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42 覚悟


「急いだほうがいい」


 それまで坑道での戦闘を王女殿下に任せていた黒髪の少年が突然そう言い放った。


 戸惑う私と王女殿下を尻目に、少年は次々と魔物を斬り伏せながら坑道の奥へとどんどん進んでいく。


 その少年の圧倒的な力に私はただただ驚くばかりだった。


(王女殿下の師という話はあながち嘘ではないということかな?)


 少年は魔導学院の生徒でありながら、一切魔法を使うことなく剣を振るって魔物を屠っていく。


 その剣さばきはミゲルと同等と言っても過言ではないほど見事なものだった。


 そしてそれは、この見目麗しい少年を”私のおもちゃ”にするという計画が一筋縄ではいかないということを意味していた。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。一体どうしたっていうの?」

「殿下、坑道の最深部で大きな魔力がぶつかり合っています」


 王女殿下の問いに対する彼の答えは私たちを驚かせるのに十分だった。


「この奥に厄介な敵がいるということ?」

「はい、もしかするとすでに犠牲者が出ているかもしれません」


 この坑道で犠牲者が出ることなどありえないことだった。


 なぜなら、それぞれの受験生ペアには私たち“断金の契り”がついているからだ。


 国内最高峰のA級冒険者である私たちが側にいながら、生徒に犠牲者を出すなどということは絶対に考えられない。


「あのさぁ、あーしたちを馬鹿にしてんの?」


 黒髪の少年の物言いにイラついた私は彼をにらみつけたが、それを全く意に介することなく歩みを進めていく。


(訳が分からない……)


 この少年の言動は全く矛盾していた。


 この鉱山にそれほどまでに危険な存在がいるのならば、真っ直ぐに出口を目指すべきなのだ。王女殿下も一緒にいるのだから余計に彼の行動は理解できない。


(王女殿下の命が大切ではないのか? そもそも、この少年の言っていることは本当のことなのだろうか?)


 とはいえ、彼らが引き続き坑道の奥を目指すというのならば、私がそれに反対する理由は何もない。


 私の本来の役目は彼らの保護などではなく、ブルーノ伯爵の命令通りに彼らを坑道の最深部に連れていくことなのだ。


(もしかしたら、ここで王女殿下を殺害するのが目的なのかもしれない……)


 最深部に危険な何かが存在するのが事実ならば、そこに王女殿下を案内する理由は明白である。


 一体何が起きるのか、何が待ち構えているのか。


 いつのまにか私は興味を惹かれ、先ほどのイライラを完全に忘れ去っていたのだった。


◇◇◇


「グググガッ……」


 グルズウィードがうめき声をあげながらゆっくりと立ち上がりますが、先ほどの衝撃で右腕を失っているようでした。


 しかし、やはりすぐに右腕が再生されていきます。


「大丈夫かい?」


 柔らかな声に我に返ると、美しく煌めく黒髪をした男性がしゃがみ込み、優しそうな表情で私の様子を窺っていました。


「い、イオリさまぁ……」


 思いがけない再会と心からの安堵に私の瞳から涙があふれ出ます。


 先ほど私を救ってくれた攻撃は、どうやらイオリ様のものであるということをようやく理解することができました。


「安心して、すぐに片付けるからね。コリーナさん、2人を安全な所に避難させてください」

「え……あ……」


 イオリ様がそう呼びかけますが、コリーナと呼ばれたA級冒険者はガタガタと体を震わせているばかりで返事をしません。


 それも無理のないことでした。なぜなら、彼女の仲間が無残な姿で力尽きていたからです。


「ミゲル、ゲルハルディ、ラヴィニア……あーしは、どうしたら……」


 遠目に見ても全員が亡くなっているのは明白で、彼女にとっては信じられない光景だったでしょう。


「王女殿下、みんなをよろしくお願いします」

「――えっ?」


 驚く王女殿下に構うことなく、イオリ様はグルズウィードの方に向かってゆっくりと歩き始めました。


「待って、私も一緒に戦うわ!!」


 べルティーナ様の言葉に振り返った彼は首を横に振り、「今回は僕に任せて下さい」と言ってさらに歩みを進めます。


「そいつはお前がかなう相手じゃない! A級冒険者が束になっても歯が立たなかった!!」

「ダメです!! その魔物には水系統の魔法しか通用しませんわ!!」


 そう必死に叫ぶグスタフと私の声も全く届いていないようでした。


 以前耳にしたお兄様のお話では、イオリ様は魔獣マンティコアを倒す際に強力な火魔法を放ったということでした。

 

 それは、彼が私と同じ炎の精霊の加護を得ているということにほかなりません。


 ですから、今回の炎の魔物グルズウィードとは限りなく相性が悪いのです。


(一刻も早く回復して加勢をしなければなりませんわ!!)


 この場で水系統の魔法を扱えるのはおそらく自分だけです。今度こそ決めてやるという覚悟で、私は道具袋からマナポーションを取り出しました。


「グオォォォ!!」


 右腕を再生し終えたグルズウィードが咆哮を上げると、周囲一帯から突然巨大な炎が噴き出し、私たちはあっという間に逃げ道を塞がれてしまいました。


(久しぶりの玩具を逃がすつもりはないということですわね……)


 私にはグルズウィードが再び口角を上げて笑ったように見えました。


(イオリ様、どうか御武運を!!)


 私がそう願うと同時にイオリ様は攻撃を仕掛け、慌てた様子でグルズウィードはそれを防ごうとしています。


 その剣技は目で追うことが不可能なほど凄まじいものでしたが、傷は即時に回復してダメージを与えているようには思えませんでした。


(やはりこの魔物には水系統の魔法でなければ……)


 イオリ様が命を懸けて時間を稼いでいる今、私は自分にできることをしようと決意しました。


「皆様、すぐに脱出の準備をして下さいませ」


 私は王女殿下たちにそう呼びかけました。


「炎に出口を塞がれたこの状況ではここを出るのは無理よ!!」

「……大丈夫、私が何とかいたしますわ」


 不作法ではありましたが、私はマナポーションを口にしながらそう言いました。


「私の魔力が回復次第、氷魔法で脱出口をつくりますわ。皆様はすぐに坑道を引き返し、外で待つ先生方へ救援を要請して下さいませ」

「下さいませって……あなたはどうするのよ!? それにあなたの加護は私と同じ炎の精霊じゃないの!! 無理したら死ぬわよ!!」


 確かにべルティーナ様のおっしゃる通りです。


 加護のない人間が他系統の魔法を使えば、身体にかかる負担が並大抵のものでないことはすでに実証済みでした。


 しかし、イオリ様がもたらしてくださった脱出の機会を無駄にするわけにはいきません。


「私はここに残ります。皆様はすぐに退避して下さいませ」


 ベルティーナ様が驚きの表情を浮かべ反論しようとしますが、もはや私にはその時間すら惜しまれました。


「あ、あーしはこの子の提案に賛成かな。あ、あんな……あんな化け物に勝てるはずがないよ」

「そ、そうだな。悔しいが早くここを出て皆に知らせないと。この怪物が外で暴れまわったら王国は大変な事態になるぞ!!」


 そう言って私の意見に賛同して下さったのは、震えているコリーナ様と青い顔をしたグスタフでした。


「それでも!! あなたと彼を残して行くなんて――」

「水の精霊ウンディーネよ……」


 ベルティーナ様に有無を言わせぬよう、私は急いで氷魔法を詠唱し、炎の壁に小さな穴をあけて脱出口をつくりました。


 彼女は「私も残ります!!」と叫んで最後まで抵抗していましたが、2人に引きずられるようにして炎の向こう側へ消えていきました。


(――はぁっ……はぁっ……ぐっ……これはやはり……)


 頭痛、めまい、息苦しさ、脱力感。加護のない氷魔法がとてつもない負荷を身体に与えます。


 しかし、ここで私が倒れるわけにはいきません。


(……イオリ様、もうしばらくの辛抱ですわ。すぐに助けてみせますから!!)


 覚悟を決めた私は深呼吸をして集中力を高めると、残った魔力のすべてを注いで再び氷魔法の詠唱を始めたのでした。

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