゃった?」
これまで3人を追い詰めていた私が困惑しているその隙を逃すまいと、リーリカとディアナの2人が連係プレイでエルマを支援する。3人とも伊織と私がまだ深い関係ではないことを瞬時に見抜いたのだ。
「伊織とは……こ、恋人……というわけではないわ」
伊織が自分に好意を持っていることは私にも分かるが、恋人関係にあるかどうかと問われたら自信がない。「一番綺麗で可愛い」とは言われたが、愛の告白を受けたわけではないのだ。「アリューシャを一番大切にする」という約束は、あくまでもこちらから一方的に伊織に押し付けたものでしかない。
……伊織を自分の物だと宣言したのは少し早まったのかもしれない。ハーレムを容認しておきながら、それを認めようとしないなんて……伊織から独占欲の強い女だと思われたのではないだろうか。
「それなら、私たちがイオリ君に好意を寄せても何の問題もありませんよね?」
「そうだよ! イオっちを独り占めしないでよ~」
「弟君がどう考えているのか、はっきり確認するべきだと思うわ」
伊織が自分のことを苦々しく思っていることを想像したら涙があふれてきた。そもそも伊織は人族の男性なのだ。女神の自分ではなく、同族のこの美しい3人を選んでも何ら不思議はない。いや、最初から伊織にとって女神は恋愛対象外なのかもしれない。思考が悪い方へと流れてしまい、ますます涙があふれてとまらなくなる。
そんな私の様子を見て、ヒソヒソと内緒話をしていた紅の乙女の3人は、お互いの顔を見合わせて頷いていた。
「アーシェは本当にイオっちのこと好きなんだね~」
「大丈夫よ。弟君をあなたから奪うわけじゃないわ」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした私を3人が取り囲んで、背中をさすり頭をなでてくれた。本当に良い娘たちだ。この娘たちなら安心して伊織を任せられる。
「そうそう。そこで私たちからアーシェに提案があるんだけど……」
「な、なに?」
この時の私は怯えた小動物のような表情をしていただろう。
「イオリ君をみんなで愛しましょう! そしてみんなで愛されましょう!」
「……私、人族じゃないよ。それでも伊織を好きになっていいのかな?」
「弟君はそんなに器の小さい人じゃないわ」
「むしろアーシェが綺麗すぎて、僕なんかイオっちに相手にされないかも~」
「そんなことない。リーリカも美しいわ。きっと伊織も大切にしてくれるはず」
結局、私たち4人は手を取り合って伊織を愛することを決めた。しかし、これを伊織に話すことはしない。それぞれが自分のタイミングで告白して伊織の気持ちを確認することに決めたのだ。
「みんな……さっきはひどいことを言ってごめんなさい」
「私たちだって何の宣言もなく抜け駆けしようとしたしね。お互い様だから気にしてないわよ」
「これからはみんなで仲良くしましょうね」
「でもでも~、ここからは正々堂々の勝負だからね~。負けないよ!」
このあと部屋に戻ってきた伊織は、険悪だった4人の雰囲気が良くなっていることにとても驚いていた。しかし、この結果を歓迎して素直に喜んでくれたのだった。
◇◇◇
「イオリ君、お願いがあるのだけど……」
紅の乙女の3人が真剣な表情で僕を見つめている。アリューシャは我関せずといった態度で、椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。
「な、何ですか、みなさん?」
美しい3人の女性の視線を浴びて、僕は少し緊張して唾を飲み込んだ。
「私のことをエルって呼んでくれないかな。それと、私たちに敬語も必要ないからね」
「私のことはお姉ちゃんって呼んでね。たくさん甘えてくれると嬉しいな」
「僕のことをリリーって呼んでもいいよ。これからも僕たちと仲良くしてね」
1人おかしい人がいる。明らかに1人だけ珍妙な要求があった。
「分かったよ。エル、リリー」
僕に愛称で呼ばれたエルマとリーリカが頬を紅く染めて、嬉しそうに潤んだ瞳で僕を見つめている。一方、ディアナはとても不服そうな顔をしていた。
「私のことは呼んでくれないのかな? お・と・う・と・君?」
どす黒い魔力がディアナを中心に集まっている……ような気がした。周りを見るとエルマとリーリカが頷いている。なぜかアリューシャも頷いていた。訳が分からなかったが、とりあえずそうしなければ異世界人生が終わりそうだったので、僕は勇気を振り絞ることにした。
「お、お姉ちゃん……」
「――……弟君!!」
ディアナさんが僕に全力で抱き着いてきた。破壊力のある胸が押し付けられて、苦しいけれど幸せという状況だった。
「でも、さすがに外でお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしいよ……」
「ええ~、そんな…………まぁ、しょうがないわね。じゃあ、私のことはディアって呼んで。でも、プライベートではお姉ちゃんって呼んでね」
こうして僕は異世界で、2人の友人と1人の姉を同時に得ることになったのだった。
この夜は1つのベッドに5人で寝ることになった。朝起きると、僕の右腕にはエルマが、左腕にはディアナがしがみついていた。リーリカは身体の小ささを活かして僕のお腹あたりに抱きついている。そしてアリューシャは……なぜか1人だけベッドから落ちていた。
怒り心頭のアリューシャはここで爆弾を投下した。
「これで勝ったと思わないでよ! 私は伊織とキスしたことがあるんだからねっ!」
再び4人が言い争いを始めたので、僕は静かに部屋を出たのだった。
これで第1章は完結になります。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
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第2章の執筆に向けて、とてもとても励みになります。
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それでは、第2章の開始までもうしばらくお待ちください。
第2章は騎士団が中心の物語になる予定です。
今後もこの典型的異世界物語を楽しんでいただけると幸いです。




