43 聖霊の寵愛
離れたところで氷魔法を詠唱しつつ、グルズウィードと戦うイオリ様のお姿を拝見していましたが、それはあまりにも美しく芸術的とさえ言えるものでした。
グルズウィードの攻撃を最小限の動作でかわし、それと同時に長剣で急所を的確に攻める。
剣術に疎い私の目で追うのは難しく、実際にはさらに高度な攻撃を繰り出しているのかもしれません。相手が並大抵の魔物であったならば一瞬で命を散らしていたことでしょう。
しかし、今回の相手は異色の魔物であり、通常の攻撃で傷をつけてもすぐに再生してしまいます。
この化物に致命傷を与えられる可能性があるのは、間違いなく水系統の魔法のみでした。
(ですが、中途半端な魔法では先ほどのように復活を許してしまいますわ。私の生命を魔力に変えればあるいは……)
もはや、この魔物を倒す手段はそれくらいしか思いつきません。
幸いにもイオリ様が時間を稼いでくれているおかげで、魔法の詠唱には少しの時間的余裕がありそうです。
(さあ、気合を入れますわよ。ロゼリッタ!!)
私は自身を奮い立たせるために心中でそう叫ぶと、詠唱中の氷魔法を"昇華"させるべく精神を集中させました。
「――さらに重ねて願う、瑠璃の水脈を司る麗しき精霊ウンディーネよ。生命は魔力の根源、我が露命を糧に凛冽たる氷塊の嵐を顕現せしめよ……」
その瞬間、私はまるで全身に重い負荷をかけられたような感覚に陥りました。
(――がっ、ぐぐっ……く、苦しい……)
膝がガクガクと震え立っているのもやっとの状況で、まさしく命を削って氷魔法が形成されていくのを実感します。
(う、ウンディーネ様、どうかご助力くださいませ……)
精霊ウンディーネに祈りを捧げながら、私は握りしめた杖に意識を集中させました。
杖の先端に赤く輝く宝石には亀裂が入り、今にも砕け散ってしまいそうです。
(この宝石は火魔法の力を増幅することに特化したもの。た、耐えられないのも無理はありませんわね)
杖が限界を迎えようとしているのと同様に、私自身も少しでも気を抜くと意識を失ってしまう状況でした。
(も、もう一歩……あと少しですのに!!)
額から冷汗が滝のように流れ、歯がガチガチとなって悪寒が止まりません。
やはり水の精霊の加護のない私には、これ以上の魔法構築は無理なようでした。
(もう……だめ……ですわ……ごめん……なさい……)
魔法の完成を目前にして私はついに力尽き、全身から急激に力が抜けるような感覚に襲われます。
(イオリ……様……どうか、ご無事で……)
私はそのまま目を閉じて意識を手放そうとしました。
しかしその瞬間、私は暖かな何かに包まれ、倒れようとする身体を誰かが支えてくれるような感覚を覚えました。
「よく頑張ったね」
心地よさを感じながらゆっくりと目を開くと、私を背後から抱きかかえていたのはイオリ様でした。
「あ、あの……その……」
突然のことに私が戸惑っていると、イオリ様はそのまま私に手を重ねてきました。
「このまま続けて。一緒に氷魔法を完成させるよ」
イオリ様はそう仰いますが、私にはそれは無理なことに思えました。
「あなた様の加護は火の精霊で……」
「大丈夫だよ」
耳元でささやく彼の声は確信に満ちたもので、困惑する私を尻目に躊躇なく氷魔法の詠唱を始めました。
一方、グルズウィードが私たちに気づいて大きく咆哮し、勢いをつけてこちらへ向かってきます。
「さぁ、出番だよ」
イオリ様がそう呟いたその瞬間、これまで経験したことのない膨大な魔力が体内に流れ込み、私は恍惚を覚えて身震いしました。
そして、気づけば空気が凍り付くような強烈な冷気が私たちを取り囲み、私の眼前に圧倒的な美しさを感じさせる精霊が現れたのです。
「ま、まさか……氷の女王クリストファーレン……」
目にするのは初めてなのですが、私にはそれが上位精霊(聖霊)だとすぐに確信できました。
(せ、精霊ではなく“聖霊”の加護……いえ、これは聖霊の“寵愛”に違いありませんわ!!)
あの誇り高い聖霊クリストファーレンが、ためらうことなくイオリ様の氷魔法構築に協力しています。
瞳に映るその姿はまるで舞台劇で歌っているかのように優雅で、それに見惚れている間に極寒の冷気が私の杖に集約されていきました。
「それじゃあ行くよ!」
「は、はい、あなた様!!」
背後から優しく私を包んでくださるイオリ様。私は彼と心を一つにする思いで魔法を放ちました。
≪グレーシャルスピア!!(氷河極凜槍)≫
その瞬間、青白く輝く巨大な氷の槍が生み出され、雷光のような速さで一直線に翔けていきます。
「――グギャアアアアアアアアア!!!!!」
その刹那、醜い断末魔だけを残してまるで最初から何もなかったかのように、怪物グルズウィードの姿は完全に消滅していたのでした。




