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46 ルーカス子爵


「……ううむ……」

 

 筆頭執事としてルーカス・ヴァグナー子爵に仕える私は、王都から届いた急報を伝えるべく……しかし重い足取りで主の下へと向かった。


「ノースボアでございます。ルーカス様、少しよろしいでしょうか?」


 華美な装飾のほどこされた重厚な木製の扉の向こうから、若い女性の悲痛な叫び声が聴こえてくる。

 

 今夜もまたうら若き乙女がわが主の性癖の犠牲となっていることは容易に想像できた。


「ルーカス様、お楽しみの所申し訳ありません」


 私は大きめの声で再度呼びかけた。しかし主からの返事はなく、先ほどと同様に金切り声が響くのみだった。


「失礼します」


 不興を買うことは承知の上で、私は意を決して扉を開け主の寝室へと立ち入った。


「ノースボアでございます。ご報告したいことがあります」

「……ちっ、端的に言え。つまらぬ話なら殺すぞ」


 そう言いながらルーカス様は寝台から離れ、憮然としながら乱れたガウンを整えている。


 一方、女性は裸のまま寝台に横たわり、ビクビクと痙攣しながらうわ言を口にしていた。


(魔道具……いや、薬物の影響か)


 ルーカス様は子爵と司教を兼ねる若き逸材。レイノルド侯爵の側近であるブルーノ伯爵の子飼いであり、王国の将来を担う有望株とされている。


 女神様に仕える司教という立場もあいまって、清廉潔白の高潔な人物として王都での評判も上々だった。


「よし、話せ」


 精緻な装飾をあしらったロッキングチェアに腰を下ろしたルーカス様は、射るような視線を私に投げかけた。


「王都より急報がありました。国王が崩御なされたようでございます」

「――まことかっ!?」

 

 そう叫ぶとルーカス様は立ち上がり、しばらくの間ブツブツと何やら独り言を呟いていた。そしてしばらくすると再び腰を下ろし、右手で顔を覆いながら笑い始めた。


「くくくっ……はーっはっは!! あの老いぼれめ、ついにくたばったか!!」


 世評とは程遠いルーカス様の態度にも、私は何ら驚くことはなかった。これが我が主の真の姿なのである。


 本来ならば次男であるこのお方は後継者になりえなかった。しかし、父と兄が同時に不慮の死を遂げ、想定外にその地位が転がり込んできたのだ。


(想定外? いや、決してそうではない)


 私は知っている。父と兄を殺害したのはルーカス様だと。


 なぜなら、それを手配したのは他ならぬ私自身だからだ。


 子爵位を継いだルーカス様は表向きには誠実な領主を演じ、裏では悪辣な手段を用いてその地位を盤石なものとした。


「――それで、議会の開催はいつだ?」

「追って通達があるものかと……」

 

 崩御した国王には嫡男がいたが戦死した。遺言は残されておらず、直系の子孫は10代の娘べルティーナ王女殿下のみである。


 グロースエールデン王国は未曽有の国難の状況にある。理屈で言えばべルティーナ様が王位を継ぐのが正統ではあるが、それでは心許ないと考える貴族は数多く存在する。


 レイノルド侯爵を支持する勢力が暗躍した結果、次期国王は議会での話し合いをもって選定するということが決定された。

 

 当然ながらべルティーナ様を支持する者たちは反発した。


 しかし、貴族の支持を得られない国王では国家の経営は困難を極めることは明白であり、議会での討論の上で次期国王を決めるということは確かに理に適った方法であった。


 その上、べルティーナ様自身が「それでよい」と仰ったため、それ以上異を唱える者はいなかった。


 議会でそれぞれの派閥が議論を交わし、多数の支持を受けたものが次期国王となるのだ。


「レイノルド閣下が国王となれば、その右腕たるブルーノ様の地位も盤石なものとなる。そうとなれば、これまでの私の功績を考えれば大司教位の座も夢ではない!!」


 確かに、ルーカス様はこれまでにブルーノ様の命令の下で様々な任務を忠実にこなしてきた。


 王都のギルドマスター、聖女ヨゼフィーヌ様、アレグリア辺境伯……すべてルーカス様が排除した者たちだ。


 王女殿下派に強い影響力を持つ彼らの排除は、間違いなくレイノルド侯爵の王位継承を後押しすることになるだろう。


 そして次にはツェーザル伯爵やバルザック法務卿も狙われるのかもしれない。


「王都へ向かう準備を整えよ。すぐにでもここを発つぞ!」

「かしこまりました」

「いや、待て。まずはこの興奮を鎮めねばならぬ」


 そう言ってルーカス様は寝台に目を向けるが、先ほどの女はぐったりとして動く気配がなかった。


「ちっ、誰か別の女を……」


 その瞬間、ルーカス様の面貌はおぞましい魔物のように見え、私の全身に寒気が走りました。


「おい、貴様の娘をここに連れてこい」

「そ、それは一体どういう……」


 私には溺愛する一人娘がおり、今はこの屋敷でメイドとして働いている。そして、私がルーカス様に絶対の忠誠を誓うことで、娘はその毒牙から逃れられているのだが……


「そろそろお前の娘の味見をしてやろうというのだ。早くここに連れてこい!!」


 私の脳裏に、薬物の副作用で壊れゆく愛娘の姿が浮かんだ。


 それだけは絶対に避けたいことだったが、ルーカス様……いや、ルーカスの機嫌を損なえば、私の妻や年老いた両親だけでなく、一族すべてが根絶やしにされてしまうに違いなかった。


「どうか、どうかお考え直しを……」

「ほぅ、私の命令が聞けないということだな、ノースボアよ……」


 ルーカスは口の端を片方だけ上げて笑みを浮かべている。そこには、誰もが認める謹厳実直な若き英才という姿は一片もなかった。


 ヴァグナー(ルーカス)子爵領に暮らす者は、すべからく人質を取られている。


 生まれてから死ぬまで搾取され続け、当然ながら逆らえば人質もろとも殺される。


 移住や職業選択の自由はなく、常に死と隣り合わせの生活を送ることになる。


 一方、領内の軍属の者たちは税を免除され、我が物顔で領内を闊歩して傍若無人に振舞っている。


 このヴァグナー子爵領においては、私たち平民はまさに生ける屍なのだ。


「あの薬でお前の美しい娘がどう泣き狂うのか、想像するだけで体中の血が騒ぐぞ!!」

「ルーカス様、どうかご容赦ください!!」


 私は床に頭をこすりつけて懇願するが、それを無視するかのようにこの男は私の横を素通りして部屋を出ようとした。


「――ご注進!! 緊急事態です、ルーカス様っ!!!」


 ドタドタと廊下を走る足音が聴こえ、乱雑にドアを叩く音が響いた。


「騒々しいぞ!!」


 ルーカスの返事を待つことなく、伝令兵は部屋に飛び込んできて片膝をつくと大声で叫んだ。


「領内に勢力不明の軍勢あり!!」

「何だと!? 数はどれほどだ!!」


 伝令兵の報告では、旗印を掲げない謎の軍勢300騎がこの街のすぐ近くまで接近しているとのことだった。


「たったのそれだけか? さっそく王女殿下派の貴族が動いたのか、それとも国王崩御の混乱に乗じて兵を挙げた馬鹿か……」

「敵はゆるゆるとこちらに近づいていております」

「よし、すぐに軍を動かすぞ!! どこの者かは分らぬが血祭りにあげてくれる!!」


 そう言いながらルーカスは勢いよく寝室から飛び出して行く。一方、私はまだ頭を床につけたまま土下座を続けていたのだった。


◇◇◇


「アレグリア様、敵が陣を敷いております。勢力は2000ほどかと」

 

 エルガーの報告に私は頷いた。予想通りの数だ。勝利は確定している。しかし、絶対に慢心はしない。


「しっかりとお礼はさせてもらうわよ♪」

「赤薔薇に手を出したこと、永遠に奴らに後悔させてやりましょうぞ!」


 ルーカスは私を暗殺しようとした犯人の黒幕であることがはっきりしている。その背後にはブルーノ伯爵、そしてレイノルド侯爵が存在する。


 王女殿下の支持者である私を亡き者とする。卑怯な彼らの考えそうなことであり、もはやこちらが遠慮する理由は何もない。


 私は王女殿下を支援し、そして“彼をこの国の真の王に導く”のことで“世界の構造を変える”のだ。


 王女殿下には申し訳ないが、彼でなければこの国の状況は変えられないと私は確信している。


「あなたの息子は拗ねているでしょうね」


 エルガーの息子のエリックは私たちがこれから王都に向かうと知ると、「イオリ兄に会いたい!」と言って駄々をこねたのだ。


「さすがに若輩の愚息を戦場に連れ出すわけには……」

「きっとあなたを超える優れた騎士になるわよ」

「……ありがとうございます」


 エリックには立派に成長してもらって、王国を支える支柱になってもらわなければならない。


「一度正面からぶつかり、包囲される前に引くわよ!」

「ははっ!!」


 エルガーが馬を走らせ部隊の先頭に躍り出ると、彼の「突撃せよ!!」の号令の下で一斉に騎馬隊が前進を始めた。

 

 私も剣を抜くと、愛馬に脚で合図を送り最後尾よりその一団に続いた。


「怯むな!! 各々が眼前の敵に集中して確実に殺せ!!」


 エルガーが大声で叱咤する声が響き、騎馬隊は敵陣に穴を穿つかのように前進を続ける。


 剣聖に鍛えられた騎士団を中心とする騎馬隊は屈強で、わずか300の騎兵でこのまま勝ててしまうのではないかと錯覚するほど見事な統率を見せていた。


 しかし、現実問題としてこちらの兵力は300で敵は2000。彼我の戦力は7倍弱と大差である。


 このままでは時間の経過とともに敵に押し返されるのは歴然たる事実だった。


 だからこそ、私はここで自身の正体を白日のもとにさらす必要があるのだ。


(さあ、私の声を聴きなさい♪)


 私は剣を高々と掲げ、大きく息を吸うとあらん限りの大声で叫んだ。


「我が名はアレグリア・オルトヴァルド!! 王国の寄生虫たるルーカス・ヴァグナー子爵に正義の鉄槌を下さん!!」


 私の言葉と同時にオルトヴァルド家の旗印と赤薔薇の紋章旗が威風堂々と掲げられ、まるで戦場が真空地帯になったかのような静寂に包まれた。


 そして一瞬の後、周囲の騎馬兵から歓声が沸き起こり、さらに苛烈に敵への攻撃を始めたのだった。


 その勢いはすさまじく、幾重にも重なる敵兵の壁を突き破り、遂にはルーカスのいる本陣が目前に迫ってきた。


(さて……ここが潮時ね)


 私の脳内には、敵の左翼と右翼が包囲行動を取るために動き出す様子が映っていた。


「撤退!! すぐに戦場を離脱しなさい!!」


 その瞬間、前進を続けていた騎馬隊は流れるように一斉に向きを変える。


 そして、ふと気づけばエルガーが私のすぐ傍で馬を走らせていた。


「閣下、撤退をお急ぎください。もちろん殿は私が引き受けますぞ」

「ええ、うまくやってね♪」

「お任せあれ!!」


 エルガーは新しい玩具を与えられた子どものような笑みを浮かべながら馬の速度を落としていく。


 一方、私は過剰とも思える多数の護衛に囲まれ、苦笑いを浮かべつつ馬を走らせ続けたのだった。


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