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44 帰還


「これは……?」


 ”グルズウィード”と呼ばれる炎の魔物を倒すと、いつの間にか地面に赤く光り輝く石が落ちていた。


「おそらく炎の希少魔石グラナートかと。私も目にするのは初めての代物ですわ」


 貴族としてこれまで数多くの奢侈品に触れてきたであろうロゼリッタ嬢のピンク色の唇が少し震えている。それは、この魔石の価値のすごさを如実に物語っていた。


 特に興味を引かれなかったので彼女に譲ろうとしたのだが、「魔物を倒したのはあなた様ですわ」と言って頑としてそれを受け取らなかった。


「イオリ様、改めましてお礼を申し上げます。あなた様が助けて下さらなければ、王女殿下も含めて私たち全員がここで命を散らしていましたわ」


 そう言ってロゼリッタ嬢はスカートをつまんで持ち上げ、膝を折ると恭しくこちらに頭を下げた。


「ロゼリッタ様、顔をお上げください」


 彼女の奮闘がなければ僕の救援は間に合わず、ツェーザル伯爵は愛妹の悲報に涙を流し、バルザック法務卿は愛息の死に接して悲嘆に暮れたことだろう。


 もちろん、ロゼリッタ嬢と深い親交のあるべルティーナ王女殿下も失意に沈んだはずである。


 そうなってしまえば、レイノルド侯爵との王位継承争いどころではなかった可能性もあった。


「むうぅ……イオリ様」


 顔を上げたロゼリッタ嬢は頬を膨らませて、とても分かりやすく不満げな表情をしていた。


「あなた様と私は同じ魔導学園に通う学友ですわ。そして、今や怪物と一緒に戦った戦友でもありますのよ。どうぞ私のことは遠慮なくロゼリッタ……いえ、”ロゼ”とお呼びくださいませ」


 自身は僕のことを”あなた様”と呼んでいるのにもかかわらず、彼女は有無を言わせぬ口調でそう決めてしまった。


「それにしてもあなた様、火魔法だけでなく氷魔法も得意だなんて。それにあの聖霊クリストファーレン……お聴きしたいことが山ほどございますわ」

「ロゼ、その話はこの鉱山を脱出してからにしよう。みんなの遺体もそのままにはしてはおけない」


 僕の言葉にロゼリッタは目を輝かせると、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。


「それじゃあ、ちょっと待っててね……」


 そう言って僕が≪ストレージ≫に次々と遺体をしまうと、彼女は驚いた表情を浮かべたまま固まってしまった。


「ロゼリッタ? 大丈夫?」

「え、ええ、何も問題ありませんわ。少し思考が追い付かないだけですの」


 後の説明が大変そうだなと思いつつ、僕らはできる限りの速度で鉱山の出口を目指した。


「――やっぱり火魔法はしっくりきますわね!」


 行く手を塞ぐ低級の魔物を次々と炎の塊が屠っていく。


 魔物と戦うロゼリッタは火魔法をほぼ無詠唱で駆使していて、その才能はこれまで見てきたどの人間族よりも優れているように思えた。


(さすがは魔導学院随一の才女と称えられるだけのことはある)


 Eクラスにいる僕の耳にも、これまでの彼女の活躍の話はたくさん届いていた。


「あなた様のように氷魔法も使えるとよいのですけれど……」

「ロゼならきっと使えるようになるさ」


 ロゼリッタが残念そうにしているので、僕は氷魔法を練習してみるよう提案した。


「止めておきますわ。残念ながら、私は水の精霊に愛されておりませんもの」


 そう言って首を横に振る彼女は微笑すると、さらに大きな炎の塊をつくりだしたのだった。


◇◇◇


 ようやく僕らが鉱山から外に出ると、野次馬の生徒たちが落ち着きなく騒いでいて、さらに誰かが大声で言い合っているのが目に入った。


「すぐに助けに向かいましょう!!」

「無理だ! もしもその魔物がグルズウィードならば、我々が束になってもかなう相手ではない!」

「でも、私たちの生徒が取り残されているのよ! 放ってはいられないわ!!」


 相手につかみかからんばかりの様子で取り乱しているのはイルメラ先生だった。


「騎士団と王国軍に出動を要請すべきだ」


 そう言ってSクラスの担任の先生が彼女を必死になだめている。


 そんな彼女たちから少し離れたところに、ベルティーナ王女殿下、グスタフ、コリンナさんが車座になって休んでいた。


「――か、帰ってきた!!」


 僕たちに最初に気づいて叫んだのはコリンナさんだった。


 べルティーナ王女殿下が立ち上がりすぐにこちらに駆けてくる。


「よかった。2人とも無事で……本当に……」


 普段から気丈な王女殿下が僕らの手を取りながらうっすらと涙を浮かべていた。


 そして、矢継ぎ早に説明を求めるみんなに対してロゼリッタが顛末を丁寧に話した。


「Eクラスのこの凡夫がグルズウィードを倒しただと!? そんな奇跡など起こりうるはずがない!!」


 ロゼリッタの話を完全に否定したのはグスタフだった。


「あーしは信じるよ、この少年の強さを。A級冒険家のあーしが震えて逃げ出したのに、少年はあの怪物に真っ向から立ち向かったんだ」


 コリンナさんは少し悲しそうな表情をしながらそう答えた。


「本当にグルズウィードを倒したというのなら証拠を見せてみろ! 嘘ならばこれは王国に対する重大な罪になるぞ!!」


 大声で叫ぶグスタフの剣幕に合わせ、周囲にいた野次馬の生徒たちも騒ぎ出した。


「そうだ! Eクラスの連中には無理だ!!」

「あの黒髪は入学試験の魔力測定値がたったの27だぞ!」

「どうせロゼリッタ様に助けてもらったに違いない」


 数人が発言すると、あとは堰を切ったかのように僕を馬鹿にする発言が相次いだ。


「所詮は王女殿下の腰巾着だろ!」

「入学直後にグスタフ様を複数人で襲ったそうよ」

「まぁ、可愛い顔して最低の男ね……」


 というように、彼らはあることないこと好き放題に言い始める。


 それに対して僕が呆れていると、突然大声を上げたのは隣にいるロゼリッタだった。


「皆様、お黙りなさいませ!!」


 突然の彼女の一喝に、騒いでいた生徒たちは一瞬で静まり返る。


 それに満足そうな表情を浮かべたロゼリッタは、僕に対して“あの魔石”をみんなに見せるよう提案した。


(うーん、仕方ない……よね)


 僕が炎の希少魔石グラナートを取り出してロゼリッタに手渡すと、彼女はそれを高く掲げて「これが証拠ですわ!!」と大きな声を響かせた。


 夕陽に照らされて、こぶし大のグラナートがより紅く美しく輝く。


「これは……希少魔石に間違いないね。あーしもこんな立派なのは見たことがない」


 A級冒険者のコリンナさんの言葉は重く、生徒たちも黙って何も言わなくなった。


 希少魔石とは特定(A級)以上の魔物からまれに排出されるもので、市場に出回ることはほとんどない貴重なものだそうだ。


 数少ない希少魔石は国宝として国家が管理するか、または大貴族が個人で所有するものに限られているという。


「あーしが知っている限りでは、今から40年前に賢者ブラームス様が手に入れた希少魔石が最後だったような……」

「ええ、そうですわそうですわ。つまり、イオリ様は賢者ブラームス様に匹敵する存在だと言えますわね」


 コリンナさんの発言に、ロゼリッタは満面の笑顔でうんうんと頷いている。


 その一方でグスタフは顔を真っ赤にして眉を吊り上げていた。


「黙れっ!! それが希少魔石だと!? そんなこと信じられるか!!」


 唾を飛ばしながら反論するグスタフを、ロゼリッタとコリンナさんは冷めた目で見ている。


 バルザック法務卿の話では”息子は変わった”とのことだったが、やはり人の性格や行動パターンはそう簡単には変化しないのだろう。


「へ~、あーしの言うことが信じられないっての?」

「ふんっ、“断金の契り”の連中はグルズウィードにあっさりと殺された。あいつらの実力も、そしてお前の鑑定眼も……所詮はその程度ということだ!!」


 グスタフの売り言葉にコリンナさんの愛くるしい表情がみるみると変化していく。


 全身から殺気を放つその姿は、まさしく歴戦を生き抜いてきたA級冒険者のそれだった。


「あーしのことだけでなく死んだ仲間のことも馬鹿にして……今からお前を1分で豚の餌にしてやるっ!!」


 そう言ってコリンナさんがボウガンを手にしようとしたその瞬間、「パァン!!」という大きな音が辺りに響いた。


 それはロゼリッタがグスタフの頬を全力で殴った音だった。


「ごめんあそばせ」


 虚を突いた少女の渾身の一撃をまともにくらい、倒れたグスタフは鼻から血を流しながら気を失っていた。


 後日、この件についてはバルザック法務卿が僕の下に再び謝罪に訪れ、グスタフの半年間の謹慎を約束してくれることになる……


「ある程度の事情は分かりました。今日は皆さん疲れたことでしょうし、続きは明日にでも騎士団立ち合いの下で行いましょう」


 そう提案したのはイルメラ先生だった。さすがに僕の実力を知る彼女は他の人たちと比べて理解が早かった。今回の昇格試験の結果も追って通知するとのことだった。


(僕の実力をこれ以上隠し通すのは難しそうだな……ロゼリッタに口止めしておくべきだったか)


 そんな詮無いことを考えていると、辺りに突然大きな馬蹄音が響き、王国の旗を掲げた1頭の早馬が駆け込んできた。


 そしてベルティーナ王女殿下のもとにやってきた使者は、片膝をつくと懐から手紙を取り出して彼女に差し出した。

 

 それを受け取り読み進めた王女殿下は目を閉じてうつむき、しばらく何事かを考えているかのようだった。


 やがて彼女は顔を上げるとこちらに近づき、「お爺様が亡くなったわ」と僕の耳元でささやいた。


(いよいよ新たな国王を決めるための公会議が開催される……)


 こうして、ベルティーナ王女殿下とレイノルド侯爵の王位をめぐる争いの幕が正式に上がったのだった。


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