14 妖精アーシェ
「伊織、もっとぎゅってしてよ~……zzz」
「……もう食べられないから……zzz」
シルバーウルフ討伐の依頼を終えた翌朝、前日の疲れから伊織とアリューシャはまだ一緒にベッドの中にいた。もちろんアリューシャは普通サイズに戻っていて、ネグリジェの妖艶な姿で伊織に抱き着いている。
「イオリ君の部屋はここかにゃ? 突然の訪問でびっくりするだろうにゃあ」
“夏の星亭”のイオリの部屋を訪ねてきたのは、冒険者ギルドの受付嬢ニーナである。今日は仕事が休みなので街を案内してあげよう……いや、イオリとデートしたいと思って来たのだ。宿の女将に冒険者ギルドからの使いということを伝えると、すぐに部屋を教えてくれた。
いきなりの誘いで迷惑かも……と思ったが、もたもたしてイオリをエミリアに取られるのは嫌なので、思い切って行動に移すことにしたのだった。もちろん女性の武器を最大限に活かせる大胆な服装をしてきた。
「昨日のシルバーウルフ討伐はすごかったにゃあ。初依頼をわずか1日で達成して、しかもあの成果だなんて……胸がキュンキュンしたにゃ……」
ニーナは獣人族だが、人族に対しての悪感情は一切ない。特にイオリについては、こんなに可愛くて強い男性は獣人族にもなかなかいないと思っていた。可愛いだけではなく“強い”という点が獣人族にとって大切なところである。獣人族の女性は、強い男性に対して惹かれる傾向にあった。
「では、いざ! ドアをオープンだにゃ」
ニーナにドアをノックをするという考えはなかった。いや、興奮と緊張で完全に失念していた。ギギギギ……と音を立てて伊織の部屋のドアが開く。ニーナはドアの隙間からそっと中を覗き込んだ。
ドアの隙間から部屋の中が見え、ベッドには愛しのイオリと……なぜか美女の姿があった。その美女はあられもない姿でイオリに抱き着いており、むにゃむにゃと何か寝言を言っている。
「うにゃにゃ~っ!!」
驚いて叫び声をあげてしまったニーナは、なぜか慌てて反射的にドアを閉めてしまった。
「い、今のは何だったのにゃ……」
廊下で深呼吸をして心を落ち着けたニーナは、あらためてイオリの部屋のドアをそっと開けてみた。するとさっきまでいた美女の姿はなく、イオリだけが笑顔でベッドに腰を掛けていた。
◇◇◇
「おはよう、ニーナさん」
「おはようにゃ、イオリ君。さっきの女性はどこに……」
「今日は突然どうしたの?」
「ちょっとデートのお誘いに……じゃにゃくて、さっきの女性は?」
完全に油断していた。昨日は身体的・精神的に疲れていたので、どうやら鍵をかけ忘れて寝てしまっていたようだ。まさかニーナさんにアリューシャの姿を見られるとは……なんとか誤魔化さなくては
「な、なんのことかな? それよりも今日は天気も良さそうだし一緒に……」
「……副ギルマスを連れてくるにゃ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
そしてニーナさんはキリアンさんを連れてきて、僕に対してスキル“看破”を使うつもりのようだ。このままではアリューシャの存在がバレてしまう。ニーナさんのこの勢いでは本当にやりかねない。僕に彼の特殊スキルを知られるとか、彼女にとってどうでもいいのかもしれない。
「……伊織、もういいわよ……ほら」
「う、うにゃっ!」
なんと、突然アリューシャが妖精の姿でニーナさんの目の前に現れた。ニーナさんは驚いてひっくり返っている。
「よ、よよよ妖精!?」
「そう、私は妖精のアーシェよ。イオリのことを気に入って、一緒に生活をしているの。よろしくね」
「じゃあ、さっきの美女は……」
「あれは私よ。妖精の特殊な魔法で、人族に変身することができるの」
「し、信じられないけれど……本物の妖精を目の当りにしたら信じるしかないにゃ……」
どうやらアリューシャは女神であることは隠して、妖精として自身の存在を明かすことにしたようだ。この世界に妖精は実在する。ただし、滅多に人前に姿をあらわさないらしい。
『冒険者ギルドの受付嬢ならある程度の節度はあるだろうから、私のことをベラベラと他の人に話すことはないと思うわ。それにこの猫獣人……単純だけどいい子そうだしね』
アリューシャがそれで言いというのなら、僕が口を挟むことは何もない。
「普段は姿を消すようにしているのよ」
「ぜんぜん気づかなかったにゃあ。それにしても、妖精さんは綺麗だにゃ~」
「ありがとう。あなたも可愛いわね。私のことはアーシェと呼んで」
「こっちもニーナでいいにゃ。よろしくにゃ!」
二人は大きさの釣り合わない手で握手をしていた。最初にアリューシャの存在を知られたのがニーナで良かったのかもしれない。妖精の存在について、深く考えずにあっさりと納得してくれた。
ただ、妖精アーシェについては、キリアンさんとエミリアさんには伝えるべきだということで、後日あらためて彼らに説明することを約束した。
「ところでイオリく~ん、どうしてアーシェと一緒にベッドで寝ていたのかにゃ~? お姉さんに教えてくれないかにゃ~?」
「に、ニーナさん、それは……」
「イオリ君もニーナって呼ぶにゃ!」
「に、ニーナ……」
「それでオッケーにゃ! それにしてもアーシェだけずるいにゃ!」
そう言ってニーナはしばらく腕を組んで何か考えるような仕草をしていたが、やがてポンと手を叩いて満面の笑みを浮かべた。
「ニーナ、どうしたの?」
「それでは、まだ朝も早い時間ですしー、3人で一緒に寝るにゃ」
「は?」
「3人で寝るのにゃ!」
「私は構わないわよ」
「……はい」
こうしてお昼になるまで、僕はアリューシャとニーナに挟まれて寝ることになったのだった。そして当然だが、僕は一睡もすることができなかった。。




